名探偵・桜野美海子の最期

凛野冥

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2日目

9(2)「杭原とどめの推理」

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「はぁ?」

 無花果ちゃんの眉がピクリと動いた。

「あたし達の中に犯人がいるなら、犯人が数年前からこういった探偵虐殺を繰り返しているという事情から、ある程度の年齢でないとおかしい。だから誠一さんが怪しいと最初は思った。でも無花果ちゃん、貴女は最初からヒントを出してくれていたのね。

 自分の年齢を見掛けで判断するな、って。

 実際がいくつかは知らないけど、貴女、犯人なり得る年齢なのね。

 であれば、貴女には一連の犯行が可能だわ。

 獅子谷氏がいると欺くのは録画を利用してる以上、必要なのは事前の準備だけだから誰にでも可能よ。これまでに出た話のとおり、自然、能登ちゃんとは共犯関係だった……これは今回限りね。貴女は毎回、協力者となる使用人を用意しては最初に殺してるんだわ。今回も能登ちゃんを最初に殺した。貴女の階は九階だから、エレベーターのシャフト内に転落させるにしても、呼び出しが簡単だったでしょうね。

 義治くん殺しは、私達の中に犯人がいると考えた場合、アリバイが重要になってくる。身内同士のアリバイ保証が意味を成さないとした場合も、ずっと一階にいた壮太くん、美海子ちゃん、出雲ちゃんには犯行は不可能。首の切断にはある程度の時間を要するから香奈美ちゃんも除けるわ。すると残るはあたし、琴乃、貴女、新倉さん。すなわちこの犯行も貴女には可能よ。

 それに貴女はさっき、誠一さんは首切りジャックの事件を一度調査してるから、その犯行を模倣できると云ったわね。それはそのまま、貴女にも当て嵌るのよ。貴女なら誠一さんを欺き、首切りジャックという虚像であたし達を幻惑できる。

 そしていま、誠一さんの首の公開によって、貴女は首切りジャックのミスリードを完成させ、あたし達に内心で勝利宣言するつもりだったのね。その大胆な犯行には恐れ入るけど、あたしはそのおかげで活路を見出した。貴女は負けたのよ。

 最後に誠一さんがサロンから姿を消した後、貴女もすぐ自室に戻ったわね。誠一さん殺しに関しても、貴女にアリバイはない。

 あたしが感心するのは、義治くん殺しによって首切りジャックの虚像をつくり出したことに合理的な意味が生まれた点よ。貴女には誠一さんの首を切断する理由があった。その理由に気付かせないために、あらかじめ首切りジャックの虚像をあたし達に植え付けた。

 もう皆もお気付きかしら。

 無花果ちゃんは夕食の間、誠一さんの首をそのドレスの中に隠していたのよ」

 彼女の衣装とも云える漆黒のドレス。そのスカートの中に枷部さんの首はちょうど収まる……首だけなら。それが枷部さんの首を切断しなければならなかった理由……そのカムフラージュとして義治くんは首を切断された……。

 狂気に彩られたロジック。意図された混乱。機能美に溢れた凶行。

「貴女はエレベーターが開いたときに、そこに誠一さんの首を置いて、似合いもしない叫び声をあげて身体を退け、あたかも扉が開いたときには既にそこに首があったというふうに見せかけた。ボタンを押してから扉が開くまでに時間があったというのは嘘ね。此処のエレベーターには階数表示がない。ボタンを押して扉が開くまで待つ、というポーズを取っただけで、実際は扉が開く寸前に押していたのよ。

 まさに大胆不敵。ハイリスク・ハイリターン。名犯人に必要なのは叡智と狂気と、もうひとつ、危険な綱渡りを厭わない度胸よね。認めるわ、たしかに貴女は殺人犯として一流よ。師匠が……兄が敗北したのも頷ける。

 ただしあたしは、杭原とどめは、今、貴女の犯罪を看破した!

 兄の仇討ちは成就された!

 これでトドメよ、甘施無花果!」

 決め台詞めいた言葉で推理を締め括った杭原さん。桜野が「あ、やっぱりそれ云うんだね」と呟いたのがシュールだった。

 だが事態は、劇的であった。

 僕は無花果ちゃんを見詰めた。これから彼女は、探偵虐殺なる行いの理由を語るだろう。どこか恍惚とした表情に変貌し、彼女なりの美学、哲学で以てその理想を説くかも知れない。そうして事件は終結する。僕は高揚していた。今回桜野には大した出番がなかったけれど、これ以上悲劇が起こらないというのは何よりも嬉しかった。

「違います」

 ……無花果ちゃんは、心外とばかりに首を横に振った。

「往生際が悪いわね、貴女らしくないわよ」

「私らしさを貴様が勝手に定義しないでください。私は誰も殺していません。犯人との関係は探偵としての対立でしか有り得ません。妄想の垂れ流しに付き合わされて、私はとても不愉快です。貴様の妄想は独りよがりであり、穴だらけでとても聞けたものではありません。玄関扉の閂はどう説明するのですか」

 そういえば杭原さんの推理には閂の件がすっかり抜けていた。あれのせいで、彼女も外部犯の存在を認めざるを得なくなったのではなかったか。

 杭原さんは黙ってしまった。琴乃ちゃんが不安げに「師匠……?」と呼び掛ける。

「分からないわ。貴女のことだから、外部に協力者がいるなんてこともないんだと思う。それはミスリードのひとつだったはず。だから、内側から閂を掛ける方法が存在してる……」

「ですから、私らしさを定義するなと云っているでしょう。嗚呼、頭の悪い人間と話していると苛々します。犯人にはフェアでいて欲しい、なんて私情を挟まないでください。たしかに私も、犯人が私達の知らない人物で、この塔のどこかに潜んでいるとなると腑に落ちないところはあります。しかし、私達の中に犯人がいるとして、此処に枷部誠一の首を置くことは、私でなくとも何かトリックを使えば可能でしょう。貴様の論理に従うならば、私が疑われる状況がミスリードなのではないですか? ハイリスク・ハイリターン? いえ、私が犯人なら、そんな行為はただの自爆です」

 サロンには重苦しい空気が漂っていた。解決したかと思えば糠喜ぬかよろこびに過ぎなかった、という展開があまりに連続して、全員いい加減に頭も身体も疲弊しているのだ。いや、隣の桜野だけはそんな暗い雰囲気とは無縁で、今も読書こそ中断しているにしても呑気そうな表情だが……。

「云い逃れね。いいでしょう、あたしが閂の謎を解いて、貴女に負けを認めさせるわ。閂の件が分からないうちは、完全な勝利にならないものね」

頑迷がんめいですね。呆れてものも云えません。私は休ませてもらいます」

 無花果ちゃんはさすがにエレベーターは使用せず、新倉さんを連れて螺旋階段を上がって行った。無花果ちゃんが疑われても表情ひとつ動かさなかった新倉さんは、プロフェッショナルというより偏執的で、実は無花果ちゃん以上に人形的と云える気がした。

「大丈夫。すぐに閂の謎も解いてみせるわ」

 杭原さんはそう云うものの、僕には無花果ちゃんが犯人だとは思えなくなっていた。閂以外には杭原さんの推理に決定的な穴はないようにも思えるが、しかし謎が氷塊したという爽快感が湧いてこないのだ。

 数人を除いて僕らは徒労感に伸し掛かられ、しばらく動けなかった。
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