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第五話
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皿洗いから始めて、一月ほど経った今では簡単なデザート程度なら作らせてもらえるようになった。
それだけわたしの料理の腕が見込まれたのかと思うと、嬉しい。
……テオドール様にも食べていただきたかったな、なんて思うのはきっと許されないことなのだろう。
テオドール様はデザートを注文しない。元々あまり甘いものがお好きではないのかも知れなかった。
散々菓子パンを食べさせてしまった自分を悔やむ。それと同時に思った。テオドール様はもしかすると、哀れなわたしに同情を示して、食べてくれていただけなのではと。
きっとそう違いない。彼は『氷の貴公子』と呼ばれ、普段は冷たそうな態度をしていながらその実優しいのだ。
胃袋を掴めるかも、なんて思っていたことが情けなくなった。
わたしは結婚相手を見つけられないまま、食堂で働いて学生時代を終えるのだろう。
そして領地に帰って、また貧しい中料理を作って領民を励ますくらいしかできない。そしてそのまま子爵領は落ちぶれていくのだ。
「情けないなぁ……わたし」
それならば、強引にどこかの令息を引き込む?
でもテオドール様以外と結婚するなんて嫌だった。それがどれだけ傲慢な言い分かは自分でもわかっているつもりだ。それでも、全く知らない、他の令息と口付けを交わすところを想像したら、寒気がした。
……それに無理矢理夫婦になるなんて、相手に悪い。
グジグジと悩みながら、夜、ベッドに潜り込む。
最近またろくに眠れていなかった。料理作りをしているからではなく、考え事のせいで。
「テオドール様」
彼の端正な顔を思い出し、胸が痛くなった。
時たま、遠くから見かけることがある。
その度にわたしの心臓は飛び跳ね、どうしようもなく荒ぶってしまう。
好き。どうしようもなく、好きなのに。
もう一度彼と並んで穏やかな昼食を食べたいと、心から願った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――朝方の数時間だけは眠れたが、寝不足で頭が痛んだ。
そろそろ朝の授業が始まる時間だと思い、重い体を引きずり起こす。
黒いドレスを身に纏い、必要最低限の化粧と髪の手入れをすると、わたしは空っぽの腹を抱えながら外へ出る。
そのまま急ぎ足で学園の校舎に向かうはずだった。
寮の扉の外、すぐそこに置かれていた大きな箱を見るまでは。
「え……?」
何だろう、これは。
周囲に誰もいないのを確認してから、首を傾げたわたしは箱を手に取ってみる。
……何かの荷物かと思ったが、意外に軽い。そして、中から焦げ臭いような甘いような妙な匂いがする。
開けてみるとそこには、いかにも初心者が作りましたという風なクッキーが敷き詰められていた。ところどころに焼け焦げがあった。
嫌がらせだろうか。
料理好きなわたしへの当てつけ? それならもしかすると、毒など入っているかも知れない。
しかしそんなことを考えたのはほんの一瞬だけだった。なぜなら、クッキーに紛れるようにして入っていた手紙を見つけたからである。
手紙、と言っても小さな紙切れではあったけれど。
その紙切れに書かれていたのはたった一言。
『今日の昼時、例の場所で感想を聞かせてほしい』
わたしの頭は真っ白になった。
昼時。例の場所。
その言葉を書いたであろう人物を、わたしは知っている。
遅刻するのも構わず、その場で食べた。
おそらくこれは、彼の手作りなのだ。侯爵令息、それも嫡男だからきっと今まで一度も料理したことがなかったであろう彼……テオドール様の。
出来はひどいものだった。
クッキーは乾いてパサパサだし、焦げているところが苦い。砂糖が多過ぎだ。
それでも、嬉しかった。テオドール様は一体どんな気持ちでクッキーを作り、わたしの部屋の前に置いてくれたのだろう。想像するだけで、泣けてきてしまった。
クッキーにはさらに涙の味が加わって、不味くなった。
それだけわたしの料理の腕が見込まれたのかと思うと、嬉しい。
……テオドール様にも食べていただきたかったな、なんて思うのはきっと許されないことなのだろう。
テオドール様はデザートを注文しない。元々あまり甘いものがお好きではないのかも知れなかった。
散々菓子パンを食べさせてしまった自分を悔やむ。それと同時に思った。テオドール様はもしかすると、哀れなわたしに同情を示して、食べてくれていただけなのではと。
きっとそう違いない。彼は『氷の貴公子』と呼ばれ、普段は冷たそうな態度をしていながらその実優しいのだ。
胃袋を掴めるかも、なんて思っていたことが情けなくなった。
わたしは結婚相手を見つけられないまま、食堂で働いて学生時代を終えるのだろう。
そして領地に帰って、また貧しい中料理を作って領民を励ますくらいしかできない。そしてそのまま子爵領は落ちぶれていくのだ。
「情けないなぁ……わたし」
それならば、強引にどこかの令息を引き込む?
でもテオドール様以外と結婚するなんて嫌だった。それがどれだけ傲慢な言い分かは自分でもわかっているつもりだ。それでも、全く知らない、他の令息と口付けを交わすところを想像したら、寒気がした。
……それに無理矢理夫婦になるなんて、相手に悪い。
グジグジと悩みながら、夜、ベッドに潜り込む。
最近またろくに眠れていなかった。料理作りをしているからではなく、考え事のせいで。
「テオドール様」
彼の端正な顔を思い出し、胸が痛くなった。
時たま、遠くから見かけることがある。
その度にわたしの心臓は飛び跳ね、どうしようもなく荒ぶってしまう。
好き。どうしようもなく、好きなのに。
もう一度彼と並んで穏やかな昼食を食べたいと、心から願った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――朝方の数時間だけは眠れたが、寝不足で頭が痛んだ。
そろそろ朝の授業が始まる時間だと思い、重い体を引きずり起こす。
黒いドレスを身に纏い、必要最低限の化粧と髪の手入れをすると、わたしは空っぽの腹を抱えながら外へ出る。
そのまま急ぎ足で学園の校舎に向かうはずだった。
寮の扉の外、すぐそこに置かれていた大きな箱を見るまでは。
「え……?」
何だろう、これは。
周囲に誰もいないのを確認してから、首を傾げたわたしは箱を手に取ってみる。
……何かの荷物かと思ったが、意外に軽い。そして、中から焦げ臭いような甘いような妙な匂いがする。
開けてみるとそこには、いかにも初心者が作りましたという風なクッキーが敷き詰められていた。ところどころに焼け焦げがあった。
嫌がらせだろうか。
料理好きなわたしへの当てつけ? それならもしかすると、毒など入っているかも知れない。
しかしそんなことを考えたのはほんの一瞬だけだった。なぜなら、クッキーに紛れるようにして入っていた手紙を見つけたからである。
手紙、と言っても小さな紙切れではあったけれど。
その紙切れに書かれていたのはたった一言。
『今日の昼時、例の場所で感想を聞かせてほしい』
わたしの頭は真っ白になった。
昼時。例の場所。
その言葉を書いたであろう人物を、わたしは知っている。
遅刻するのも構わず、その場で食べた。
おそらくこれは、彼の手作りなのだ。侯爵令息、それも嫡男だからきっと今まで一度も料理したことがなかったであろう彼……テオドール様の。
出来はひどいものだった。
クッキーは乾いてパサパサだし、焦げているところが苦い。砂糖が多過ぎだ。
それでも、嬉しかった。テオドール様は一体どんな気持ちでクッキーを作り、わたしの部屋の前に置いてくれたのだろう。想像するだけで、泣けてきてしまった。
クッキーにはさらに涙の味が加わって、不味くなった。
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