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第四十五話 夜、静かなテラスにて求婚
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軽い演説……というかこの国を勝利に導くまでの話をした後ようやく私はアルトと合流することができた。
今日の彼は例の夜会の時と同じ服を着ており、なんだか懐かしくなる。あの夜会があった日から大して月日は経っていないはずなのにもう何年も前のことのように思えるから不思議だった。
「エスコートをお願いしても?」
「第五王子殿下から嫉妬されそうで怖いのだけど、大丈夫かな」
「もしもあなたに危害を加えようとする人物があるならば相手が誰であろうとこの悪女が裁きますからご心配なさらず。どうぞ、私の手を」
そう言いながら手を差し出すと、アルトはほんの少し躊躇いがちに、しかしがっしりと私の手を握った。
ああ、温かい。というより少し熱いようにも感じた。
「あの、少しいいかな」
「どうしましたか?」
「実は、テラスで君と話したいことがあるんだ」
「話? わかりました。では行きましょうか」
ディナーを共にしようと思っていたが、それは後にしよう。
私はアルトに連れられて、パーティー会場のテラス――彼と十年来の再会を果たしたあの場所へ向かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ワイングラス片手に、私たちは薄暗いテラスに立っていた。
パーティー会場の騒がしさまど全く聞こえて来ないのでここはとても静かである。あの時と同じで人気は全くなく、私とアルトの二人きりだ。
夜闇の中、ぼんやりと蝋燭の灯りに照らされる彼の顔を見て少しドキドキしてしまう。顔の火照りを隠すようにしてテラスの外の景色を眺めていた。
「……思い返すと色々大変だったね」
「ええ。あなたと再会してから今日までずっと休みなしで動き回っていた気がします。戦争を起こしたり収めたりさらわれたり降伏させたり。忙しない日々でした。でも、悪くなかったと思っていますよ」
十年間も不当に虐げられ続け、かと思えば愛さないと言われてしまった私。
振り返ってみれば不運続きの人生だったが、これからの私の未来は明るい。この短期間で様々なことがあり過ぎた。
でももちろん私に悔いはない。誘拐という予定外なことはあったとはいえ、それ以外はとことん好き勝手した結果なのだから。そして今アルトの隣でいられる。それだけで充分だった。
「それで話なんだけど、単刀直入に言っていいかな」
「どうぞ」
「……君が好きだ」
――。
――――。
――――――ん?
(少ししか呑んでいないのに酔いが回って来たのでしょうか)
私は首を傾げ、彼の方を振り向いた。
そこには優しげな翡翠色の瞳で私を見下ろす彼の顔がある。柔和でありながら凛々しい。ああ、素敵だ。
先ほどの言葉は私の胸の中に荒れ狂うこの恋心が生み出した都合のいい聞き間違いに違いない。パーティーの賑やかな雰囲気のせいなのか彼といられる幸せのせいか、少し平常心を失いかけているのかも知れなかった。もっとしっかりしなくては。
「今、なんと? ごめんなさい、よく聞こえなくて」
「あれほど拒絶しておきながら今更こんなことを言うのは勝手だと思う。本当なら嫌われても仕方がないくらいに。でももう我慢できないんだ。
エメリィ、幼い頃からずっと君が好きだった。婚約解消されてからも忘れた日はなかったし、君と再会したあの日からは君といられたらどんなにいいだろうとばかり考えていて。
でも君はもうエメリィ・フォンストじゃない。アロッタ公爵夫人で、しかもとんでもない悪女だ。だから自制しようとしたんだ。それでも無理だった。君が連れ去られたあの時、もう後戻りができないことに気づいてしまった」
「少し待ってくださいアルト? これは私の聞き間違いでも夢でも幻でもないのですか?」
「もし嘘ならわざわざ単身で帝国に向かったりしない」
「確かに」
それなら、と私は考える。それなら今の言葉を信じてもいいのだろうか?
まだ一回デートしただけだし、それも中途半端に終わっている。自力で惚れさせたという感覚はあまりないけれど。
でも彼が、アルトが私の想いに応えてくれたのだとすれば、躊躇する理由は何もなかった。
「私のような悪女でも本当によろしいのですね? 私、そこまで可愛い女ではありませんよ」
「可愛いよ。あの頃の、可愛いエメリィのままだ」
「ふふっ。そんなことを言ってくれるのはあなただけでしょう」
美しいと言われたことはあれど可愛いなんて私を評価する言葉は聞いたことがない。
やはりアルトは優しい。そしてそんな彼が私は好きで好きでたまらなかった。
なんともいえない心地よい沈黙が落ちる。
テラスの外から悔しげにこちらを睨みつける先ほどフッた男たちがいたが、そんなことももはや私は気にならない。私はもはや愛しの侯爵令息殿から目が離せなくなっていたから。
「君と婚約……いや。
エメリィ・アロッタ様。僕――アルト・ウィルソンと結婚してくださいませんか」
気の利いた花も貴族らしい遠回しな言葉もない、端的な求婚だった。でもそれだけで良かった。
嬉し過ぎて足が震える。
頭がどうにかなってしまいそうだった。ずっと、ずっと求め続けていたものを手に入れた時の喜び。
もはや私を邪魔する者は誰もいない。
あの後、ジルは帝城の監獄に数日幽閉の後、厳しい条件付きで解放されたと聞く。そしてフロー元公爵令嬢も皇太子も私との決闘に負けたことで帝国民からのクーデターを受け結局国外追放、皇太子の従妹にあたる皇女が国を継いだ。どちらも二度と私に関わることはできないだろう。
私は悪女らしくニヤリと微笑む。
そして彼に近寄り――不意打ちで唇を奪った。
「これが私の答えです」
その口づけは甘く柔らかく、互いの全身に染み渡っていった。
長かった。
本当の本当に長かった。
(ああ、これでやっと――)
奪われた幸せをこの手に取り戻すことができた。
今日の彼は例の夜会の時と同じ服を着ており、なんだか懐かしくなる。あの夜会があった日から大して月日は経っていないはずなのにもう何年も前のことのように思えるから不思議だった。
「エスコートをお願いしても?」
「第五王子殿下から嫉妬されそうで怖いのだけど、大丈夫かな」
「もしもあなたに危害を加えようとする人物があるならば相手が誰であろうとこの悪女が裁きますからご心配なさらず。どうぞ、私の手を」
そう言いながら手を差し出すと、アルトはほんの少し躊躇いがちに、しかしがっしりと私の手を握った。
ああ、温かい。というより少し熱いようにも感じた。
「あの、少しいいかな」
「どうしましたか?」
「実は、テラスで君と話したいことがあるんだ」
「話? わかりました。では行きましょうか」
ディナーを共にしようと思っていたが、それは後にしよう。
私はアルトに連れられて、パーティー会場のテラス――彼と十年来の再会を果たしたあの場所へ向かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ワイングラス片手に、私たちは薄暗いテラスに立っていた。
パーティー会場の騒がしさまど全く聞こえて来ないのでここはとても静かである。あの時と同じで人気は全くなく、私とアルトの二人きりだ。
夜闇の中、ぼんやりと蝋燭の灯りに照らされる彼の顔を見て少しドキドキしてしまう。顔の火照りを隠すようにしてテラスの外の景色を眺めていた。
「……思い返すと色々大変だったね」
「ええ。あなたと再会してから今日までずっと休みなしで動き回っていた気がします。戦争を起こしたり収めたりさらわれたり降伏させたり。忙しない日々でした。でも、悪くなかったと思っていますよ」
十年間も不当に虐げられ続け、かと思えば愛さないと言われてしまった私。
振り返ってみれば不運続きの人生だったが、これからの私の未来は明るい。この短期間で様々なことがあり過ぎた。
でももちろん私に悔いはない。誘拐という予定外なことはあったとはいえ、それ以外はとことん好き勝手した結果なのだから。そして今アルトの隣でいられる。それだけで充分だった。
「それで話なんだけど、単刀直入に言っていいかな」
「どうぞ」
「……君が好きだ」
――。
――――。
――――――ん?
(少ししか呑んでいないのに酔いが回って来たのでしょうか)
私は首を傾げ、彼の方を振り向いた。
そこには優しげな翡翠色の瞳で私を見下ろす彼の顔がある。柔和でありながら凛々しい。ああ、素敵だ。
先ほどの言葉は私の胸の中に荒れ狂うこの恋心が生み出した都合のいい聞き間違いに違いない。パーティーの賑やかな雰囲気のせいなのか彼といられる幸せのせいか、少し平常心を失いかけているのかも知れなかった。もっとしっかりしなくては。
「今、なんと? ごめんなさい、よく聞こえなくて」
「あれほど拒絶しておきながら今更こんなことを言うのは勝手だと思う。本当なら嫌われても仕方がないくらいに。でももう我慢できないんだ。
エメリィ、幼い頃からずっと君が好きだった。婚約解消されてからも忘れた日はなかったし、君と再会したあの日からは君といられたらどんなにいいだろうとばかり考えていて。
でも君はもうエメリィ・フォンストじゃない。アロッタ公爵夫人で、しかもとんでもない悪女だ。だから自制しようとしたんだ。それでも無理だった。君が連れ去られたあの時、もう後戻りができないことに気づいてしまった」
「少し待ってくださいアルト? これは私の聞き間違いでも夢でも幻でもないのですか?」
「もし嘘ならわざわざ単身で帝国に向かったりしない」
「確かに」
それなら、と私は考える。それなら今の言葉を信じてもいいのだろうか?
まだ一回デートしただけだし、それも中途半端に終わっている。自力で惚れさせたという感覚はあまりないけれど。
でも彼が、アルトが私の想いに応えてくれたのだとすれば、躊躇する理由は何もなかった。
「私のような悪女でも本当によろしいのですね? 私、そこまで可愛い女ではありませんよ」
「可愛いよ。あの頃の、可愛いエメリィのままだ」
「ふふっ。そんなことを言ってくれるのはあなただけでしょう」
美しいと言われたことはあれど可愛いなんて私を評価する言葉は聞いたことがない。
やはりアルトは優しい。そしてそんな彼が私は好きで好きでたまらなかった。
なんともいえない心地よい沈黙が落ちる。
テラスの外から悔しげにこちらを睨みつける先ほどフッた男たちがいたが、そんなことももはや私は気にならない。私はもはや愛しの侯爵令息殿から目が離せなくなっていたから。
「君と婚約……いや。
エメリィ・アロッタ様。僕――アルト・ウィルソンと結婚してくださいませんか」
気の利いた花も貴族らしい遠回しな言葉もない、端的な求婚だった。でもそれだけで良かった。
嬉し過ぎて足が震える。
頭がどうにかなってしまいそうだった。ずっと、ずっと求め続けていたものを手に入れた時の喜び。
もはや私を邪魔する者は誰もいない。
あの後、ジルは帝城の監獄に数日幽閉の後、厳しい条件付きで解放されたと聞く。そしてフロー元公爵令嬢も皇太子も私との決闘に負けたことで帝国民からのクーデターを受け結局国外追放、皇太子の従妹にあたる皇女が国を継いだ。どちらも二度と私に関わることはできないだろう。
私は悪女らしくニヤリと微笑む。
そして彼に近寄り――不意打ちで唇を奪った。
「これが私の答えです」
その口づけは甘く柔らかく、互いの全身に染み渡っていった。
長かった。
本当の本当に長かった。
(ああ、これでやっと――)
奪われた幸せをこの手に取り戻すことができた。
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