わたしの可愛い悪役令嬢

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55・社交

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「クルーディス師匠!こちらでしたか」
「もう食事は食べましたか?」
「ああ、やっとお会い出来ました!」



 暫くしてモーリタス、ヨーエン、ダルトナムの三人組がわたしに声をかけてきた。
 よくこの人混みの中で見つけられたもんだなぁ。自分から動く気なんて全くないわたしには到底真似出来るもんじゃない。
「皆も来てたんだね」
 そっか、あのリストに載っていたんだからこの三人もパーティーの参加者だったんだっけ。そんな事すっかり忘れていたよ。



 あのリストに名前があったお陰でモーリタス達と知り合う事が出来た。
 三人が、というかモーリタスがやらかすかもしれないアイラへの断罪だって、わたしやセルシュを慕ってくれて、チャルシット様との確執も無くなった今は回避する事が出来そうだし、そうなる前に未然に防ぐ事だって出来る。あの狂言誘拐のお陰?でいまや彼らはとても素直ないい子達になってくれた。本当に良かった。
 今度の評議会ではもうあのチェックがなくなっているといいんだけど、それはこれからの彼らの頑張り次第なのかな。師匠としてはそれ位は応援してあげたいと思うよ。


「今日は父上にしっかり社交を学べと言われて参加してるのですが……こんな大規模なパーティーは初めてで、何をどうすればいいのか途方に暮れています」
 モーリタスは困った様に笑って今の気持ちを素直に吐露した。チャルシット様もきっとあのリストの事をご存知なのだろうな。直接は話した事はないけれど、遠回しでも優しいアドバイスがチャルシット様らしいと思う。
 折角だしチャルシット様のためにもここで少しは彼らの評価が上がればいいなぁ……でも子供なわたし達に出来る事と言えば。
「そうだね……まず知り合いに会ったら挨拶をする、困ってる人をみたら助けてあげる。人を悪く言わない、とか?まぁ最低限の礼儀を守れば大丈夫だと思うけど」

 子供なわたし達には評議会もそんなに高い要求はしないと思うんだ。だから子供として出来る最低限の事からこつこつ積み上げていけば『△』だっていつか無印になりそうな気がする。内容的には普通なら小さい子供が習う様な事だけどさ。まずは三人の印象を向上してあげる為にも、基本をしっかり身に付けてもらえばいいんじゃないかな、なんて思う。


「ああ、それなら俺達にも出来そうです」
 モーリタスはわたしの言葉で少しほっとした表情になった。
「挨拶は基本だからね。君たちだって知り合いに会っても挨拶されなかったら気分も良くないでしょ?」
「確かにそうですね」
 モーリタスの横に並ぶヨーエンも言葉を噛み締める様に頷く。
「自分が嫌だなと思う事は人には絶対しないというのが大事なんじゃないかな」
「流石師匠です!その言葉、胸に刻んでおきます!」
 ダルトナムは嬉しそうに同意した。

 三人はわたしの言葉に頷き合い話し合う。そうそう、礼儀は絶対忘れないでね。そうしたら元々真面目な君達はあのチェックだってすぐに消えるだろうし、アイラに断罪なんて無体な事しないはずだもの。
「『社交』って堅苦しく考えないで、色んな人と楽しく会話する為に出来る事をするって思えばそんなに難しくはないんじゃない?」
 頑張り過ぎて空回りするよりは小さな事からこつこつと努力ですよ、うん。
「では、師匠もそうやって色んな人と会話したのですか?」


 げ。


 ヨーエンあんた……なんて痛いところを突いてくるんだ!
 わたしは今のところ交遊関係なんて全く広がってない。というか広げる気も全くないんだよ…。
 目を輝かせ答えを待ってる三人にわたしは何も答えられず笑顔が引き攣る。だって一般論を言っただけだもん。わたしの事じゃないもん。そんな突っ込み想定してないもん!
 う……その期待のこもった熱い視線が苦しいってば!!



「そっ、それは……」
「こいつはさっき第三王子に声を掛けられていたぞ」

 横からさっき逃げたセルシュがいつの間にかわたしの後ろに立ち、にやにやしながら助け舟を出してくれた。その笑いはバカにされてる気がするけれど、今はそんな事気にしてる場合ではない。兎に角ありがとう!…でもそれは社交とは何か違う気がするけど、いいのかな。

「クルーディス師匠!王子にお声掛けされたんですか!」
「流石我らの師匠!どんなお話をされたのですか?」
「王族の方と接点があるなんて…師匠はやはり素晴らしいですね!」
「こいつは王子の耳にも入る位評判がいいんだってよ」
 ちょっと……。なんなのさそれ。適当な事言ってんじゃないよセルシュ!ほら、この三人すっごく素直だから信じちゃうじゃないの!目が更にキラキラしてきたよ!勘弁して!

「何と!師匠はそれ程までにご高名でしたか!俺達そんな人に指導してもらえてるなんて……本当に有り難い事です」
「お二人の弟子としてこれほど嬉しい事はありません」
「その時はセルシュ師匠もご一緒におられたのですか?」
「セルシュは王子が一番信頼できる人物みたいだよ」
 悔しいのでわたしも満面の笑みを向けてセルシュの事を持ち上げる。
 王子は言葉にはしてないけど態度がまさにそうだもんね。嘘は言ってない。
 セルシュはジト目でこちらを見てきたので、同じ様にジト目で返した。セルシュが余計な事を言わなかったらわたしだって言いません!

「素晴らしいですね!師匠達は俺達の高い目標です!」
「いつか俺達もその位の人物になりたいです」
「今はまだ無理ですが頑張ります」
「ま、まぁ、僕達の事はいいから。三人はチャルシット様のお言葉の意味を考えながら行動したらいいと思うよ、うん」
「はい!ありがとうございます!」
 わたしがその勢いに押され慌てて話を反らすと、三人は揃っていい返事をした。……素直で良かった。
 うーん、これも広い意味で『社交』って事…でいいのかな。何だかよくわからなくなってきた。


「あの……クルーディス師匠」


「なに?ダルトナム」
「あのですね……あちらのアイラヴェントの横にいる方はどなたかご存知ですか?」
 顔を少し赤くしてダルトナムは視線をアイラヴェントの方に向ける。
「あれは僕の妹のリーンフェルトだよ」
「えっ!?師匠の妹様なんですかっ!」
 妹『様』って……。どうしたダルトナムくん?敬称の使い方がおかしいよ?
 ダルトナムは意を決した表情をしてわたしの事を見た。
「あっ、あのっ。妹様とお話をしてもよろしいでしょうか」
 更に顔を赤くしてダルトナムはそう言った。

 おや?ダル君はうちのリーンの事を気になってるのかな。リーンは本当に可愛いもんね。これは兄の贔屓目だけじゃない。『わたし』から見てもとても愛らしいんだよね。自慢の妹ですよ。
「行ってみたらどうだ?」
 えっ?何でセルシュが了承してんの!?わたしの妹なんだけど!
「よろしいのですか?セルシュ師匠!」
「クルーディス師匠の言った事を思い出して話しかけりゃいいんじゃね?」
「はいっ!では行ってまいります!」
「じゃあ俺達も行きます」
「では失礼します」
「頑張れよー」
 セルシュは手をひらひらさせて三人を見送った。


「ちょっと!何でセルシュが答えてんのさ。僕の妹なんだけど?」
「ほら俺にとっても妹みたいなもんだしさ。あいつらも挨拶の勉強は出来るし、ダルは初めての失恋も経験出来るし、色々成長出来そうじゃんか」

 うーわっ、最初から失恋確定の話なのかい。


 ん?て事はやっぱりセルシュはリーンの気持ちも知ってるのか。しかもさらっと自分はその気がないとわたしに言ってきてるし。
「……まぁいいけどね」


 セルシュが口にしない事には触れないよ。三人は今一生懸命二人に話し掛けている。頑張れ。






◆ ◆ ◆

読んでいただきましてありがとうございます。
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