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第二十九話 奇跡の訪れ 〜sideフェリシア〜
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今日も窓の外の景色は変わらない。
いくらいい眺めであれど、毎日見ていたら飽きてしまう。静かにため息を吐きながら鉛のように重い体をベッドから起こした。
「こんなのじゃダメ。早くアイリーンを探しに行かなくちゃいけないのに……」
早くアイリーンに会って確かめなければ。
そう考えるのに、思うように動けないこの体を呪う。それと同時にフェリシアという少女に非常に申し訳なく思った。
十二歳の幼さで命を落とす、薄幸の姫君。
大層辛い思いをしてきたことだろう。わたしがいなければとっくに命が果てていたはずの存在に、今更ながら「ごめんね」と小さく謝罪する。
これは彼女からの罰なのかも知れない。
そう思うと乾いた笑みが漏れた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
前世のわたしはどこにでもいる普通の女子中学生。
両親と姉と一緒にそれなりに平穏に暮らし、学校に行って勉強をこなし、友達と適当に付き合いながら、平々凡々に生きていた。
そんなわたしに特筆すべきことがあったとすれば、ひっそり小説を書いていたことくらい。
……と言っても、書いているのはありふれたweb小説だけれど。
web小説発のライトノベルの虜になったことがきっかけで、何冊も買い込んで読み漁ったあと、自分も書いてみたいと思って筆を取った。
執筆場所は近所のカフェ。恥ずかしいので小説を書いていること自体はリアルでは内緒にしていたけれど、地道にwebで投稿するうちに人気が出始めていた。
自作品の中で一番お気に入りの作品が『傲慢な悪役令嬢とおもしれー女好きの皇帝陛下』という長編。
主人公の名はアイリーン・ライセット。
いわゆる悪役令嬢で、転生者なピンク髪ヒドインの策略に嵌められたせいで、婚約者の王太子に別れを告げられて家からも追い出され破滅。しかし平民になったアイリーンはめげることなく、その奔放さを武器に旅をして回って隣国の皇帝と出会い、見初められるのだ。
そして王太子たちにざまぁして幸せになる……もうすぐそこまで書き終えるはずだった。
「お姉ちゃん、これあとちょっとで完結するから読んでみて」
「ふーん……。これも悪役令嬢ものってやつなの?」
「転生系じゃないんだけど、主人公のキャラがいいと思うの。絶対面白いから! 感想聞かせてね」
おすすめ作品だと偽って自作を紹介したら、姉は興味なさそうな顔で頷いた。
現役女子高生の姉だって暇じゃない。それはわかっていた。でも、読んでほしかった。
――命を落としてしまう前に。
姉は交通事故で死んだ。まだ十七歳だった。
その知らせが入ったのはあまりに突然のことで信じられなかったけれど、棺の中に横たわる亡骸を見て、やっと事実を受け入れられた。
冷たい頬に触れても、もう二度と瞼は開かない。
別にそこまですごく仲の良い姉妹ではなかったと思う。それなりに喧嘩もしたし、それなりに遊んだというだけ。趣味はまるで合わないし、でもわたしを突き放したりしない良い姉ではあった。
「どうして……」
言葉にし難い喪失感。
それを埋める方法なんて、わからなかった。気づいたら葬式から帰ってすぐカフェに駆け込んでいて、ノートパソコンの前でキーボードを鳴らし、物語を紡いでいった。
交通事故で死んだ少女――瀬戸愛は悪役令嬢に転生する。
その名はアイリーン・ライセット。過度のワガママであったアイリーンの過去に困らされつつも、婚約者のファブリス――病弱な妹を助けてやれなかったことに罪悪感を感じていたが、姉に寄り添われて心が救われたのだ――から徐々に溺愛されていく。
ヒドインのメアリとも仲良くなったりしながら、なんだかんだで世界を救い、最後はファブリスと結婚。
前世のことなんて忘れて、ただただひたすらに幸せになるのだ。
勢いで書いたその短編はしかし、読み返せばひどく拙く馬鹿馬鹿しいもののように思えた。
こんなので姉が救われるわけがない。すでに死んでしまった彼女が異世界で幸せに暮らせるなんてはず、ないのに。
それでも願わずにはいられなかった。姉がこの物語の中で第二の人生を生きているということを。
結局、その小説は投稿しなかった。
代わりに『傲慢な悪役令嬢とおもしれー女好きの皇帝陛下』の最後の残り数話を一気に書き上げ、完結させる。
しばらく小説を書くのはやめにしよう。
ぐちゃぐちゃな感情のままノートパソコンを閉じる。カフェを出ると不意に泣きそうになり、横断歩道の真ん中で視界が潤んで――。
信号無視の車にぶつかられて呆気なく死んだのだと理解したのは、転生後のことだった。
交通事故で立て続けに娘を亡くした両親には本当に申し訳ない。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
わたしが今の体に乗り移ったのは今から約一年前。
気がついたら美しい金髪に碧の瞳、人形のような顔立ちの美少女になっていた時はそれはそれは驚いた。鏡を見ただけでは確信を持てなかったけれど、世話係のメイドに聞いて自分の名を知った時、震えたものだ。
デービス王国第一王女フェリシア・アン・デービス。
その名には聞き覚えがあった。というか、そもそも名前を考えたのはわたしなのだから当然だ。
王太子ファブリスの二歳下の妹姫。『傲慢な悪役令嬢とおもしれー女好きの皇帝陛下』において、体が弱く十二歳で死んでしまって、ファブリスの心に爪痕を残すという役回りのキャラだった。
最初は夢かと思ったが、何日経っても覚める気配はない。
仕方ないので少しずつ状況を把握していくうち、このフェリシアは高熱を出して本来死ぬはずのところをわたしの魂が入ったおかげか生き返ったことになっているようだとわかった。
「つまり、転生ってこと……?」
冗談みたいな話だ。転生ものをたくさん読んだり書いたりしていたわたしだが、異世界転生なんて本気で信じているわけではなかったのに。
どうして転生なんて、と考えた時、ふと死の直前の行動を思い出した。わたしは姉の魂をせめて救いたいと思って転生悪役令嬢の話を書いていたはずだ。そして死んだらこの世界に来ていた。
それなら、姉もいるのではないか。
もちろん確証は持てない。だが、とても都合の良過ぎることだとわかっていても、この世界に姉も転生しているような気がしてならなかったのだ。
本当ならすぐにでも走り出したかった。
なのに憎いことにわたし、つまりフェリシアはとてもではないが気軽にアイリーンを探しに行けるような体ではなかった。立ち上がろうとするだけでよろける。用を足すのも一苦労。そんな状態だから、誰かを招くということさえ許されない始末。
ベッドの上でもできる筋トレをするなどして、できる限り努力はした。それでも一年経った今でも体調の改善は見られない。
一生このまま過ごすのだろうか。せっかく転生したのに? 姉と再会できるかも知れない可能性があるのに?
悔しくてたまらず、しかし全く動けない。
心の中でアイリーンを求め続けていたからだろうか。それは唐突に訪れた。
「ここを通してちょうだい。フェリシア殿下に用があるの。アイリーン様が直々に来てやったことを感謝しなさいよね!」
外から聞こえてきた言葉に、伏せていた顔を上げた。
今確かにアイリーンの声がした。彼女の声なんて聞いたことがなかったのに当然のようにわかる。いつもわたしの脳内で再生されていた声はあれだった。
そして姿を現したのは、銀髪に赤い瞳の美少女。
見た目は間違いなくアイリーン。そして喋り方もアイリーン。けれど――。
「初めまして、フェリシア殿下! 箱入り姫様はご存知ないだろうけれどわたくしは栄えあるライセット家の娘アイリーン・ライ…………ごめんなさい王女殿下! ご無礼をお許しください!」
胸を張ったかと思えばすぐに頭を下げるという奇行を見せられて呆気に取られた。
アイリーンなら絶対、身分が上の相手にも謝ったりはしない。それは作者……元作者のわたしが一番わかっているつもりだ。
だから、わたしは咄嗟に問いを発していた。
「あなたはアイリーン? それともお姉ちゃんなの?」
いくらいい眺めであれど、毎日見ていたら飽きてしまう。静かにため息を吐きながら鉛のように重い体をベッドから起こした。
「こんなのじゃダメ。早くアイリーンを探しに行かなくちゃいけないのに……」
早くアイリーンに会って確かめなければ。
そう考えるのに、思うように動けないこの体を呪う。それと同時にフェリシアという少女に非常に申し訳なく思った。
十二歳の幼さで命を落とす、薄幸の姫君。
大層辛い思いをしてきたことだろう。わたしがいなければとっくに命が果てていたはずの存在に、今更ながら「ごめんね」と小さく謝罪する。
これは彼女からの罰なのかも知れない。
そう思うと乾いた笑みが漏れた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
前世のわたしはどこにでもいる普通の女子中学生。
両親と姉と一緒にそれなりに平穏に暮らし、学校に行って勉強をこなし、友達と適当に付き合いながら、平々凡々に生きていた。
そんなわたしに特筆すべきことがあったとすれば、ひっそり小説を書いていたことくらい。
……と言っても、書いているのはありふれたweb小説だけれど。
web小説発のライトノベルの虜になったことがきっかけで、何冊も買い込んで読み漁ったあと、自分も書いてみたいと思って筆を取った。
執筆場所は近所のカフェ。恥ずかしいので小説を書いていること自体はリアルでは内緒にしていたけれど、地道にwebで投稿するうちに人気が出始めていた。
自作品の中で一番お気に入りの作品が『傲慢な悪役令嬢とおもしれー女好きの皇帝陛下』という長編。
主人公の名はアイリーン・ライセット。
いわゆる悪役令嬢で、転生者なピンク髪ヒドインの策略に嵌められたせいで、婚約者の王太子に別れを告げられて家からも追い出され破滅。しかし平民になったアイリーンはめげることなく、その奔放さを武器に旅をして回って隣国の皇帝と出会い、見初められるのだ。
そして王太子たちにざまぁして幸せになる……もうすぐそこまで書き終えるはずだった。
「お姉ちゃん、これあとちょっとで完結するから読んでみて」
「ふーん……。これも悪役令嬢ものってやつなの?」
「転生系じゃないんだけど、主人公のキャラがいいと思うの。絶対面白いから! 感想聞かせてね」
おすすめ作品だと偽って自作を紹介したら、姉は興味なさそうな顔で頷いた。
現役女子高生の姉だって暇じゃない。それはわかっていた。でも、読んでほしかった。
――命を落としてしまう前に。
姉は交通事故で死んだ。まだ十七歳だった。
その知らせが入ったのはあまりに突然のことで信じられなかったけれど、棺の中に横たわる亡骸を見て、やっと事実を受け入れられた。
冷たい頬に触れても、もう二度と瞼は開かない。
別にそこまですごく仲の良い姉妹ではなかったと思う。それなりに喧嘩もしたし、それなりに遊んだというだけ。趣味はまるで合わないし、でもわたしを突き放したりしない良い姉ではあった。
「どうして……」
言葉にし難い喪失感。
それを埋める方法なんて、わからなかった。気づいたら葬式から帰ってすぐカフェに駆け込んでいて、ノートパソコンの前でキーボードを鳴らし、物語を紡いでいった。
交通事故で死んだ少女――瀬戸愛は悪役令嬢に転生する。
その名はアイリーン・ライセット。過度のワガママであったアイリーンの過去に困らされつつも、婚約者のファブリス――病弱な妹を助けてやれなかったことに罪悪感を感じていたが、姉に寄り添われて心が救われたのだ――から徐々に溺愛されていく。
ヒドインのメアリとも仲良くなったりしながら、なんだかんだで世界を救い、最後はファブリスと結婚。
前世のことなんて忘れて、ただただひたすらに幸せになるのだ。
勢いで書いたその短編はしかし、読み返せばひどく拙く馬鹿馬鹿しいもののように思えた。
こんなので姉が救われるわけがない。すでに死んでしまった彼女が異世界で幸せに暮らせるなんてはず、ないのに。
それでも願わずにはいられなかった。姉がこの物語の中で第二の人生を生きているということを。
結局、その小説は投稿しなかった。
代わりに『傲慢な悪役令嬢とおもしれー女好きの皇帝陛下』の最後の残り数話を一気に書き上げ、完結させる。
しばらく小説を書くのはやめにしよう。
ぐちゃぐちゃな感情のままノートパソコンを閉じる。カフェを出ると不意に泣きそうになり、横断歩道の真ん中で視界が潤んで――。
信号無視の車にぶつかられて呆気なく死んだのだと理解したのは、転生後のことだった。
交通事故で立て続けに娘を亡くした両親には本当に申し訳ない。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
わたしが今の体に乗り移ったのは今から約一年前。
気がついたら美しい金髪に碧の瞳、人形のような顔立ちの美少女になっていた時はそれはそれは驚いた。鏡を見ただけでは確信を持てなかったけれど、世話係のメイドに聞いて自分の名を知った時、震えたものだ。
デービス王国第一王女フェリシア・アン・デービス。
その名には聞き覚えがあった。というか、そもそも名前を考えたのはわたしなのだから当然だ。
王太子ファブリスの二歳下の妹姫。『傲慢な悪役令嬢とおもしれー女好きの皇帝陛下』において、体が弱く十二歳で死んでしまって、ファブリスの心に爪痕を残すという役回りのキャラだった。
最初は夢かと思ったが、何日経っても覚める気配はない。
仕方ないので少しずつ状況を把握していくうち、このフェリシアは高熱を出して本来死ぬはずのところをわたしの魂が入ったおかげか生き返ったことになっているようだとわかった。
「つまり、転生ってこと……?」
冗談みたいな話だ。転生ものをたくさん読んだり書いたりしていたわたしだが、異世界転生なんて本気で信じているわけではなかったのに。
どうして転生なんて、と考えた時、ふと死の直前の行動を思い出した。わたしは姉の魂をせめて救いたいと思って転生悪役令嬢の話を書いていたはずだ。そして死んだらこの世界に来ていた。
それなら、姉もいるのではないか。
もちろん確証は持てない。だが、とても都合の良過ぎることだとわかっていても、この世界に姉も転生しているような気がしてならなかったのだ。
本当ならすぐにでも走り出したかった。
なのに憎いことにわたし、つまりフェリシアはとてもではないが気軽にアイリーンを探しに行けるような体ではなかった。立ち上がろうとするだけでよろける。用を足すのも一苦労。そんな状態だから、誰かを招くということさえ許されない始末。
ベッドの上でもできる筋トレをするなどして、できる限り努力はした。それでも一年経った今でも体調の改善は見られない。
一生このまま過ごすのだろうか。せっかく転生したのに? 姉と再会できるかも知れない可能性があるのに?
悔しくてたまらず、しかし全く動けない。
心の中でアイリーンを求め続けていたからだろうか。それは唐突に訪れた。
「ここを通してちょうだい。フェリシア殿下に用があるの。アイリーン様が直々に来てやったことを感謝しなさいよね!」
外から聞こえてきた言葉に、伏せていた顔を上げた。
今確かにアイリーンの声がした。彼女の声なんて聞いたことがなかったのに当然のようにわかる。いつもわたしの脳内で再生されていた声はあれだった。
そして姿を現したのは、銀髪に赤い瞳の美少女。
見た目は間違いなくアイリーン。そして喋り方もアイリーン。けれど――。
「初めまして、フェリシア殿下! 箱入り姫様はご存知ないだろうけれどわたくしは栄えあるライセット家の娘アイリーン・ライ…………ごめんなさい王女殿下! ご無礼をお許しください!」
胸を張ったかと思えばすぐに頭を下げるという奇行を見せられて呆気に取られた。
アイリーンなら絶対、身分が上の相手にも謝ったりはしない。それは作者……元作者のわたしが一番わかっているつもりだ。
だから、わたしは咄嗟に問いを発していた。
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