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後日談第三話 失ったものと得たものと後悔と② 〜sideジル〜
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「そなたがジル・フォンストか。妾は皇女、そしてこの度皇太子となったエリザベス・アン・ジェネヤードである。今日より妾の元でせいぜい仕えるが良い」
そう言いながらわたしを見下ろすのは、藍色の髪に燃えるような赤の瞳の女。
彼女が新しくこのジェネヤード帝国の王者となる人物。一応皇太子だが、相変わらず皇帝の存在感は薄い……というか一年以内の退位が決まっているので女帝同然である。
親類だけあって見た目はあの皇太子……ケヴィンとよく似ている。しかし彼女から感じられる気配はまるで違った。
ああ、気に食わない。でもわたしは彼女に逆らうことは許されなかった。今だって首の皮一枚で繋がっているようなものだ、うっかり逆鱗に触れてしまったら首が飛ぶことくらいわかっている。
だから、両親からよく「可愛い」と言われていた自慢の笑顔を見せ、わたしはできるだけ明るく聞こえるように言った。
「わかりました。よろしくお願いしますわね、エリザベス殿下」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
(あの元皇太子のせいで全てが台無しになってしまったわ)
愚かで操りやすい男。だがあまりにも愚か過ぎて勝手に破滅してしまった。
エメリィを捕らえたところまでは良かったのだ。だがそれ以降が全部悪かった。決闘? 人質? 降伏? 馬鹿じゃないの、とわたしは思う。
わたしは必死で止めようとした。でも彼の暴走を止めることはできず馬鹿皇太子に捕らえられ、結局やられるだけやられてエメリィを逃がすという結果となった。
……あのままうまくいけばエメリィに復讐できるはずだったのに。
あの馬鹿皇太子のことは絶対許しはしない。
だからわたしはぶち込まれた牢獄の中で色々策を巡らせ、男好きのする体と甘言でたぶらかし、クーデターを起こさせて皇太子とフロー元公爵令嬢をこの国から追いやった。今頃どこかの荒野で野垂れ死んでいるだろう。
でもわたしは結局、新しく皇太子となったエリザベス皇女に顎で使われる存在となってしまった。
愚かだったのはわたしではなく、あの元皇太子だ。なのになぜわたしがこんな理不尽を受けなければならないのか。
そもそもあんな男に頼らなければ良かった。それ以前にフロー元公爵令嬢と手を組まなければ……。
後悔し始めたらキリがない。
思えばわたしの人生は後悔ばかりな気がする。
伯爵家にいた頃、早くエメリィを亡き者にしていたらこんなことにはならなかった。
それが全ての間違いだ。放置していたから、あんな悪女になってしまった。もはやわたしなんかには手の届かぬ、とんでもない存在に。
もうやり返そうだなんて考えない。これ以上失いたくはないから。
皇太子の召使、そして帝国男爵位という申し分程度の身分だけで満足するしか、ないのだ。
「そんな浮かない顔をするでないわ、小娘」
あなたも大して歳の変わらない小娘でしょうに、と思ったがわたしは声に出さない。
代わりにキラキラした笑顔を見せた。
「浮かない顔なんてしていませんわ? わたし、嬉しいですもの」
「ふん。虚言を口にしたくばそうするがいい。己を偽るのも一つの生き方である故な。だが――」
赤い瞳をスッと細め、美貌の皇女は楽しげにニヤリと口角を吊り上げた。
「妾はそなたの真の在り方の方が好ましいぞ」
わたしはその言葉に何も言い返さず、皇太子の部屋を後にした。
ああ、なんていう女だろう。わたしが得意な猫かぶりを簡単に見破ってしまうなんて。でも、でも――。
「……面白いわ」
そこまで言うならお望み通り、本来のわたしを見せてあげようかしら。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それからわたしは帝国貴族の男という男をたぶらかし、真っ黒なお腹の中身を暴いて帝国改革を起こしたりした。
わたしだってエメリィに負けていない悪女なのだと周囲に――何よりも隣国で呑気に結婚式を挙げているだろうエメリィに知らしめるために。
わたしは帝国の悪女、ジル・フォンスト。
後に『苛烈なる女帝』として名を馳せることになるエリザベス皇太子の片腕。その地位がわたしが得たものだった。
その生き方に不満がないわけではない。でも、ただ従順なだけの人形になるよりはずっと良かった。
「妾の見立ては正しかったな」
誇らしげに笑うエリザベス皇太子には腹が立つけれど。
そう言いながらわたしを見下ろすのは、藍色の髪に燃えるような赤の瞳の女。
彼女が新しくこのジェネヤード帝国の王者となる人物。一応皇太子だが、相変わらず皇帝の存在感は薄い……というか一年以内の退位が決まっているので女帝同然である。
親類だけあって見た目はあの皇太子……ケヴィンとよく似ている。しかし彼女から感じられる気配はまるで違った。
ああ、気に食わない。でもわたしは彼女に逆らうことは許されなかった。今だって首の皮一枚で繋がっているようなものだ、うっかり逆鱗に触れてしまったら首が飛ぶことくらいわかっている。
だから、両親からよく「可愛い」と言われていた自慢の笑顔を見せ、わたしはできるだけ明るく聞こえるように言った。
「わかりました。よろしくお願いしますわね、エリザベス殿下」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
(あの元皇太子のせいで全てが台無しになってしまったわ)
愚かで操りやすい男。だがあまりにも愚か過ぎて勝手に破滅してしまった。
エメリィを捕らえたところまでは良かったのだ。だがそれ以降が全部悪かった。決闘? 人質? 降伏? 馬鹿じゃないの、とわたしは思う。
わたしは必死で止めようとした。でも彼の暴走を止めることはできず馬鹿皇太子に捕らえられ、結局やられるだけやられてエメリィを逃がすという結果となった。
……あのままうまくいけばエメリィに復讐できるはずだったのに。
あの馬鹿皇太子のことは絶対許しはしない。
だからわたしはぶち込まれた牢獄の中で色々策を巡らせ、男好きのする体と甘言でたぶらかし、クーデターを起こさせて皇太子とフロー元公爵令嬢をこの国から追いやった。今頃どこかの荒野で野垂れ死んでいるだろう。
でもわたしは結局、新しく皇太子となったエリザベス皇女に顎で使われる存在となってしまった。
愚かだったのはわたしではなく、あの元皇太子だ。なのになぜわたしがこんな理不尽を受けなければならないのか。
そもそもあんな男に頼らなければ良かった。それ以前にフロー元公爵令嬢と手を組まなければ……。
後悔し始めたらキリがない。
思えばわたしの人生は後悔ばかりな気がする。
伯爵家にいた頃、早くエメリィを亡き者にしていたらこんなことにはならなかった。
それが全ての間違いだ。放置していたから、あんな悪女になってしまった。もはやわたしなんかには手の届かぬ、とんでもない存在に。
もうやり返そうだなんて考えない。これ以上失いたくはないから。
皇太子の召使、そして帝国男爵位という申し分程度の身分だけで満足するしか、ないのだ。
「そんな浮かない顔をするでないわ、小娘」
あなたも大して歳の変わらない小娘でしょうに、と思ったがわたしは声に出さない。
代わりにキラキラした笑顔を見せた。
「浮かない顔なんてしていませんわ? わたし、嬉しいですもの」
「ふん。虚言を口にしたくばそうするがいい。己を偽るのも一つの生き方である故な。だが――」
赤い瞳をスッと細め、美貌の皇女は楽しげにニヤリと口角を吊り上げた。
「妾はそなたの真の在り方の方が好ましいぞ」
わたしはその言葉に何も言い返さず、皇太子の部屋を後にした。
ああ、なんていう女だろう。わたしが得意な猫かぶりを簡単に見破ってしまうなんて。でも、でも――。
「……面白いわ」
そこまで言うならお望み通り、本来のわたしを見せてあげようかしら。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それからわたしは帝国貴族の男という男をたぶらかし、真っ黒なお腹の中身を暴いて帝国改革を起こしたりした。
わたしだってエメリィに負けていない悪女なのだと周囲に――何よりも隣国で呑気に結婚式を挙げているだろうエメリィに知らしめるために。
わたしは帝国の悪女、ジル・フォンスト。
後に『苛烈なる女帝』として名を馳せることになるエリザベス皇太子の片腕。その地位がわたしが得たものだった。
その生き方に不満がないわけではない。でも、ただ従順なだけの人形になるよりはずっと良かった。
「妾の見立ては正しかったな」
誇らしげに笑うエリザベス皇太子には腹が立つけれど。
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