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第八話 気弱王子の強化計画

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 危うい場面もあったものの、一応のところお茶会は何事もなく終えられたと思う。

「今日も君の話を聞けて良かったよ。また次の茶会の際に」

 ――手を振り、天使の微笑を浮かべるファブリス王子の顔を脳裏に焼き付けながら王宮を辞した、そのあと。
 帰りの馬車にて私はアイリーンと語らっていた。

「どうでした、今日のお茶会は」

「どうも何も見ていたんだからわかるでしょう。せっかく持って行ったお菓子が食べていただけないし、ファブリス殿下ったら好奇心も行動力も何もないから付き合いきれないわ。でもお顔だけはよろしいのよねぇ」

 うっとりと呟くアイリーン。
 私は激しく首を縦に振りたいのを堪えられなかった。

「そこは私も同意です。本っ当に良かった」

 男性アイドルを推す女子たちの気持ちが今日までどうにも理解できなかったが、今なら共感できる。
 あの顔は何時間でも見ていられるくらいに可愛かった。あれが成長し、同じく大人になったアイリーンと並べば類まれなる美女美男として絵にしたくなりそうだ。

 ……と、その話はさておき、お茶会の最中から聞きたいことがあったのだった。

「どうしてあの王子様はあんなにも弱気なんですか。まるで何か強い劣等感を抱いているみたいな……」

「さあね。王子として、ゆくゆくは王太子になる者としての重圧に耐えかねているとか、そんなところじゃないの。その程度で凹んでいるなんて情けないとわたくしは思うけれどね!」

 王子、それも次の国王ということ。
 アイリーンに憑依転生するまではそういうことと縁遠い世界に生きていた私にはどうにも現実味のない話に聞こえてしまう。しかしファブリス王子にとっては直面している課題であるのだろう。

「その程度なのかどうかは私にはわかりかねますけど、どうにかしてあげたくはありますよね」

 ファブリス王子個人はもちろんだが、彼とアイリーンの関係も。

(アイリーンの奔放さについていくのはなかなか難しいことはわかってるけど、それでも王子に彼女を受け入れてもらって、二人の仲を進展させた方がいいのは確か。その方が今後色々と助かるだろうし)

 でも問題なのは、だからと言って何をしていいのかはわからないという点だ。
 なのにアイリーンは私に無茶振りしてくるのだから困ってしまう。

「そうだわ、アイ、何かいい案をあなたの知識とやらの中から見つけ出しなさいよ」

「私がなんでも知ってると思ってません? 大体私、ついさっきファブリス王子に会って初めて話したばかりなんですよ」

 会話は大体はアイリーンがしていたものの、それを聞いていた私はハラハラしっぱなしで、彼と言葉を交わしたのはたったの二、三度だった。
 わかったのは彼が気弱だということのみだ。

 私の返事を受けたアイリーンは仕方ないとでも言いたげにため息を吐く。
 何か文句を言われるかと思ったが、どうやら違ったようで――。

「そういうことならいいわ、ファブリス殿下をいかに強くするか、一緒に考えてやるわよ」

「えっ……」

「まず強くするのは体からかしら。あんななよなよじゃ、いくら剣の訓練をしたところで上手くなるはずがない。そうは思わない?」

 ああ、確かにそれはあるかも知れない。
 ファブリス王子はとにかく華奢だった。まだ子供だから引き締まった男らしい筋肉などないのは承知の上だが、それでも運動をやっていると聞いても信じられないほどに細身だったのを思い出す。

「もしかして筋トレでもするっていうんですか」

「きんとれ? 何よそれ」

「ああ、筋肉を鍛えるってことなんですけど……」

 私が説明し終わらないうちに、アイリーンがポンと手を打った。

「それいいわね。そうしましょう! ファブリス殿下を公爵邸に呼び出して、わたくしがみっちり筋トレで鍛えて差し上げればいいんだわ」

「それ本気で言ってます? あの華奢で可愛い王子に筋トレですよ、筋トレ」

 最悪泣かせてしまう可能性もあるし、十歳児に筋トレを強いるのは少しどころではなく酷な気がする。
 でもアイリーンはすっかり乗り気になってしまっていた。

「いいじゃない。わたくし、結婚するなら強い殿方がいいもの」

「筋トレのやり方も過酷さも知ってないでしょうに」

「それを今から教えるのがあんたの役目でしょ、アイ」

 心を強くするためには体から。間違ってはいないと思う。
 でも果たしてどうやって公爵邸に呼び出すというのだ。手紙を送るとして、その文言が全く思い浮かんでこない。

「まさか筋トレ大会をするなんて言うわけにはいかないでしょう。どうするんですか」

「大丈夫。そこら辺のことはうまくやっておくから、わたくしに任せなさい。いいわね?」

 アイリーンがあまりに自信満々で、だからこそ全く安心要素がどこにも見当たらない。
 けれど今更彼女を止めるなんて無理だろうから、私に頷く以外の選択肢はなかった。

 ――もっとも正直なところを言えば、幼いイケメンの筋トレ姿を見てみたいという密かな好奇心もあったりしたが、それは誰にも内緒の話だ。
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