上 下
20 / 40

第二十話 歩み寄ってみる努力

しおりを挟む
 サラ様とのお茶会から数日、わたくしは資料の仕分けを片手間でこなしつつ、ずっと思案を巡らせてばかりいた。

 悩み事は一つ、サラ様に言われてやってみることにした歩み寄ってみる努力についてだ。
 夫の想い人であるところの彼女から提案されたことを実践しようというのはなんだか変な感じだが、そのこと自体には抵抗はない。だけれど考えども考えども何をしていいかわからないのだった。

 恋人らしいことをすればいいのだろうか。
 しかしそれならすでにやった気がする。そう、あの偽りの甘やかな日々の間に。

 もちろんあれはわたくしが積極的にしたことではないが、それをわたくし側から行っても同じこと。ヒューパート様は不快に思うだけだ。
 ならばヒューパート様の心に寄り添う? だが肝心のやり方が思いつかなかった。

 そもそもヒューパート様はわたくしのことが嫌いだ。勝手にわたくしが彼をわかった気になり、寄り添ったつもりになったところで、彼が喜ぶとは到底思えない。
 それに、わたくしと彼の価値観は全く違う。歩み寄り、それは我慢と同義ではなかろうか。

 そんな風に、ずぶずぶと思考の沼にハマってしまい、抜け出せないということになるのである。

「けれどやるのであれば早く行動を起こさなければ。時間は有限ではありませんわ」

 わたくしは色々やってみることにした。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ヒューパート様」

「何だ」

「この間のこと、謝罪いたしますわ。ヒューパート様の寛大なるご配慮をいただいたにも関わらずあのような言動をしてしまったことを反省いたしましたの」

 とりあえずは一言も交わさないほどの気まずい空気をどうにかした方がいい。
 そう思ったわたくしは、ヒューパート様へ頭を下げた。

 ヒューパート様はわたくしをまじまじと見つめる。
 まさか謝られるとは思っていなかったのかも知れない。
 それともわたくしがこのような行動に出たことを訝しんだか、あるいは――。

「……今更それか」

 彼は呆れていた。隠しもしていなかった。
 当然だろう。先日まで離縁上等の態度を示していたのに、急にこんな風になるのだから。

 彼はわたくしがサラ様とのお茶会において、心境の変化を得たことを知らないのだ。だから怪しむのは当然過ぎるほど当然な話だった。

「ヒューパート様に物申すなど、出過ぎた真似でしたわ」

「いくら反省の意を示されたところで、私は許したりしないからな」

 と言ってこちらから顔を逸らしつつも、それ以上ヒューパート様はわたくしに対してひどい言葉で罵ってきたりはしなかった。そのことに心底安堵したことは内緒だ。
 そして翌朝わたくしが「おはようございます」と声をかけると、不機嫌ながらも「ああ」とも「うん」ともつかない声を返してくれた。

 ――一歩前進、といったところだろうか。
 わずかながら手応えを感じながら、わたくしは次の手段に移ることにした。



 仲違いして以降ろくに時間を合わせなかった食事時を一緒にした。
 向かい合い、朝食を口に運ぶ。だがただ無言では気まずいので、とりあえず仕事の話を振ってみる。

「近頃の公務の調子はいかがでございましょう。もしわたくしがお手伝いできるようなことがもう少しあれば、教えていただけますと幸いですわ」

「別にない。というか、お前はやり過ぎだ」

「やり過ぎだなんてこと……」

 そして、会話が途切れる。
 次の会話のきっかけを探そうと視線を巡らせるも、何も思い浮かばない。

 共同で参加するパーティーなどはしばらくない。とはいえ、直近に参加した女性のみのお茶会の話などして、ヒューパート様が反応をくださるとは思えず、己の話題の少なさに唇を噛んだ。

 ――どうしてこんなにうまくいきませんのかしら。
 ヒューパート様との隔たりが大き過ぎるせいだろうか。他の令嬢令息相手であればいくらでも場を持たせられるのにと思った。

 それにヒューパート様はずっと怪訝そうな目でわたくしを見ている。
 やがて遠慮がちに口を開いた。

「……周囲の目を気にしているのか? それなら今更、同じことだろう。私はお前のことなど」

 好きではない、というに違いない。
 そんなことはわかっている。しかしわたくしはその先を言わせる前に答えた。

「好いてくださいとは申しませんわ。だってわたくしも、好きではありませんもの。ですが嫌い合う必要はないと考えるようになりましたの。仮にもわたくしたちは夫婦なのですし」

「ふざけたことを!」

 ヒューパート様は怒りに顔を赤く染め、怒鳴る。

 そう。先に拒絶したのはわたくし。
 けれど構わない。下手くそだけれど、これからどうにか、改善してばいいのだから。

 サラ様の言葉一つでここまで心境が変わったなんて自分でも変な話だと思うけれど、悪くない変化のような気がした。
しおりを挟む
感想 29

あなたにおすすめの小説

殿下の愛しのハズレ姫 ~婚約解消後も、王子は愛する人を諦めない~

はづも
恋愛
「すまない。アメリ。婚約を解消してほしい」 伯爵令嬢アメリ・フローレインにそう告げるのは、この国の第一王子テオバルトだ。 しかし、そう言った彼はひどく悲し気で、アメリに「ごめん」と繰り返し謝って……。 ハズレ能力が原因で婚約解消された伯爵令嬢と、別の婚約者を探すよう王に命じられても諦めることができなかった王子のお話。 全6話です。 このお話は小説家になろう、アルファポリスに掲載されています。

「わかれよう」そうおっしゃったのはあなたの方だったのに。

友坂 悠
恋愛
侯爵夫人のマリエルは、夫のジュリウスから一年後の離縁を提案される。 あと一年白い結婚を続ければ、世間体を気にせず離婚できるから、と。 ジュリウスにとっては亡き父が進めた政略結婚、侯爵位を継いだ今、それを解消したいと思っていたのだった。 「君にだってきっと本当に好きな人が現れるさ。私は元々こうした政略婚は嫌いだったんだ。父に逆らうことができず君を娶ってしまったことは本当に後悔している。だからさ、一年後には離婚をして、第二の人生をちゃんと歩んでいくべきだと思うんだよ。お互いにね」 「わかりました……」 「私は君を解放してあげたいんだ。君が幸せになるために」 そうおっしゃるジュリウスに、逆らうこともできず受け入れるマリエルだったけれど……。 勘違い、すれ違いな夫婦の恋。 前半はヒロイン、中盤はヒーロー視点でお贈りします。 四万字ほどの中編。お楽しみいただけたらうれしいです。

【完結】私を捨てて駆け落ちしたあなたには、こちらからさようならを言いましょう。

やまぐちこはる
恋愛
パルティア・エンダライン侯爵令嬢はある日珍しく婿入り予定の婚約者から届いた手紙を読んで、彼が駆け落ちしたことを知った。相手は同じく侯爵令嬢で、そちらにも王家の血筋の婿入りする婚約者がいたが、貴族派閥を保つ政略結婚だったためにどうやっても婚約を解消できず、愛の逃避行と洒落こんだらしい。 落ち込むパルティアは、しばらく社交から離れたい療養地としても有名な別荘地へ避暑に向かう。静かな湖畔で傷を癒やしたいと、高級ホテルでひっそり寛いでいると同じ頃から同じように、人目を避けてぼんやり湖を眺める美しい青年に気がついた。 毎日涼しい湖畔で本を読みながら、チラリチラリと彼を盗み見ることが日課となったパルティアだが。 様子がおかしい青年に気づく。 ふらりと湖に近づくと、ポチャっと小さな水音を立てて入水し始めたのだ。 ドレスの裾をたくしあげ、パルティアも湖に駆け込んで彼を引き留めた。 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞ 最終話まで予約投稿済です。 次はどんな話を書こうかなと思ったとき、駆け落ちした知人を思い出し、そんな話を書くことに致しました。 ある日突然、紙1枚で消えるのは本当にびっくりするのでやめてくださいという思いを込めて。 楽しんで頂けましたら、きっと彼らも喜ぶことと思います。

後悔だけでしたらどうぞご自由に

風見ゆうみ
恋愛
女好きで有名な国王、アバホカ陛下を婚約者に持つ私、リーシャは陛下から隣国の若き公爵の婚約者の女性と関係をもってしまったと聞かされます。 それだけでなく陛下は私に向かって、その公爵の元に嫁にいけと言いはなったのです。 本来ならば、私がやらなくても良い仕事を寝る間も惜しんで頑張ってきたというのにこの仕打ち。 悔しくてしょうがありませんでしたが、陛下から婚約破棄してもらえるというメリットもあり、隣国の公爵に嫁ぐ事になった私でしたが、公爵家の使用人からは温かく迎えられ、公爵閣下も冷酷というのは噂だけ? 帰ってこいという陛下だけでも面倒ですのに、私や兄を捨てた家族までもが絡んできて…。 ※R15は保険です。 ※小説家になろうさんでも公開しています。 ※名前にちょっと遊び心をくわえています。気になる方はお控え下さい。 ※史実とは関係なく、設定もゆるい、ご都合主義です。 ※中世ヨーロッパ風で貴族制度はありますが、法律、武器、食べ物などは現代風、もしくはオリジナルです。話を進めるにあたり、都合の良い世界観となっています。 ※誤字脱字、見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。

【完結】新婚生活初日から、旦那の幼馴染も同居するってどういうことですか?

よどら文鳥
恋愛
 デザイナーのシェリル=アルブライデと、婚約相手のガルカ=デーギスの結婚式が無事に終わった。  予め購入していた新居に向かうと、そこにはガルカの幼馴染レムが待っていた。 「シェリル、レムと仲良くしてやってくれ。今日からこの家に一緒に住むんだから」 「え!? どういうことです!? 使用人としてレムさんを雇うということですか?」  シェリルは何も事情を聞かされていなかった。 「いや、特にそう堅苦しく縛らなくても良いだろう。自主的な行動ができるし俺の幼馴染だし」  どちらにしても、新居に使用人を雇う予定でいた。シェリルは旦那の知り合いなら仕方ないかと諦めるしかなかった。 「……わかりました。よろしくお願いしますね、レムさん」 「はーい」  同居生活が始まって割とすぐに、ガルカとレムの関係はただの幼馴染というわけではないことに気がつく。  シェリルは離婚も視野に入れたいが、できない理由があった。  だが、周りの協力があって状況が大きく変わっていくのだった。

取り巻き令嬢Aは覚醒いたしましたので

モンドール
恋愛
揶揄うような微笑みで少女を見つめる貴公子。それに向き合うのは、可憐さの中に少々気の強さを秘めた美少女。 貴公子の周りに集う取り巻きの令嬢たち。 ──まるでロマンス小説のワンシーンのようだわ。 ……え、もしかして、わたくしはかませ犬にもなれない取り巻き!? 公爵令嬢アリシアは、初恋の人の取り巻きA卒業を決意した。 (『小説家になろう』にも同一名義で投稿しています。)

大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです

古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。 皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。 他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。 救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。 セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。 だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。 「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」 今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。

【完結】彼の瞳に映るのは  

たろ
恋愛
 今夜も彼はわたしをエスコートして夜会へと参加する。  優しく見つめる彼の瞳にはわたしが映っているのに、何故かわたしの心は何も感じない。  そしてファーストダンスを踊ると彼はそっとわたしのそばからいなくなる。  わたしはまた一人で佇む。彼は守るべき存在の元へと行ってしまう。 ★ 短編から長編へ変更しました。

処理中です...