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第11話 チャラ男風後輩とのドキドキ夏祭り

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 夏祭りの会場に着くまで、さほど時間はかからなかった。

 屋台の前を行き交うのは、着物を着た大勢の人々。
 その中でTシャツ姿の僕は確かに少々浮いている……気がする。洋服姿も多少はいるが、僕ほど身なりに気を遣っていない人は少ないように見えた。
 しかも綾小路自体も目を惹きつける容姿をしているので、あちらこちらで振り向かれて恥ずかしい。

 もっと僕がマシな服を着てくれば良かった。そうすれば、注目されるのは綾小路だけで済んだかも知れないのに。

「ねぇ駿先輩、まずはどこから行く?」

「どこから、って……」

 喧騒の中で周囲を見回す。だが、人が多過ぎてほとんど何も見えないに等しい。これでは何の店があるかすらわからないい。
 人混みがやけに苦しく感じるのは、夏に入ってからどこにも出かけていなかったからだろうか。

 激しい人混みと向けられる視線に酔ってしまいそうだ。

 祭りに来たことを大いに後悔中の僕は、できるなら今すぐ帰って着替えたいというのが本音である。
 もちろんそんなことは綾小路が許さないだろうから、実行するつもりはないが。

「行き先は綾小路に任せる。元々夏祭りに来たかったのは僕じゃないからな」

「なんで君はそんなに消極的なのさー。じゃあわかった、オレが駿先輩に夏祭りを満喫させてあげる!」

「やれるもんならやってみろ」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「駿先輩、りんご飴美味しいよ。食べる?」
「いただきま……って、自然な流れで渡してくるな。お前の唾液ごと口に入れることになるだろうが。僕も買うから間接キスだけは御免被る」
「じゃあオレと半分こしよ」
「何が『じゃあ』なのかわからな過ぎる僕がおかしいのか?」

「ほら、射的。撃ってみなよ。適当に撃ったら当たるからさ」
「何も考えずに命中させられるのは普通じゃないだろ」

「ほら、駿先輩、ふらふらしてたら迷子になるよ」
「……ごめん」
「オレの手から逃げようとするからだよ。大人しくオレに捕まってて?」

 食べ物の屋台を巡り、射的やら輪投げなどの遊びに興じる最中は、まるで童心に帰ったかのような心地になる。

 楽しい。楽しいのだ。夏祭りなんて来たくないと思っていたのに、渋りに渋りまくっていたのに、楽しいと思ってしまっているのだ。
 彼とのいつも通りのやり取りに緊張がほぐれ、周りの視線がいつしか気にならなくなっていた。

 以前にもこうして遊んだことがあった。毎年のように。当たり前のように。……傍にいる人物が全く似ても似つかないのが、逆に不思議に思えてしまう。
 それくらい僕の警戒心は緩み切ってしまっていた。

 今の今まで全く自覚していなかったというわけではないが、僕はあまりにもチョロ過ぎる気がする。即落ち二コマレベルでチョロい。

 どうして綾小路の思う通りになってしまうのだろう。後輩だから? 友人だから? イケメンだから? グイグイ来るから?
 ……どれも違うのはわかるのに肝心の理由には思い至れないのが悔しくて、なのにどうしようもなく楽しくて、おかしな

「あ、駿先輩、笑ってる。楽しいでしょ?」

「笑ってない」

「嘘だぁ」

「……ただちょっと懐かしいなと思ってただけ」

 半分本当で半分嘘。

 懐かしいから楽しいんじゃない。綾小路が引っ張ってくれるから楽しいに違いない。
 けれど懐かしいのは本当だ。どうしたって昔と重ねてしまわずにはいられないのだから。

 がり、と食べかけだった焼きとうもろこしを噛み砕きながら、考える。
 この機に昔の話をした方がいいのではなかろうか、と。僕が綾小路を、彼が求めている意味では決して受け入れない理由。受け入れられない理由を話さなければならないのではないか、と。

 躊躇いに躊躇って、けれど結局答えは出ずに口の中が空になってからようやく、口を開こうとした――その時だった。

 人混みがざわざわと揺れ、一様に上の方を指した。何事かと天を見上げて僕はハッと息を呑む。
 もう七年も見ていなかった輝きがそこにあった。

 どおん、どおん。
 どおん、どおん、どおん。

 遅れて聞こえてくる低い音。

 花火だ。花火が上がり始めた。
 最初は小さな彼岸花に似た花火が連発され、それからどんどん大きく力強くなって、美しく夜空に咲き乱れていった。

 子供の歓声が、若いカップルの囁き合う声が、家族連れらしき一団が楽しげに語らう声がする。
 口々に「綺麗だね」と、夢で見たかつての僕らのように。

 本当に綺麗だった。嫌になるくらい、綺麗だった。

 なぜだか涙が出そうになってそっと目を瞬く。
 僕はもう、先ほど何を言おうとしていたのかなんて忘れさせられていた。

「君は花火、好き?」

 僕の首筋を吐息で撫で、綾小路が静かに問いかけてくる。
 いつの間にやら、僕の体を胸に抱き込む格好になって空を見上げていた。

「嫌いじゃない。……お前とこうして眺めるのは、なんか変な感じがするけどな」

「そう。なら、良かった。オレも君と見る花火、好きなんだ」

 花火をじっと見つめる瞳も、背中に感じる鼓動も、驚くほど穏やかだ。ずっとこうしていたいと思ってしまいそうになるほど心地いい。
 いつものチャラチャラした雰囲気は抜け切り、ただただ優しいその姿に、僕は目を奪われた。

 花火は綺麗だ。嫌になるくらいに。
 でも綾小路の方がもっともっと綺麗に見えた。
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