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第七話 王族の入場、断罪の始まり

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 賑やかに鳴り響いていた音楽がぴたりと止み、楽隊が笛を吹き鳴らしたのは、突然のことだった。

 それまで談笑していた貴族たちが一斉に立ち上がった。令嬢たちは淑女の礼カーテシーをとり、深々と頭を下げている。
 その変化に唖然となるわたしの耳に、とある人物の入場を知らせる声が届く。

「国王陛下と王妃陛下、王子殿下がたのお成り~!」

 言葉の意味を理解するまでに一体どれほどがかかっただろう。
 わたしはただひたすらに突っ立っていることしかできない。

 サァァと、一瞬で全身から血の気が引いていくのを感じる。
 今、聞き間違いでなければ、確かに王族が呼ばれた。すなわちこのパーティー会場に入ってくるということだ。
 王族。それはわたしが他の誰よりもよく知る人々。二度と顔を合わせたくなかった存在――。

「ひっ」

 思わず喉から悲鳴が漏れていた。

 城で過ごしていた時――生まれてからほんのつい数ヶ月前までの記憶が鮮明に蘇る。
 不満のはけ口にされ罵られた言葉の一つ一つが、殴られた痛みが、無視されゴミのような目で見られることの辛さが一気に襲いかかってきて、わたしへと強烈に訴えかけた。

 逃げないと、ここから一刻も早く逃げないと、と。

 でもどうやって? すぐ傍には今も侯爵様がいる。そしてその侯爵様は、ぎゅっとわたしを抱き寄せているのだ。これではどうしようもない。

 そうしているうちにパーティー会場の入り口が開け放たれ、わたしの父が姿を現してしまった。その後ろに続いて、ざっくりと大きく胸の開いたドレスを纏った正妃、そして二人の王子がやって来る。

 ビクッとわたしの体が恐怖に跳ねた。
 指先がどんどん冷えていく。足に力が入らず、立っている感覚もわからなくなって、もしかすると侯爵様にもたれかかるようにしていたかも知れない。

 それから国王は長話を始める。要約すれば、「これは建国百年を祝う宴であり、今夜は無礼講。今宵のパーティーを楽しむように」という風なものだった。

 無礼講。つまりそれは身分という壁がこの場では薄くなるということ。
 王族の方からこちらに擦り寄ってきて話しかけてくる可能性もあるのだろうか。そう思った瞬間、ちらりと兄一人の視線がわたしの方を向いた。

 気のせいかも知れない。ただ、可憐な令嬢を探して視線を彷徨わせただけかも。
 わかってはいるのにどうしようもなく恐ろしかった。今すぐにも叫び出したくなり、震え出してしまう。

 こんなに震えていては侯爵様にどうしたんだと問い詰められかねない。けれど、震えはどうしても止まらない。
 そんなわたしを侯爵様は静かに見つめて、一言。

「大丈夫だ」

「えっ……?」

 かけられた言葉の意味があまりにもわからな過ぎて、わたしは情けない声を上げた。
 大丈夫? この人は一体何を誤解して、そんなことを言っているのだろう。何も大丈夫なんかじゃない。なのに、なぜかその薄青の瞳に射抜かれていると心が落ち着いてくる。

 そうしてある程度冷静になった時、ふととある考えが浮かんだ。
 彼の言葉に別に深い意味はなく、単に安心させようとしたのではないか、と。

 せっかく妻として貴族たちに紹介したばかりの女が錯乱し、騒ぎを起こすなんていうことになればきっと迷惑に違いない。しかも国王の面前だ。
 そう考えれば合理性がある。

 その結論に落ち着こうとした時、しかし彼が再び口を開き、ぼそりと呟いた。

「もうすぐ、始まる」

 何を、と問いかける暇もなかった。
 なぜなら、国王の前に中年の男性が立ち、ホールの隅々まで届くような声を張り上げたからだ。

「国王陛下、ならびに王妃殿下にご挨拶申し上げます。今宵は三大公爵家の代表として、陛下がたにお伝えしたいことがございます」

「何だ」

 話が終わったからと、早速王妃を連れて食べ歩きを始めようとしていた国王は、不快げに眉を顰める。
 どうせ些事だろうと思っていたのだろう。しかし次に中年の男性――侯爵夫人になるべく教育された時に教えられたことに基づけば、おそらく筆頭公爵家の当主でありこの国の宰相――が放ったのは、あまりに衝撃的な発言だった。

 国王と王妃はもちろん、この場の多くの者、そしてわたしにとっても。

「王の座を引き渡していただきたいのです。――今の王家に国を統べる資質はない」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 公爵の発言を受けてパーティー参加者たちがざわつき出す。
 わたしも何が何やらさっぱりで、侯爵様を見上げるばかり。けれど彼は何も答えてはくれなかった。

 目まぐるしく頭を回転させ、どうにか今の状況を整理する。
 パーティーに参加していたら王族が勢揃い。震えるわたしをよそに国王が長話をして、それでひとまずは終わりのはずだった。変に絡まれひどい言葉を投げかけられる可能性は充分にあったけれど……。

 しかしそこへ突然公爵が割り込んできて、王の座を引き渡せと言い始めたのだ。家臣が王座を奪う行為が謀反と呼ばれることくらい、わたしでもさすがに知っていた。

 どうして今謀反が起ころうとしているのだろう。
 王家の力は揺るぎなかったはずで、だからわたしを好き放題に虐げることだってできていたに違いない。今になって何か事情が変わった?

 わからない。わからないけれど、つい先ほど侯爵様が確かに「もうすぐ始まる」と言っていたことを思い出す。
 つまりこうなることを事前に知っていたということだ。

 訳ありだけれど、かなりの人望はある様子の侯爵様。彼ならば何か大掛かりのことを企んでいてもおかしくないけれど、どうしてわざわざ今日?

 悪い考えが頭に過ぎる。
 侯爵様はわたしが邪魔だったのだろうか。勝手に逃げ出すような妻だから要らなかったのだろうか。だから、こんな大掛かりなことまでして――。

 その一方、わたしが考えているうちにも状況は進んでいく。
 驚いて固まっていた国王はやっと何を言われたか理解したらしく、公爵に唾を飛ばして吠えていた。

「この愚か者めがッ。王家に逆らおうというのか。タダで済むと思うな!!」

「これは三大公爵家の総意。さらに貴族の大半が敵に回るとなれば王家とて不利でしょう。王家の不正の数々、この全てを明かしても王家への信頼を繋ぎ止められる自信がおありですか?」

 不敵に微笑む公爵。
 そこから始まったのは、王家への断罪だった。
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