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2:私はあなたを愛しません
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玉座に深く掛けた彼は、私の祖国ではあまり見かけない片方の肩が丸出しになったローブを纏っていて、さらに濃紺の髪の間からねじれた金のツノを覗かせている。
奇妙なほどに色白な肌も、彼が人ではないことを表していた。だが想像していた悍ましいケダモノではなく、まるで美術品のように美しい。
相手が魔族であるとわかっていても、乙女ならば十中八九恋に落ちてしまうのではないかと思えるほどだ。
だがつい最近まで私の婚約者だった第三王子殿下は、王国一の美男と言われるほど顔だけは良く、そのおかげで私はそこまで動じることはなかった。
だっていくら美しくとも、行動が伴っていない殿方に一目惚れなんてできるはずがないのだから。
「はい。私は、ベリンダ・パーカーズと申します。魔王陛下、お初にお目にかかります」
黒いドレスの裾を持ち上げ、深々と頭を下げる。
そしてゆっくりと姿勢を起こして――一言。
「私はあなたを愛しません」
堂々と言い放ってやったのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
出会って早々、なぜ私が魔王陛下を愛さないと宣言したか?
その答えは簡単。誠実さのかけらもない男などもう真っ平御免だったからだ。
もしも少しでもわかり合える余地があれば歩み寄ろうと思えただろうし、魔王陛下が想像していたより人間に近い見た目だったから生理的な嫌悪感は全くなかった。
だが、ダメだ。目の前の光景を一瞥しただけで私は心から失望した。理解し合えないことを理解してしまった。
私を出迎えた魔王陛下は、周囲に五人もの女性を置いていたのである。
しかも皆巨乳、巨尻の美女。……と言っても当然ながら彼女らは人間ではなく、サキュバスと呼ばれる魔物の一種であったが。
サキュバスらがこれみよがしに魔王陛下にすり寄る中、引き合わされた。
つまりこれは向こう……魔国側からの拒絶に等しい。いや、見せしめや嫌がらせという表現の方が正しいだろうか。
わかっている。私は所詮生贄同然の花嫁。多くのことを求めてはいけないということくらい。
でも許せなかった。また蔑ろにされるのが嫌だった。こんな扱いを受けるくらいなら殺された方がマシだと思うくらいには、腹が立ってしまったのだ。
「……お前、何を言っているのだ」
絶対零度の視線を向け、冷たい声で問いかける魔王陛下。
その眼差しを真っ向から浴びせられると思わず怯んでしまいそうになる。しかし私は屈さず、唇を強く噛み締めた。
「――もう一度申します。魔王陛下、私はあなたを愛しません」
「なぜだ」
「これはあくまで愛のない結婚なのでしょう。私は無理矢理嫁がされてきた身です。最初から期待などしておりません。
お飾りの妃という立場、よく理解いたしました。必要であるなら挙式はしてくださって構いません。ですが誓いのキスはお断りいたします」
そちらがその気だったら、私も乗じようではないかと考えた。
恐ろしいけれど、最悪食われたって構わない。魔王陛下に無意味な奉仕をし、彼に張り付くサキュバスたちを見続けるよりは。
……そう思っていたのに、使い魔も魔王陛下も、それきり黙ってしまった。
私の処遇を決めかねている? あるいは、言い返されたことが完全に予想外で驚愕しているのだろうか?
わからない。わからないが、サキュバスの一人がニッと口角を上げていたので、それも演技なのかも知れないけれど。
「……わかった」
長い沈黙の末、ようやく口を開いた魔王陛下は一言だけ呟くように言った。
想像以上にあっさりした返答に驚いてしまう。てっきりもっと面倒臭いことを言われるかと思ってたのに。
「魔王陛下、ありがとうございます」
「……俺の名はセオ・マニグルだ」
「では失礼いたしますね、魔王陛下」
私はもう一度頭を下げて、サッと魔王陛下に背を向ける。
背後からはくすくすというサキュバスたちの笑い声が聞こえた。笑いたければ、勝手に笑えばいい。別に私は傷ついたりしないから。
私は使い魔に導かれ、そのまま静かに部屋を後にした。
奇妙なほどに色白な肌も、彼が人ではないことを表していた。だが想像していた悍ましいケダモノではなく、まるで美術品のように美しい。
相手が魔族であるとわかっていても、乙女ならば十中八九恋に落ちてしまうのではないかと思えるほどだ。
だがつい最近まで私の婚約者だった第三王子殿下は、王国一の美男と言われるほど顔だけは良く、そのおかげで私はそこまで動じることはなかった。
だっていくら美しくとも、行動が伴っていない殿方に一目惚れなんてできるはずがないのだから。
「はい。私は、ベリンダ・パーカーズと申します。魔王陛下、お初にお目にかかります」
黒いドレスの裾を持ち上げ、深々と頭を下げる。
そしてゆっくりと姿勢を起こして――一言。
「私はあなたを愛しません」
堂々と言い放ってやったのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
出会って早々、なぜ私が魔王陛下を愛さないと宣言したか?
その答えは簡単。誠実さのかけらもない男などもう真っ平御免だったからだ。
もしも少しでもわかり合える余地があれば歩み寄ろうと思えただろうし、魔王陛下が想像していたより人間に近い見た目だったから生理的な嫌悪感は全くなかった。
だが、ダメだ。目の前の光景を一瞥しただけで私は心から失望した。理解し合えないことを理解してしまった。
私を出迎えた魔王陛下は、周囲に五人もの女性を置いていたのである。
しかも皆巨乳、巨尻の美女。……と言っても当然ながら彼女らは人間ではなく、サキュバスと呼ばれる魔物の一種であったが。
サキュバスらがこれみよがしに魔王陛下にすり寄る中、引き合わされた。
つまりこれは向こう……魔国側からの拒絶に等しい。いや、見せしめや嫌がらせという表現の方が正しいだろうか。
わかっている。私は所詮生贄同然の花嫁。多くのことを求めてはいけないということくらい。
でも許せなかった。また蔑ろにされるのが嫌だった。こんな扱いを受けるくらいなら殺された方がマシだと思うくらいには、腹が立ってしまったのだ。
「……お前、何を言っているのだ」
絶対零度の視線を向け、冷たい声で問いかける魔王陛下。
その眼差しを真っ向から浴びせられると思わず怯んでしまいそうになる。しかし私は屈さず、唇を強く噛み締めた。
「――もう一度申します。魔王陛下、私はあなたを愛しません」
「なぜだ」
「これはあくまで愛のない結婚なのでしょう。私は無理矢理嫁がされてきた身です。最初から期待などしておりません。
お飾りの妃という立場、よく理解いたしました。必要であるなら挙式はしてくださって構いません。ですが誓いのキスはお断りいたします」
そちらがその気だったら、私も乗じようではないかと考えた。
恐ろしいけれど、最悪食われたって構わない。魔王陛下に無意味な奉仕をし、彼に張り付くサキュバスたちを見続けるよりは。
……そう思っていたのに、使い魔も魔王陛下も、それきり黙ってしまった。
私の処遇を決めかねている? あるいは、言い返されたことが完全に予想外で驚愕しているのだろうか?
わからない。わからないが、サキュバスの一人がニッと口角を上げていたので、それも演技なのかも知れないけれど。
「……わかった」
長い沈黙の末、ようやく口を開いた魔王陛下は一言だけ呟くように言った。
想像以上にあっさりした返答に驚いてしまう。てっきりもっと面倒臭いことを言われるかと思ってたのに。
「魔王陛下、ありがとうございます」
「……俺の名はセオ・マニグルだ」
「では失礼いたしますね、魔王陛下」
私はもう一度頭を下げて、サッと魔王陛下に背を向ける。
背後からはくすくすというサキュバスたちの笑い声が聞こえた。笑いたければ、勝手に笑えばいい。別に私は傷ついたりしないから。
私は使い魔に導かれ、そのまま静かに部屋を後にした。
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