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第15話 メインヒロインの代役は……

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 僕が通うこの高校は、運動部の強豪校である。
 文化部はあくまでおまけのようなもの。だからと言って活動に手を抜いているわけではなく、舞台の完成のために力を合わせているが、他の部との兼部という形で演劇部に所属している部員もいる。

 そのうちの一人がメインヒロイン役を務める三年生の先輩だった。

「骨折で入院!?」

「そう。県大会があったらしくて、その試合の最中にボキッと。しばらく学校に来られないのは間違いない」

 ある日の昼休み、平然とした顔の綾小路に教えられて僕は驚きで飛び上がった。
 先輩が負傷してすぐ、演劇部に連絡が行き、そこから綾小路に電話があったのだという。

「準主役が舞台に立てなくなる事態は、想定外も想定外。最悪の場合一からやり直しになるかもね」

「……一応聞いておくけど、お前が何かやったとかじゃないよな?」

「まさか。共演しやすい相手だったから惜しいと思ってるよ」

 その言葉は、あまり惜しんでいるようには聞こえなかった。
 基本的に綾小路は僕以外に興味を示さないので、そこまで不自然なことではないけれど。

 どこまで信じていいものかどうかはわからないが、さすがの綾小路でも運動部の大会中に負傷させるのは不可能だろうから、本当に何もしていないと思いたい。
 綾小路が先輩を舞台から引きずり下ろす理由もないし。

 そんなことを考えていると、綾小路がにぃ、と笑った。

「でも欠員が出たのはどうしようもない。多分、代役のヒロイン決めが行われると思うんだ」

 嫌な予感がする。
 悪戯っ子みたいな笑みだ。その笑みから、僕は目が離せない。

「そこにオレは君を推薦したい。ダメかな?」

「……なんで、そんな」

「もう全部の役が埋まってる。そりゃあ、少し出てくるだけの登場人物なら省いてヒロインの代役にできるかも知れないけど、それなら替えのきく裏方である君を代役にした方が手っ取り早い。悪くない案だと思うんだけど」

 つらつらと語られる言葉を、僕はただ呆然と聞いた。聞くしかなかった。
 僕をメインヒロインにするために先輩を排除したのではないか、という彼に対する淡い疑惑を胸に抱きながら。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 僕がヒロインなんて無理にも程がある。
 地声が低い方ではないので、頑張れば女声はできなくもない。できなくもないのだが。

「はぁ!? どういうことよ!」

 綾小路の推薦を受けて、僕にメインヒロインを任せるという発表が部長の口からなされた直後。
 悲鳴のような叫びを上げた二年生の女子――出海に、僕は心の中で激しく同意していた。

「出海さん、小林くんに突っかからないあげてください。小林くんだって戸惑っているでしょうから」

「でも、部長! どうして駿くんみたいなのが選ばれるのか、理解できません! 私の方が……私じゃなくても少なくとも女子が演じるべきではないですか!! 男が男とイチャイチャするなら、BLになってしまいます!」

「あなたの主張はわかりますが、あなたには他の役があるでしょう。配役の変更では混乱が生じます。小林くんに代役を務めてもらうのは決定事項です」

 ざわざわ、と部員たちがどよめく。
 部長が許可したとなれば、この決定が揺らぐことはない。それを知っての絶望による呻き声のように思えた。

 その気持ちはよくわかる。だって、モブB役くらいしか務められない僕に期待を向けられるはずがないのだ。僕自身すら全然大丈夫な気がしていなかった。

 それなのに。

「大丈夫だよ。駿先輩にはオレからたっぷり教え込む。メインヒロインに相応しく仕立て上げるからさ」

 この案を言い出した綾小路が自信満々に言うものだから、そういうものか、と思ってしまいそうになるから怖い。

「じゃあ早速、衣装を着付けしよっか。オレも手伝うよ」

「助かる。……だがまさか女装させられる日が来るとは思わなかった」

「きっと似合うから心配ないと思うけど。さ、行こう」

 笑顔で手を引かれ、衣装セットの前へ連れて来られる。
 綾小路の方が百倍女装が似合いそうな気がするが、彼は主役だ。僕がメインヒロインになるしかない。

 舞台衣装のセーラー服を纏って、長いウィッグを被る。髭はなるべく剃ってツルツルに。
 胸はパッドで盛り、可愛らしく見えるよう美人部長にメイクしてもらえば、驚くほど化けてまるで美少女のようになった。

 綾小路との身長差もちょうど良く、見た目だけなら立派なメインヒロインだ。

「あー、あー、あー」

 声音は高く調整。少々喉に負担がかかるのは仕方ない。

 所作と演技はまだどうしようもないレベルなので、ここからが勝負となる。
 せっかく作り上げてきた舞台を、僕が台無しにするのは絶対にできない。許されない。

 本来はモブしかこなせない僕が、綾小路と肩を並べられるようにまでならなければならないのだ。

「こんなの、無理ゲーにもほどがあるだろうが……」

 舞台に上がりたくなかったから脚本を書いたはずなのに、どうして最高難度の役を頑張ることになってしまったのか、運命を呪いたくなった。
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