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16:公爵令嬢と聖女、決闘する。

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 私が婚約破棄宣言をしてからしばらく様子を見守っていますと、どうやら王子争いが始まったようでした。

 聖女ダコタ様がスペンサー殿下に泣き縋り、そしてそれに対抗するようにリーズロッタ様が前に出る。
 学園に通っていた頃によく見た光景。しかし今はそれより幾分も激しく、ガチバトルという感じだったのです。

「……オネルド、少し見て行ってもいいですか?」

「ダスティー様は物好きですね。俺は別に構いませんけど」

 王子争いの結末は少し気になる気がしました。私ももう部外者じゃないわけですし。
 せっかくなので、どちらが殿下の心を射止めるのか……感激と参りましょう。

 銀髪のクール美少女リーズロッタ様とピンクブロンドゆるふわ美少女のダコタ様。
 公爵令嬢と聖女、王子争いをなさるお二人の、最終勝負が始まるようです。

 でも……当のスペンサー殿下といえば、相当にショックだったのかして、壊れた人形のように何事か呟いているだけなのですが。
 というか、精神崩壊してませんよね? 私のせいでそんなことにはなってませんよね?

「ダスティーダスティーダスティー」

 完全に壊れてますね……。どうしよう。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「あたくしは、スペンサー様の笑顔が好き、ですわ!」

「ダコタは王子様の声が大好きぃぃぃっ」

「あたくしは、あたくしは、彼の優しさを愛していますわっ!」

「そんならこっちは王子様の綺麗な金髪が好きだ!」

 何でしょうこの戦いは。
 唾を飛ばし合いながら、スペンサー殿下の好きなところを列挙していくというだけのはずなのに、まるで殴り合いでもしているかのように勝負は白熱していました。

 スペンサー殿下にもこんなに愛されるところがあったのか、と私が驚いている間にも勝負は続きます。

「スペンサー様のたまに見せてくれる拗ねたところが可愛いのですわ!」

「王子様の灰色の瞳とかもう最高!」

「ダコタ、あなた容姿にしか興味ありませんの!? あたくしは、スペンサー様が『リーズロッタ』って呼んでくれる時の息遣いが好きですの!」

「王子様の超イケメンで頭残念なとことかがいい!」

 頭残念って言ってしまうんですね。
 そもそもこの戦い、どうなれば勝ちでどうなれば負けなんでしょう? 好きなところが言えなくなったら負けでしょうか。
 そもそも、スペンサー殿下がやばいです……。私がお慰めした方がいいですか?

 そんなことを思っているうちに、二人の美少女はやがて殴り合いを始めてしまいました。
 もちろん、スペンサー殿下への愛を叫びながらですが。

 殿下はその中で、私をじっと見つめていました。
 そんなに私のことが好きなんですか? 目の前に、ハイスペック美少女が二人もいるのに?

「――スペンサー王子殿下、どうなさいましたか?」

 私は少し声をかけてみました。
 すると、殿下の顔がパァッと明るくなります。……わかりやすすぎますよ?

「ダスティーダスティーダスティーダスティー、うぅ、行かないで行っちゃダメだ僕のものだ」

「いいえ、殿下。残念ながら私、行かなくてはならない場所があるのです」

 オネルドに抱かれたままの私。
 殿下は何を思ったのか、唇を震わせ。

「……リーズロッタじゃ、嫌なんだよ。君がいいんだ……!」

「申し訳ありませんがもう婚約破棄いたしました。ので、リーズロッタ様と」

「ダスティーダスティーダスティーダスティー」

 はぁ……どうしましょう?
 王子殿下がこのまま立ち直れなくなってしまったら、今王子争いをしているお二人に悪いです。
 立つ鳥跡を濁さず。ここを立ち去る者として、責任がありますね。

「王子殿下」

 私はオネルドから静かに身を離すと、彼の傍へ歩いて行きました。
 スペンサー殿下が私をキラキラした目で見つめてきます。まるで私だけがこの世界の全てであるかのように。

「――私、殿下の幸せを願っています。私なんかよりもずっと、あの方たちの方があなたを幸せにできるのです。けれど決して私はあなたのことを忘れたりはいたしません。ですから――」

 一方で決闘はさらに加熱していっておりました。

「スペンサー様の頑固なところですわ!」

「背が高いのがいい!」

「スペンサー様の垂れ目!」

「王子様の常軌を逸してるところ!」

「スペンサー様の唇!」

「掌!」

「あたくしを見つめる視線!」

 私は彼女らの様子を見て思いました。
 ――殿下、この方たちならあなたを溺愛してくださるに違いありません。今度は殿下が溺愛される番ですよ。
 
「私、応援していますから」

 私がそう言ったその時でした。
 背後で拳と拳がぶつかる音がして、美少女二人が叫んだのです。



「「彼の全部を愛してる!」」


 どうやら勝負は終わったようでした。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「引き分け……ですわね」
「なかなかだね、リーズ様」

 何を基準にかは知りませんが、どうやら引き分けになったようです。
 両者ともボロボロでした。それほどに本気の熱い戦いだったのでしょう。

「さて。あとは任せるべきですね。邪魔者はそろそろ行きましょう」

 私はオネルドの傍へ戻り、王子殿下に手を振りました。
 きっともう会うことはないでしょう、などと思いながら、

「ほんの短い間でしたが、楽しかっ……」

 しかし物事というのはそうあっさりとは終わらないのです。
 だって直後、王子殿下がこんなことを言い出したんですもの。

「――決めた! ダスティーを正妃とし、他二人を側妃とする!」
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