上 下
11 / 20

11:王子殿下、ヤンデレ力を発揮する。

しおりを挟む
「ふえ? 王子様……?」

 吹っ飛ばされたダコタ様が目をぱちくりさせて驚いています。
 私も、自分を抱きしめるこの方がスペンサー殿下というのは信じられませんでした。どんなご都合主義であればこんな窮地に現れることがあるのでしょうか? 不思議です。

「ダスティー、危なかったね。邪魔なうじ虫は僕が排除しておくから、君は心配しないでいいよ」

「あ、はい。…………!?」

 今、うじ虫って言いました!?
 相手は仮にもこの国の聖女、ダコタ様。いくら平民出身とはいえ、この国のために日々神に祈ってくださる大切なお役目のある方です。どうしてそれをうじ虫などと言えるのでしょうか。
 スペンサー殿下、ちょっと引いてしまいましたよ。

 彼の灰色の双眸が怒りに燃えています。
 ダコタ様は私を傷つけようとした。彼に殺意を抱かせるのはそれだけで充分だったことでしょう。

「お、王子様。これは違うの。ダコタはただ……」

「言い訳は無用だ。直ちにここを出て行ってもらおうか」

 形勢逆転。
 先ほどまで超有利だったはずのダコタ様は、王子殿下の剣幕にブルブル震えていました。
 こうなると可哀想に見えて来てしまいますね。殿下には手加減をお願いしたいところですが。

 と、その時でした。

「スペンサー様ぁ! あたくしをほったらかしにして遊び呆けるとは何事ですの!?」

 開きっぱなしだったドアから転がり込んで来た人影。
 美しい銀髪縦ロールに宝石のような赤い瞳。彼女は間違いなくリーズロッタ公爵令嬢その人だったのです。

 どうしてリーズロッタ様までここに!?

 状況を整理しましょう。
 王子争いをしていたお二人が殿下を取り囲む形で揃ってしまったわけであります。
 しかも、このクズ令嬢を狙って。

 空気が一気にピリピリしたものに変化します。
 殿下を睨みつけるリーズロッタ様。ダコタ様に迫る殿下。震えるダコタ様。――そしてそれを傍観する私。

 一触即発、というかもう戦いが始まってしまっているようでした。

「リーズロッタ、執拗いぞ!」

「執拗いのはスペンサー様でしてよ! 例え国王陛下が認めようとも婚約破棄などあたくしが認めませんわ! スペンサー様はあたくしのものですもの、そんなゴミクズに渡してなるものですか!」

「ゴミクズ!? ダスティーのことを悪く言ったら許さないぞ!」

「あらまあスペンサー様、騙されてしまっていますのね。その女がどんなに汚らわしいゴミクズなのかをご存知ありませんの? 人の婚約者を奪うような泥棒猫ですのよ!?」

 ここまでゴミクズと連呼されていますと、さすがの私も傷付きます。
 でもあながちリーズロッタ様のおっしゃっていることは間違っていないような気がして反論できません。

「王子様、目を覚まして! ダコタのこと可愛いって言ってくれたでしょ? その女は悪魔の子なんだ! だからダコタと幸せになろう」

「ダコタ、ずるいですわよ! あなただって汚らしい泥棒猫ですわ」

「今は休戦協定中でしょ!? そんな言い方ないじゃん!」

 リーズロッタ様とダコタ様の間でも火花が散ります。
 完全に状況に取り残される私。何か言った方がいいとは思いますが……何を言ったらいいのやら。
 余計に三人を怒らせてしまうような気がして口をつぐんでいました。

 王子殿下が、唾を飛ばす公爵令嬢と聖女に向き直り、私を抱いたままで声を荒げました。

「ダスティーのことを悪く言う奴は誰であろうが許さない! ダスティーは僕の全てだ、もしもダスティーが嫌がっても僕は必ず彼女と共に死んでみせる」

 死ぬのが目的なんですか!?というツッコミをギリギリで引っ込め、私は青ざめてしまいます。
 私が嫌がっても決して放してはくれない。わかっていたことですが言葉にされることで背筋に冷たいものが走ったのです。

「殿下のヤンデレ力、半端ないです……」

 口の中だけで言って苦笑します。
 殿下は確実に病的です。私の意思など関係ないと言ってしまったその時点で。
 そもそも婚約者を監禁することなんてあってはならないことなんです。いくら危険から身を守るためとはいえ、その目的であれば新しい子爵邸に護衛をつければいいだけなのですから。

「この泥棒猫! スペンサー様をハニートラップで引っ掛けた罪、捌いてやりますわよ!」
「クズ令嬢、ダコタがこの手で掃除してやるぅ!」

 殿下のヤンデレ発言に、さらに加熱するお二人。
 包み隠さぬ敵意を向けられ、私は恐怖しました。視線だけで殺されてしまいそうでした。
 神様。もういいでしょう。お許しください。ですからどうか、どうか、

「私を、助けてくださいっ……」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「大丈夫ですよ、ダスティー様。俺が今からお助けします」

 声がして、ふと背後を振り返りました。
 するとそこには一人の少年が立っていて――。

「オネルド!」

 私はあまりの嬉しさに涙を流さずにはいられませんでした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された私の就職先はワケあり騎士様のメイド?!

逢坂莉未
恋愛
・断罪途中の悪役令嬢に付き添っていた私は、男共が数人がかりで糾弾する様にブチギレた瞬間、前世とこの世界が乙女ゲームだということを知った。 ・とりあえずムカついたので自分の婚約者の腹にグーパンした後会場を逃げ出した。 ・家に帰ると憤怒の父親がいて大喧嘩の末、啖呵を切って家出。 ・街に出たもののトラブル続きでなぜか騎士様の家に連れていかれ、話の流れでメイドをする羽目に! もうこなったらとことんやってやるわ! ※小説家になろうにも同時投稿しています。

モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~

咲桜りおな
恋愛
 前世で大好きだった乙女ゲームの世界にモブキャラとして転生した伯爵令嬢のアスチルゼフィラ・ピスケリー。 ヒロインでも悪役令嬢でもないモブキャラだからこそ、推しキャラ達の恋物語を遠くから鑑賞出来る! と楽しみにしていたら、関わりたくないのに何故か悪役令嬢の兄である騎士見習いがやたらと絡んでくる……。 いやいや、物語の当事者になんてなりたくないんです! お願いだから近付かないでぇ!  そんな思いも虚しく愛しの推しは全力でわたしを口説いてくる。おまけにキラキラ王子まで絡んで来て……逃げ場を塞がれてしまったようです。 結構、ところどころでイチャラブしております。 ◆◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◆  前作「完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい」のスピンオフ作品。 この作品だけでもちゃんと楽しんで頂けます。  番外編集もUPしましたので、宜しければご覧下さい。 「小説家になろう」でも公開しています。

悪役令嬢になりたくない(そもそも違う)勘違い令嬢は王太子から逃げる事にしました~なぜか逆に囲い込まれました~

咲桜りおな
恋愛
 四大公爵家の一つレナード公爵家の令嬢エミリア・レナードは日本人だった前世の記憶持ち。 記憶が戻ったのは五歳の時で、 翌日には王太子の誕生日祝いのお茶会開催が控えており その場は王太子の婚約者や側近を見定める事が目的な集まりである事(暗黙の了解であり周知の事実)、 自分が公爵家の令嬢である事、 王子やその周りの未来の重要人物らしき人達が皆イケメン揃いである事、 何故か縦ロールの髪型を好んでいる自分の姿、 そして転生モノではよくあるなんちゃってヨーロッパ風な世界である事などを考えると…… どうやら自分は悪役令嬢として転生してしまった様な気がする。  これはマズイ!と慌てて今まで読んで来た転生モノよろしく 悪役令嬢にならない様にまずは王太子との婚約を逃れる為に対策を取って 翌日のお茶会へと挑むけれど、よりにもよってとある失態をやらかした上に 避けなければいけなかった王太子の婚約者にも決定してしまった。  そうなれば今度は婚約破棄を目指す為に悪戦苦闘を繰り広げるエミリアだが 腹黒王太子がそれを許す訳がなかった。 そしてそんな勘違い妹を心配性のお兄ちゃんも見守っていて……。  悪役令嬢になりたくないと奮闘するエミリアと 最初から逃す気のない腹黒王太子の恋のラブコメです☆ 世界設定は少し緩めなので気にしない人推奨。

記憶喪失になったら、義兄に溺愛されました。

せいめ
恋愛
 婚約者の不貞現場を見た私は、ショックを受けて前世の記憶を思い出す。  そうだ!私は日本のアラサー社畜だった。  前世の記憶が戻って思うのは、こんな婚約者要らないよね!浮気症は治らないだろうし、家族ともそこまで仲良くないから、こんな家にいる必要もないよね。  そうだ!家を出よう。  しかし、二階から逃げようとした私は失敗し、バルコニーから落ちてしまう。  目覚めた私は、今世の記憶がない!あれ?何を悩んでいたんだっけ?何かしようとしていた?  豪華な部屋に沢山のメイド達。そして、カッコいいお兄様。    金持ちの家に生まれて、美少女だなんてラッキー!ふふっ!今世では楽しい人生を送るぞー!  しかし。…婚約者がいたの?しかも、全く愛されてなくて、相手にもされてなかったの?  えっ?私が記憶喪失になった理由?お兄様教えてー!  ご都合主義です。内容も緩いです。  誤字脱字お許しください。  義兄の話が多いです。  閑話も多いです。

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉。節約令嬢、書籍化進行中
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

妹に裏切られて稀代の悪女にされてしまったので、聖女ですけれどこの国から逃げます

辺野夏子
恋愛
聖女アリアが50年に及ぶ世界樹の封印から目覚めると、自分を裏切った妹・シェミナが国の実権を握り聖女としてふるまっており、「アリアこそが聖女シェミナを襲い、自ら封印された愚かな女である」という正反対の内容が真実とされていた。聖女の力を狙うシェミナと親族によって王子の婚約者にしたてあげられ、さらに搾取されようとするアリアはかつての恋人・エディアスの息子だと名乗る神官アルフォンスの助けを得て、腐敗した国からの脱出を試みる。 姉妹格差によりすべてを奪われて時の流れに置き去りにされた主人公が、新しい人生をやり直しておさまるところにおさまる話です。 「小説家になろう」では完結しています。

「悲劇の悪役令嬢」と呼ばれるはずだった少女は王太子妃に望まれる

冬野月子
恋愛
家族による虐待から救い出された少女は、前世の記憶を思い出しここがゲームの世界だと知った。 王太子妃を選ぶために貴族令嬢達が競い合うゲームの中で、自分は『悲劇の悪役令嬢』と呼ばれる、実の妹に陥れられ最後は自害するという不幸な結末を迎えるキャラクター、リナだったのだ。 悲劇の悪役令嬢にはならない、そう決意したリナが招集された王太子妃選考会は、ゲームとは異なる思惑が入り交わっていた。 お妃になるつもりがなかったリナだったが、王太子や周囲からはお妃として認められ、望まれていく。 ※小説家になろうにも掲載しています。

そして乙女ゲームは始まらなかった

お好み焼き
恋愛
気付いたら9歳の悪役令嬢に転生してました。前世でプレイした乙女ゲームの悪役キャラです。悪役令嬢なのでなにか悪さをしないといけないのでしょうか?しかし私には誰かをいじめる趣味も性癖もありません。むしろ苦しんでいる人を見ると胸が重くなります。 一体私は何をしたらいいのでしょうか?

処理中です...