上 下
6 / 50

第六話 ファブリス王子とのファーストコンタクト①

しおりを挟む
「このヨウカンとかいうお菓子、ファブリス殿下に食べさせて差し上げるのはどうかしら?」

 昼は菓子や料理作りと村へ脱走しての遊び、夜は森を駆け回る。
 そんな毎日を送っていたある日、アイリーンが唐突にこんなことを言い出したので驚いた。

「ファブリス殿下って……あの?」

 アイリーンの婚約者にして、なよなよしていると酷評されていた王子。
 彼女が王子について話していたのはアイリーンと共同生活することになったあの日以来で、忙しさのせいもありすっかり忘れていた。

「そうよ。そろそろ殿下とのお茶会なの」

「え、明日ですか!? 初耳なんですけど」

「そりゃそうよ。だって言ってなかったんだもの。お茶会は退屈だけれどファブリス殿下の最高のお顔が見られるからなかなか悪くないわよ!」

 全く悪びれることなく、作ったばかりの羊羹をパクつき、満足そうにしながら言葉を続けるアイリーン。
 顔さえ良ければそれでいいのかと思ったがそれは口にせず、私はしばしの間思案する。

 相手は王子という立場。どんな人物であれ、機嫌を損ねるわけにはいかないのは確か。もしも不興を買ってしまったら破滅一直線に違いない。

(アイリーンはきっと王子の前でも猫を被ったりはしてないだろうから、もう手遅れかも知れないけど……。それでも嫌われないよう最大限の努力はすべきよね)

 そう考えると、ヨウカンを持っていくのは非常に悩ましい選択だ。
 出来はかなり美味しいので気に入ってもらえる可能性もある。でも貴族のお嬢様が怪しい手作り菓子を持ってくるなんて、と警戒されないとも限らなかった。

 でも、アイリーンはもう持参する気満々のようだし――。

「まあいいか。わかりました。ファブリス王子に羊羹を渡して喜んでもらえたら御の字、というくらいに考えておきましょうか」

「そうだわ、せっかくならヨウカン以外も持って行きましょ」

 いいことを思いついたというようにアイリーンは目を輝かせ、「楽しいお茶会になるわね、きっと!」とは笑う。
 果たして、本当に楽しいお茶会になってくれるだろうか。正直なところ不安でしかなかったけれど、私は頷いておいた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「くれぐれも第一王子殿下に粗相のないようにな」
「……おとなしくしているのですよ」
「マナーに気をつけてね、ねえさま」

 そして翌日、使用人の女性――エリーに一通りの支度をされ、両親と、それから幼い弟に心配されつつ見送られ、金銀宝石のあしらわれた馬車に乗ってアイリーンと私は出発した。

 いよいよ王子と会うのかと思うとドキドキする。
 今日のファーストコンタクトがどのようなものになるのかによって、今後が変わるかも知れないのだから当然だった。

 何か参考にできないかとアイリーンに聞いてみるものの、アイリーンの口から出るのは「本当に素晴らしいお顔なの!」という言葉ばかりで役に立たない。
 そうしているうちに時間ばかりが過ぎ、やがて馬車がゆっくりと停まった。

「着いたわ。デービス王国の王宮よ」

「ここが……」

 おとぎ話に出てきそうな白亜の城。
 馬車から軽やかに飛び降り、じゃらじゃらと宝石のついた真紅のドレスを翻すアイリーンは、駆け足で王城の門をくぐってその中へ突き進む。

「ちょっと落ち着いてください! ここはお城の中ですよ!?」

「だから何? よいしょっと」

 綺麗に整えられた花壇を軽々と飛び越えた先、そこに広がっていたのは西洋画の中に入り込んだと錯覚するような白薔薇が咲き乱れる幻想的な庭園だった。

 しかしそれを目にして驚愕するのはまだまだ早かった。
 だって、その庭園で待ち構えた人物と比べれば、庭園の美しさなんて簡単に霞んでしまうほどだったのだ。

「今日も元気だね、アイリーン」

 まだ成長しきっていない高くて柔らかい声が、アイリーンの、そして私の耳をくすぐった。
 そして私はそちらに目を向け――息を呑んだ。

「ごきげんよう。ファブリス殿下も相変わらずみたいね!」

 私の内心など知ったことかとばかりに元気よく答え、庭園に並べられているテーブルにどすんと腰を下ろすアイリーン。
 私はそんな彼女に注意することもできない。向かいに座る少年に目が釘付けになってしまっていたから。

 それはテレビで見たいかなるイケメンとも、二次元のイケメンキャラとも比べ物にならないほどの美少年だった。
 顔のパーツはあまりにも無駄がなさ過ぎる。澄み渡った蒼穹の瞳は切れ長だし、鼻は高いし唇は綺麗な桜色。ふわふわとした金髪が風に揺れ、彼の浮かべる微笑みはまるで天使のそれだ。

 ああ、アイリーンの言葉は間違っていなかった。

(顔がいい。すごく、顔がいい……っ!!)

 精神年齢十七歳の私が、七歳も年下の少年に年甲斐もなく胸をときめかせた瞬間だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

【完結】悪役令嬢のトゥルーロマンスは断罪から☆

白雨 音
恋愛
『生まれ変る順番を待つか、断罪直前の悪役令嬢の人生を代わって生きるか』 女神に選択を迫られた時、迷わずに悪役令嬢の人生を選んだ。 それは、その世界が、前世のお気に入り乙女ゲームの世界観にあり、 愛すべき推し…ヒロインの義兄、イレールが居たからだ! 彼に会いたい一心で、途中転生させて貰った人生、あなたへの愛に生きます! 異世界に途中転生した悪役令嬢ヴィオレットがハッピーエンドを目指します☆  《完結しました》

悪役令嬢は婚約破棄したいのに王子から溺愛されています。

白雪みなと
恋愛
この世界は乙女ゲームであると気づいた悪役令嬢ポジションのクリスタル・フェアリィ。 筋書き通りにやらないとどうなるか分かったもんじゃない。それに、貴族社会で生きていける気もしない。 ということで、悪役令嬢として候補に嫌われ、国外追放されるよう頑張るのだったが……。 王子さま、なぜ私を溺愛してらっしゃるのですか?

【完結】婚約者はお譲りします!転生悪役令嬢は世界を救いたい!

白雨 音
恋愛
公爵令嬢アラベラは、階段から転落した際、前世を思い出し、 この世界が、前世で好きだった乙女ゲームの世界に似ている事に気付いた。 自分に与えられた役は《悪役令嬢》、このままでは破滅だが、避ける事は出来ない。 ゲームのヒロインは、聖女となり世界を救う《予言》をするのだが、 それは、白竜への生贄として《アラベラ》を捧げる事だった___ 「この世界を救う為、悪役令嬢に徹するわ!」と決めたアラベラは、 トゥルーエンドを目指し、ゲーム通りに進めようと、日々奮闘! そんな彼女を見つめるのは…? 異世界転生:恋愛 (※婚約者の王子とは結ばれません) 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆

【完結】もったいないですわ!乙女ゲームの世界に転生した悪役令嬢は、今日も生徒会活動に勤しむ~経済を回してる?それってただの無駄遣いですわ!~

鬼ヶ咲あちたん
恋愛
内容も知らない乙女ゲームの世界に転生してしまった悪役令嬢は、ヒロインや攻略対象者たちを放って今日も生徒会活動に勤しむ。もったいないおばけは日本人の心! まだ使える物を捨ててしまうなんて、もったいないですわ! 悪役令嬢が取り組む『もったいない革命』に、だんだん生徒会役員たちは巻き込まれていく。「このゲームのヒロインは私なのよ!?」荒れるヒロインから一方的に恨まれる悪役令嬢はどうなってしまうのか?

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

悪役令嬢なのに、完落ち攻略対象者から追いかけられる乙女ゲーム……っていうか、罰ゲーム!

待鳥園子
恋愛
とある乙女ゲームの悪役令嬢に生まれ変わったレイラは、前世で幼馴染だったヒロインクロエと協力して、攻略条件が難し過ぎる騎士団長エンドを迎えることに成功した。 最難易度な隠しヒーローの攻略条件には、主要ヒーロー三人の好感度MAX状態であることも含まれていた。 そして、クリアした後でサポートキャラを使って、三人のヒーローの好感度を自分から悪役令嬢レイラに移したことを明かしたヒロインクロエ。 え。待ってよ! 乙女ゲームが終わったら好感度MAXの攻略対象者三人に私が追いかけられるなんて、そんなの全然聞いてないんだけどー!? 前世からちゃっかりした幼馴染に貧乏くじ引かされ続けている悪役令嬢が、好感度関係なく恋に落ちた系王子様と幸せになるはずの、逆ハーレムだけど逆ハーレムじゃないラブコメ。 ※全十一話。一万五千字程度の短編です。

悪役令嬢に転生したと思ったら悪役令嬢の母親でした~娘は私が責任もって育てて見せます~

平山和人
恋愛
平凡なOLの私は乙女ゲーム『聖と魔と乙女のレガリア』の世界に転生してしまう。 しかも、私が悪役令嬢の母となってしまい、ゲームをめちゃくちゃにする悪役令嬢「エレローラ」が生まれてしまった。 このままでは我が家は破滅だ。私はエレローラをまともに教育することを決心する。 教育方針を巡って夫と対立したり、他の貴族から嫌われたりと辛い日々が続くが、それでも私は母として、頑張ることを諦めない。必ず娘を真っ当な令嬢にしてみせる。これは娘が悪役令嬢になってしまうと知り、奮闘する母親を描いたお話である。

処理中です...