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第三十一話 いよいよ離縁?①

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 ヒューパート様の誕生日も終わり、もうじき結婚二年目になる。
 そんな頃、わたくしとヒューパート様は共に皇帝陛下に呼び出しを受けた。

「なんだ、こんな時期に。何か特別な用事はないはずだが……」

 ヒューパート様はそんな風に訝しんでいたが、用件には大体察しがついた。この時期に皇帝陛下に呼び出されるとしたら理由は一つしかないと言ってもいいだろう。

 いよいよですのね、と思いながら、わたくしは陛下に顔を合わせるに相応しい落ち着いた色合いの薄緑のドレスに身を包んだ。
 今回の席にはきっと、ヒューパート様からいただいたあの華やかなドレスは似合わないだろうから。

「地味だな。ジェシカはもっと鮮やかな方が似合う。それにアクセサリーもつけた方がいいだろうに、どうしてあの侍女はこんな質素な装いをお前にさせるのか理解に苦しむ」

「クロエを責めないであげてくださいませ。皇帝陛下を差し置いて着飾るなどとてもできませんし、畏れ多過ぎますわ」

「……早く行くぞ」

 なんだか少し不満そうなヒューパート様だったが、わたくしをエスコートする気はあるらしい。
 そっと手を重ねて、謁見の間へと向かった。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「――失礼いたします」

「うむ」

 謁見の間にて、金銀の装飾が施された美しい帝座に腰を下ろす陛下と相対する。
 皇太子妃になってから、結婚式や特別な式典の際などは度々顔を合わせる機会はあったが、こんなにも近くで対峙したのは初めてだ。髪にほんの少し白いものが混じり始めた初老とも呼べない若さの皇帝陛下は、言葉にできない威圧感というか威厳を持っていらっしゃる。

 わたくしは陛下の御前で深く頭を下げ、優雅にドレスの裾を摘んだ。

「ヒューパート様の妃のジェシカでございます。栄えあるハパリン帝国皇帝陛下にご挨拶を申し上げますわ」

「……父上、急な話とは何なのですか。しかも夫婦揃って。もしかして何か私たちに問題でも」

 一方、挨拶もなしに皇帝陛下に詰め寄るヒューパート様。皇帝陛下は手を掲げることで彼の言葉を制し、厳かに口を開いた。

「今回貴様たちを余の前に招いたのは他でもない、貴様らの子についての話があるからだ。
 貴様らはすでに婚姻してから二年近く経つ。その間、妃ジェシカは孕る兆しすら見せないと王宮医師から聞き及んでいる。――これは、帝国の未来にとって非常に甚大な問題である」

 第二皇子ハミルトン殿下とサラ様の間にも子はいず、たとえ生まれたとしても皇太子の甥であると継承問題上あまり好ましくはない。最悪、ヒューパート様から皇太子位を剥奪しなければならない事態になってしまう。
 陛下はそのことを説明した上で続けた。

「この際、やむを得ない。ヒューパート、速やかに新たな妃を娶れ。貴族であればどんな身分の女でも構わぬ」

 ――これは当然の成り行きだ。
 すでに覚悟は決めたあと。何を聞かされても驚くはずもない。

 しかし、ひゅっと息を呑む音がすぐ近くで聞こえた。
 顔を向けずともわかる。ヒューパート様だ。

 わたくしに対し今まで露骨に嫌がることはなかったのは初夜で白い結婚を求め、肉体関係は不要だと宣言したからこそ。新しい妃を娶るとなれば、そうはいかないのだ。
 わかっていてもいざその事実を突きつけられて動揺したのか、ヒューパート様はわずかに声を震わせた。

「冗談じゃない。他の妃だなんて! ジェシカと私はすでに婚姻しています。それなのに他の女を娶れなど――」

「当然、ジェシカ妃には離縁を告げることになる。我がハパリン帝国において側妃などというものは認められておらぬことは知っているであろう?」

 周辺国では諸事情で子が生まれない場合のみならず、愛人としての側妃や妾を公認する国も多い。
 しかしこの国は太古より平民であったとしても本来愛人など作るべきはないし、特に皇族は厳禁とされている。つまりわたくしと離縁した上でヒューパート様は妃を娶る必要があるのだ。

「そんな……」

「余は長過ぎるほどに時間を与えたはずだ。その間に子を儲けられなかったのは他ならぬ貴様の責と自覚せよ、ヒューパート」

 ヒューパート様は何かを言おうとしている様子だったが、結局何も言えないままだった。
 最後にはぎゅっと唇を噛んで黙り込んでしまった。

 そしてそんな彼を放置して、皇帝陛下はわたくしへと顔を向ける。

「すまない、ジェシカ。慰謝料と次の縁談は責任を持って用意する」

「承知いたしました、皇帝陛下。ご配慮感謝いたしますわ」

 最初からこうなるのはわかっていたから、わたくしは少しも動揺せずに答えることができた。
 むしろ、ヒューパート様がこのことを予想していなかったらしいことに驚きを禁じ得ない。

 今日をもって、ヒューパート様との婚姻期間が終わる。
 あとは荷造りをして、後腐れなく別れるだけだ。次の縁談もしっかり用意してもらえるということならこの先の身の振り方に関して困ることはないだろう。
 ――肩の荷が降りたような開放感は、不思議となかったけれど。
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