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第二十話 歩み寄ってみる努力
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サラ様とのお茶会から数日、わたくしは資料の仕分けを片手間でこなしつつ、ずっと思案を巡らせてばかりいた。
悩み事は一つ、サラ様に言われてやってみることにした歩み寄ってみる努力についてだ。
夫の想い人であるところの彼女から提案されたことを実践しようというのはなんだか変な感じだが、そのこと自体には抵抗はない。だけれど考えども考えども何をしていいかわからないのだった。
恋人らしいことをすればいいのだろうか。
しかしそれならすでにやった気がする。そう、あの偽りの甘やかな日々の間に。
もちろんあれはわたくしが積極的にしたことではないが、それをわたくし側から行っても同じこと。ヒューパート様は不快に思うだけだ。
ならばヒューパート様の心に寄り添う? だが肝心のやり方が思いつかなかった。
そもそもヒューパート様はわたくしのことが嫌いだ。勝手にわたくしが彼をわかった気になり、寄り添ったつもりになったところで、彼が喜ぶとは到底思えない。
それに、わたくしと彼の価値観は全く違う。歩み寄り、それは我慢と同義ではなかろうか。
そんな風に、ずぶずぶと思考の沼にハマってしまい、抜け出せないということになるのである。
「けれどやるのであれば早く行動を起こさなければ。時間は有限ではありませんわ」
わたくしは色々やってみることにした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ヒューパート様」
「何だ」
「この間のこと、謝罪いたしますわ。ヒューパート様の寛大なるご配慮をいただいたにも関わらずあのような言動をしてしまったことを反省いたしましたの」
とりあえずは一言も交わさないほどの気まずい空気をどうにかした方がいい。
そう思ったわたくしは、ヒューパート様へ頭を下げた。
ヒューパート様はわたくしをまじまじと見つめる。
まさか謝られるとは思っていなかったのかも知れない。
それともわたくしがこのような行動に出たことを訝しんだか、あるいは――。
「……今更それか」
彼は呆れていた。隠しもしていなかった。
当然だろう。先日まで離縁上等の態度を示していたのに、急にこんな風になるのだから。
彼はわたくしがサラ様とのお茶会において、心境の変化を得たことを知らないのだ。だから怪しむのは当然過ぎるほど当然な話だった。
「ヒューパート様に物申すなど、出過ぎた真似でしたわ」
「いくら反省の意を示されたところで、私は許したりしないからな」
と言ってこちらから顔を逸らしつつも、それ以上ヒューパート様はわたくしに対してひどい言葉で罵ってきたりはしなかった。そのことに心底安堵したことは内緒だ。
そして翌朝わたくしが「おはようございます」と声をかけると、不機嫌ながらも「ああ」とも「うん」ともつかない声を返してくれた。
――一歩前進、といったところだろうか。
わずかながら手応えを感じながら、わたくしは次の手段に移ることにした。
仲違いして以降ろくに時間を合わせなかった食事時を一緒にした。
向かい合い、朝食を口に運ぶ。だがただ無言では気まずいので、とりあえず仕事の話を振ってみる。
「近頃の公務の調子はいかがでございましょう。もしわたくしがお手伝いできるようなことがもう少しあれば、教えていただけますと幸いですわ」
「別にない。というか、お前はやり過ぎだ」
「やり過ぎだなんてこと……」
そして、会話が途切れる。
次の会話のきっかけを探そうと視線を巡らせるも、何も思い浮かばない。
共同で参加するパーティーなどはしばらくない。とはいえ、直近に参加した女性のみのお茶会の話などして、ヒューパート様が反応をくださるとは思えず、己の話題の少なさに唇を噛んだ。
――どうしてこんなにうまくいきませんのかしら。
ヒューパート様との隔たりが大き過ぎるせいだろうか。他の令嬢令息相手であればいくらでも場を持たせられるのにと思った。
それにヒューパート様はずっと怪訝そうな目でわたくしを見ている。
やがて遠慮がちに口を開いた。
「……周囲の目を気にしているのか? それなら今更、同じことだろう。私はお前のことなど」
好きではない、というに違いない。
そんなことはわかっている。しかしわたくしはその先を言わせる前に答えた。
「好いてくださいとは申しませんわ。だってわたくしも、好きではありませんもの。ですが嫌い合う必要はないと考えるようになりましたの。仮にもわたくしたちは夫婦なのですし」
「ふざけたことを!」
ヒューパート様は怒りに顔を赤く染め、怒鳴る。
そう。先に拒絶したのはわたくし。
けれど構わない。下手くそだけれど、これからどうにか、改善してばいいのだから。
サラ様の言葉一つでここまで心境が変わったなんて自分でも変な話だと思うけれど、悪くない変化のような気がした。
悩み事は一つ、サラ様に言われてやってみることにした歩み寄ってみる努力についてだ。
夫の想い人であるところの彼女から提案されたことを実践しようというのはなんだか変な感じだが、そのこと自体には抵抗はない。だけれど考えども考えども何をしていいかわからないのだった。
恋人らしいことをすればいいのだろうか。
しかしそれならすでにやった気がする。そう、あの偽りの甘やかな日々の間に。
もちろんあれはわたくしが積極的にしたことではないが、それをわたくし側から行っても同じこと。ヒューパート様は不快に思うだけだ。
ならばヒューパート様の心に寄り添う? だが肝心のやり方が思いつかなかった。
そもそもヒューパート様はわたくしのことが嫌いだ。勝手にわたくしが彼をわかった気になり、寄り添ったつもりになったところで、彼が喜ぶとは到底思えない。
それに、わたくしと彼の価値観は全く違う。歩み寄り、それは我慢と同義ではなかろうか。
そんな風に、ずぶずぶと思考の沼にハマってしまい、抜け出せないということになるのである。
「けれどやるのであれば早く行動を起こさなければ。時間は有限ではありませんわ」
わたくしは色々やってみることにした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ヒューパート様」
「何だ」
「この間のこと、謝罪いたしますわ。ヒューパート様の寛大なるご配慮をいただいたにも関わらずあのような言動をしてしまったことを反省いたしましたの」
とりあえずは一言も交わさないほどの気まずい空気をどうにかした方がいい。
そう思ったわたくしは、ヒューパート様へ頭を下げた。
ヒューパート様はわたくしをまじまじと見つめる。
まさか謝られるとは思っていなかったのかも知れない。
それともわたくしがこのような行動に出たことを訝しんだか、あるいは――。
「……今更それか」
彼は呆れていた。隠しもしていなかった。
当然だろう。先日まで離縁上等の態度を示していたのに、急にこんな風になるのだから。
彼はわたくしがサラ様とのお茶会において、心境の変化を得たことを知らないのだ。だから怪しむのは当然過ぎるほど当然な話だった。
「ヒューパート様に物申すなど、出過ぎた真似でしたわ」
「いくら反省の意を示されたところで、私は許したりしないからな」
と言ってこちらから顔を逸らしつつも、それ以上ヒューパート様はわたくしに対してひどい言葉で罵ってきたりはしなかった。そのことに心底安堵したことは内緒だ。
そして翌朝わたくしが「おはようございます」と声をかけると、不機嫌ながらも「ああ」とも「うん」ともつかない声を返してくれた。
――一歩前進、といったところだろうか。
わずかながら手応えを感じながら、わたくしは次の手段に移ることにした。
仲違いして以降ろくに時間を合わせなかった食事時を一緒にした。
向かい合い、朝食を口に運ぶ。だがただ無言では気まずいので、とりあえず仕事の話を振ってみる。
「近頃の公務の調子はいかがでございましょう。もしわたくしがお手伝いできるようなことがもう少しあれば、教えていただけますと幸いですわ」
「別にない。というか、お前はやり過ぎだ」
「やり過ぎだなんてこと……」
そして、会話が途切れる。
次の会話のきっかけを探そうと視線を巡らせるも、何も思い浮かばない。
共同で参加するパーティーなどはしばらくない。とはいえ、直近に参加した女性のみのお茶会の話などして、ヒューパート様が反応をくださるとは思えず、己の話題の少なさに唇を噛んだ。
――どうしてこんなにうまくいきませんのかしら。
ヒューパート様との隔たりが大き過ぎるせいだろうか。他の令嬢令息相手であればいくらでも場を持たせられるのにと思った。
それにヒューパート様はずっと怪訝そうな目でわたくしを見ている。
やがて遠慮がちに口を開いた。
「……周囲の目を気にしているのか? それなら今更、同じことだろう。私はお前のことなど」
好きではない、というに違いない。
そんなことはわかっている。しかしわたくしはその先を言わせる前に答えた。
「好いてくださいとは申しませんわ。だってわたくしも、好きではありませんもの。ですが嫌い合う必要はないと考えるようになりましたの。仮にもわたくしたちは夫婦なのですし」
「ふざけたことを!」
ヒューパート様は怒りに顔を赤く染め、怒鳴る。
そう。先に拒絶したのはわたくし。
けれど構わない。下手くそだけれど、これからどうにか、改善してばいいのだから。
サラ様の言葉一つでここまで心境が変わったなんて自分でも変な話だと思うけれど、悪くない変化のような気がした。
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