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引きこもり31日目~32日目

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 引きこもり31日目

 サーシャはメンドクサそうに幾つかの薬草を使って鍋の中で薬を作っていた。
 そろそろ、天狗病の季節がやってくるのだ、天狗病は発熱、発疹、症状が進めば失明、流産のリスクがあるこの国特有の病であった。
 スタジアの村はこの国で最高の治療薬の名産地であった。
 それはサーシャと言う名薬師が居たからこその事だった、当然作れるものが居ない村に人が押し寄せるだろう。
 だからこそメンドクサイが何時もの量を作って王に渡しておこうと考えたのだった。
 毎年の作業でも仕上げは緊張する、地味な作業で昔の事を思い返してしまったのが失敗だった。


~今から3年前~

 当時サーシャは15歳結婚適齢期であり、かなりシツコク将来夫になるアントニオに言い寄られており、彼の父親が両親を失った彼女を実の子の様に育ててくれたので断りずらい状況だった。

「サーシャ、君には申し訳ないと思っている、息子が君に迷惑をかけてすまない。
だが、私ももう直ぐ死ぬだろう、あいつは根は真面目だと思う。
 どうか一緒になってもらえないだろうか?」

「おじさんがそこまで言うなら、解りました。
だけど、彼への信頼が無くなった時、私はこの村から去ると思います」

「無理を言っているのは此方だ、もしあいつが何かしでかしたら、捨ててくれてかまわない」

 こうしておじさんが亡くなる前に式を挙げ薬屋を開店させたのだった。
 そこから3年間はこの国特有の病のクスリを中心に体力回復薬や毒・麻痺・魔病に効く万能薬を売って生活していた。
 元々人が苦手なサーシャが薬を作り、口が立ち人当たりの良いアントニオが薬を売る事で店は成り立っていた。
 しかし、あの日アントニオは裏切った、信頼が無くなった事で約束道りサーシャは自由になったのだ。
 3年間はそこはかとなく苦痛であり、酒を飲み歩いては自分に文句を言う。
 行商に出ては稼いだお金を使い切って帰ってくる。
 それでも、おじさんが言った根は真面目を信じて続けた夫婦生活はある意味はなから破綻していたのかもしれない。

~今~

「あ~馬鹿なことを思い出したら気分が下がってきた!」

 後はビンに詰めるだけになった薬を一先ず置いて外に出かけると、軽く木剣を振ったりして思いっきり動き回ってハッチャケていると、結界の外から殿下が呼ぶ声が聞こえてきた。

「は~い、なにかしら?」

「よかった~答えてもらえないかと思いました」

 ユルフワ殿下の隣に吊り目の小生意気そうな黒髪の少年が立っていた。

「これが殿下のおっしゃっていた凄腕の錬金術師ですか?」

「これって失礼ね」

「し、失礼しました、レオンハルト!先ほども言ったがサーシャ殿に失礼な物言いは禁止だ」

 芝居がかったように頭を下げると

「おお、偉大なる錬金術師殿、ワタクシの失礼をお許しを」

「はぁ、殿下私こいつ嫌いです、帰りますね」

 サーシャの言葉に殿下は困ったように手を振るが、レオンハルトはサーシャの肩に手をかけて引き止めると

「おれもお前のような年増は嫌いだが、仕方なく訪ねてきたのだ、
用件を聞き叶える義務があるだろう」

「無いよ、義務なんて。
来たのはあんたの勝手、帰るのは私の勝手」

 サーシャはそう言うと結界の中に消えていった。

「めんどくさい事になりそうだな」

 サーシャは汗を流すために家に戻り風呂に入りつつ、明日からの予定を立てていった。

「まずはクスリを王様に届けて、後は梅雨が始まるから折角だし溜まった皮で鎧やドレスでも作るかな~」

 梅雨は4月後半から5月中頃まで続く、その間は除湿の魔道具を使って生活するのがサーシャのライフスタイルなので、こういった作業がはかどるのだ。


引きこもり32日目

 次の日、サーシャの姿は王宮に有った。
 国王への面会が叶い謁見の間に通されると、絨毯の端に数百の木箱を積み重ね、国王の前に跪くと

「これは天狗病の特効薬です、毎年作っている量より多めに作っております。
保存期間は約一ヶ月です」

 参列していた貴族からは驚きの声が上がり、国王はイスから腰を浮かせて目を見開いてサーシャの顔を見る。

「こ、これが全部特効薬だと!毎年スタジアの村からは数十本届けられたら良い方であったと言うのに・・・」

「え?私毎年これより少し少ない量を作ってましたが?」

 私の言葉を合図に立派な鎧を着た騎士が外に飛び出していった。

「こたびの事感謝に耐えん、この礼は必ずしよう」

 国王が威厳のある声でそう告げると、立ち並ぶ貴族は礼を取りサーシャをたたえた。

「少しお待ちを!サーシャ殿この薬を私に一つ分けて頂きたい」

「それは国王陛下にお聞きください、ただし天狗病末期、特に失明しているものには別の薬が必要ですが」

「な・・・では・・・では妻は助からないと?」

 青い顔をしてサーシャに詰め寄る貴族は、他の貴族に止められ虚しく手は空を切る。

「ブルンベル伯爵落ち着いてください」

「放してくれ、サーシャ殿助けてはもらえぬか」

 サーシャはメンドクサそうに後頭部を掻くと、懐から1本のビンを取り出す

「話を聞くとほっとけないしね、でもこっちのは貴重でねそんなに数が無いんだよね
貴族だからって優先できないけど、今の所聞いたのは貴方が先だからね」

 そう言って差し出したビンを受け取ると、飛ぶように謁見の間を出て行った。

「ま、まあ、命を懸けて得た奥方だからなぁ」

 国王はサーシャに「すまんな」と声をかけ無事謁見は終った。

 その日王都のブルンベル邸で喜びの声が聞こえたらしい。


一方その頃

 スタジアの村では周辺の村から毎年の予防薬を貰いに回りの村や街から受け取りの人間が集まって来ていた。

「アントニオ、今年も稼ぎ時じゃ、早よう予防薬を出すのじゃ」

 村長の言葉にアントニオは目を泳がせつつ、隣の村長の娘ラフレシアを見る

「じ、実はラフレシアと付き合うのに邪魔になって・・・サーシャを追い出してしまって・・・」

「なに?では今年は薬が無いと言うことか!どうするのだ!」

「サーシャが出て行って一ヶ月と一寸です、多分よその街かのたれ死んでいるのだと思います」

 アントニオの言葉に村長は眉を怒らせて、アントニオの胸ぐらをつかむと

「どうするのだ!このままでは暴動がおきかねん、それに村の収入のほとんどがあの薬ではないか!!」

 ラフレシアはその様子を気にせずマニキュアを吹いて乾かしていた。

「お前もだラフレシア!よりによってこの男に手を出してサーシャを追い出すとは!!」

「お父様、私可愛いでしょ?それにアントニオと居れば贅沢し放題だし」

「だからなんだ!アントニオの収入も村の収入も全部サーシャの薬のお陰だ!!」

「なら、ビンに水を詰めて売っちゃえば?」

「な、」

絶句する村長をよそに、ラフレシアは言葉を重ねる。

「だって、今まで誰も天狗病にかかってないでしょ?それなら水でも良いじゃない?」

「我が娘ながらなんと頭の良い!アントニオそれを早速売って来い、作るのはわしの屋敷で作るからな!」

「はい」

 こうしてスタジアの村はとんでもない方向へ舵を切った。
 もう後戻りの出来ない絶望の待つ未来へと・・・
 王国の法では薬品の偽造、偽薬の販売を一切禁止しており、もし破ったら一族郎党鉱山奴隷として一生従事しなければならない。
 村長はそれを知りつつ、お金に目がくらみ勧んでその道を選んだ、その結末が訪れるのはもう少し先の話。


31日目の夜

 サーシャは森の屋敷のテラスで風呂で温もった体を少し冷ましていた、

「あ、流れ星 穏やかな生活が出来ますように、良い錬金が出来ますように、アントニオが不幸になりますように」

 そう祈ると流れ星は一際輝き消えていった。
 願いはどうやら叶いそうだ。
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