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第三十九話 何がなんでも幸せになってやる 〜side芽亜〜

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 愛されてる。アタシは愛されているんだ。
 前世とはまるで違う。可愛くて優等生なアタシのことを、みんなみんな見てくれている。

 貴族学園に入学してから一年近くが経った。
 最初こそ平民上がりだからと嫌厭されていたアタシは、今や人気者だ。

 なのにどうしてだろう。チヤホヤされても全く嬉しく感じないのは。

「やっぱりあの王子様を手に入れなきゃ。――何がなんでも幸せになってやる」

 だってアタシは『ヒロイン』。
 王子様と結ばれて初めて、ハッピーエンドを迎えられるに違いないのだ。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 学園に、アタシの運命の王子様はいた。
 名前はファブリス・エインズワー・デービス。遠目から見たらアニメに出てくるイケメンを三次元にしたような金髪に青い目のキラキラ王子様で、いかにも物腰が柔らかそうな優男だった。

 ますます欲しい。

 ファーストコンタクトは印象的に。
 昼休み、教室に戻るまでの間に迷ったことにして、王子様に道を尋ねる。

「入学したてだからわからなくて……」

 全力でか弱い少女のふりをした。
 涙さえ浮かべて、案内してくれませんかと懇願する。しかし王子様の反応はというと。

「教室はあっちだよ、ハーマン男爵令嬢。悪いけど、僕は忙しいからついていってあげられない。どうしてもなら他の人を頼るといい」

 こちらを無下にはしていないのに、どこかそっけなかった。

 それから二度ほど接触を繰り返す。
 アタシの可愛さがあるならすぐに惚れさせられるはずと確信していたが、なかなかうまくいかなかった。

 きっと原因は、当たり前のような顔で王子様とベタベタしている悪役令嬢だ。
 確かアイリーンだったか。朝も一緒、教室も同じで放課後なんて二人きりでどこかに行っているのだから腹立たしい。悪役のくせに出しゃばるとは、何様のつもりなのか。

 アタシと同じ転生者かもと懸念したが、どうやら違うらしい。
 つまりは生まれが良かっただけの勘違い女なのだ。

 アタシの玉の輿計画を邪魔する奴は絶対に許さない。それにあいつの泣き面を見られたら、胸がスカッとしそうな気がした。

 学園での地位を上げ、悪役令嬢をぐぅの音も出ないほどに負かしてやろう。

 まずは勉強。面倒だが、人生の勝ち組になるためなら手段を選んではいられない。
 せっかくなのでこの体に同居しているもう一人――メアリの力を使うことにする。

「上級貴族クラスの教科書は盗ってきたから、お前はそれ見てちゃんと勉強してて」

「でもっ!」

「お前は黙ってればいいでしょうが。従わないならそこら辺の男といかがわしいことしちゃうけど、いいの?」

「うぅぅ……」

 最初こそ抵抗していたが、所詮はバグで残っただけのおまけみたいな存在。少し脅したらすぐ従順になったので苦労しなかった。

 そして筆記試験――テストの結果は、学年二位。
 悔しいことに悪役令嬢アイリーンは王子様と同じ首席だった。

「……ちっ」

 成績表の前で小さく舌打ちする。
 どうしてあの女が。大して頭が良さそうには見えなかった。どうせ、王子様の答えをカンニングしているのだろう。

 でもアタシの目的は達した。人目を引ければ、あとは簡単。

 女にも男にも取り入りながら可愛い『ヒロイン』として過ごす。
 笑顔を振り撒く度に女子も男子もアタシの味方になった。
 そしてそれに釣られて上級貴族のお坊ちゃんたちがやって来て、アタシは彼らにも近づいていく。

 上級貴族のお嬢様たちからの不興を買うのは百も承知。むしろ大歓迎なくらい。周囲の女子の愚痴を聞いたあの女が、冷静でいられるような落ち着いた性格ではないだろうと確信があった。

 案の定、行動を起こされる。

 学園長に直談判。要請したのはアタシの退学だった。
 よくもまあ堂々と排除の手段に出られたものだ。

(さすが悪役。可愛くてみんなから愛される『ヒロイン』のアタシとは大違いだね。その強気さは褒めてあげるけど、ほんとに滑稽)

 悪口を叩かれ、学園を出て行けと言われた――アタシが涙ながらにそう言っただけで、悪役令嬢は一気に敵視されることになる。
 上級貴族クラスの女子生徒たちからは好かれまくっているらしい悪役令嬢だけれど、下級貴族の方が数は多いのだから、批判の声が大きくなっていくのは必至。

 いつか王子様にも見限られる。
 ――そうすれば代わりに彼の隣に並び立つのは、このアタシしかいない!

「メアリ・ハーマン男爵令嬢、ちょっといいかな」

 学園の廊下。歩いていたところを突然声をかけられて、アタシは慌てて振り返る。
 そこに立っていたのは麗しき王子様だった。

「あっ、王子様ぁ」

「君が悪質な嫌がらせを受けていると聞いてね。様子を見にきたんだ」

 間違いない。いじめられたアタシを可哀想に思ってわざわざ話しに来てくれたのだ。
 王子殿下が男爵令嬢に話しかけるなんて、と偶然居合わせた無関係の生徒たちがギョッとしていたが、構いはしない。

「ごめんなさい。王子様のお耳に、不快な噂を届けさせてしまって」

 それからアタシは、今までされたいじめの数々――全て嘘っぱちだが――を語る。

 メアリが何度も何度も「違うっ」とか「ダメ」などと口を挟もうとしてきたので、鬱陶しいったらなかった。
 アタシと王子様との会話に割り込んでこようとは、無礼な奴だ。あとで身の程を思い知らせてやらないと。

 ともかく。

「そうか。本当の本当に・・・・・アイリーンが、僕の・・・・・・・・・婚約者が・・・・
そんなことをやった《・・・・・・・・・》って言うんだね・・・・・・・

「アイリーン様で間違いない、です。王子様の婚約者なのにひどいこと言ってすみません……」

「いや、いいんだ。教えてくれてありがとう。また話を聞かせてもらうよ」

 優しげな言葉と共に、にっこりと微笑まれる。
 その微笑みは、頭がくらくらしてしまいそうなほど素敵だった。

 お金持ちになれるだけじゃなく、こんなイケメンに優しい笑顔を向けられる毎日を送れたら、それはもう紛れもない世界一の幸せ者だ。

 そんな未来はもう確定したも同然。
 だって『また話を聞かせてもらうよ』と言われるくらい、関心を持ってもらえたのだから。

 王子様の目が笑っていないことに、浮かれるアタシは最後まで気がつかなかった。



 もうすぐ入学一年、夏休み期間に入る。
 それが終わったら本格的に王子様を奪いに行こうと、アタシは決めた。
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