甘施無花果の探偵遊戯

凛野冥

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桜野美海子の逆襲・探偵学校編

4「探偵であれ!探偵であれ!」

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 講堂ではパイプ椅子が端にどけられており、生徒達は前方にめいめい体育座りして集まっていた。その数はざっと目測して六十人ほど。これだけで元〈桜生の会〉――少なくとも桜生塔に出家していた人数を超過しているし、見覚えのない人物も多くいるから、やはり桜野は協力者を色んなところから集めていたらしい。

 僕ら新入生八名も、その群体の後方に座る。無花果だけは床に腰を下ろすわけがなくて、僕にパイプ椅子を取ってこさせた。

『静かに、静かに! 支槻しづき生徒会長が話されます!』

 染袖さんからマイクを受け取り、支槻というらしい女性が単身、ステージに上がった。はるかちゃんが「あ、桜野美海子!」と腰を浮かせかけたが、皆がジロリと振り返って顰蹙を目で訴え、僕らも反応しないので「あれー……?」と自信なさげに縮こまる。

「ちょっと似てるけど、別人っすよ、あれ」

「何よ、恥かいちゃったよ」

「気にしてんすか」

 支槻というのはたしか桜生塔にもいた。桜野美海子に到達するという馬鹿っぽい目標を掲げていた〈桜生の会〉では、まず外見を近づけようとして整形手術を受けた者が複数人いたものである。なので生徒達の中にはたまに、クオリティに差はあれど、〈なんちゃって桜野〉が混じっている。

『こほん……支槻です。もう知ってのとおり、校内で殺人事件が起きました。殺されたのは月組の蘭佳です』

 いかにも生徒会長然とした、落ち着いた話し方。生徒達も静かに聞いている。

『ところが、それだけではありません。取り乱さず聞いて欲しいのだけど……先生達の姿がどこにも見当たらないのです。先生達が、ひとり残さず、消えてしまったのです』

 ざわめきだす一同。ステージ横に控えた染袖さんが両手で拡声器をつくって「静かにーっ!」と訴える。ジェントル澄神が「ふふ……何という愉快な茶番でしょう」と呟く。

『こほん……校内で殺人事件があり、先生達はいない。私達は私達だけで、このカオスな状況において、適切な行動を取らなければなりません。分かりますね? 事件が解決するまで、学校から誰ひとりとして出すわけにはいかないのです』

 再びざわめき。生徒のひとりが挙手して立ち上がった。

「それってつまり、事件が解決しなかったら私達、帰れないってことですか!」

『そうです。校内で事が起きた以上、犯人もまた校内にいます。貴女達、全員が容疑者です。誰も帰しません。今日中に片が付かなければ、今晩は学校に泊まってもらいます。事態が収束するまで、何日間でも泊まってもらいます』

 別の生徒も立ち上がる。

「そ、そんなやり方って、私達にも異議を唱える権利があるでしょう?」

 続いて、あちこちから抗議の声が上がり始めたが――

『黙れ畜生! 今文句云った奴てめー犯人か! ブチ殺すぞボケ!』

 その声と共に僕らの後方にある扉が乱暴に開けられて、武装した生徒達が這入ってきた。七名――防弾チョッキを着込んで、手にはリボルバーやショットガン、クロスボウなんかを持っている。染袖さんまで――この人だけは表情が緊張しているけど――懐から拳銃を取り出して掲げた。誠くんが「うわ、本気っすか」と声を洩らし、桝本さんは難しい表情を浮かべて歯ぎしりしている。

『私達生徒会と、それから風紀委員だ』

 剣呑な口調のままで続ける支槻。

『反逆する奴から疑ってかかる。犯人かも知れないんだ。徹底的に絞るぞ。私達には早急に学校の秩序を回復する義務があり、権利がある。乱暴な奴には、こちらも乱暴に対処せざるを得ないな。みんなの学校で手前勝手な真似するクソは許せないんだわ。違うか? あン?』

 水を打ったようにシーーンと静まり返っている講堂。

『こほん……さて、学校から出さないとは云いましたが、校内であれば自由に動いてもらって結構です。むしろ積極的にあれこれ調べ回って、真相の究明ひいては事件の解決に努めてください。みんなで協力し合うことです。特に本日入学してきた新入生には期待してます。非常に高い倍率を潜り抜けてきたそうですね。非協力的な生徒がいたなら、疑わしいので、私達に報告を。ちなみに、校内とはこの上の空原神社も含みます――生徒手帳に記載されている図を参照してください。図の赤線上は高いフェンスであったり塀であったり有刺鉄線であったりで仕切られていますし、犯人もまたこの中から出られないはずです。

 校門には、先生達がいなくなってしまったので、私達生徒会が交代で立ちます。今もひとり立ってもらってます。入学試験や案内なども含めて、転校生がやって来たときの対応は私達でやります。出て行く者は許さないけど、這入ってくる者に関しては、事件を解決に導いてくれるかも知れない期待のホープですので。

 なお、学校に泊まってもらうことになった場合は、全員で〈空原館〉を利用します。大人数用の部屋が二つと中人数用の部屋が三つ――これで雪組月組は収まります。少人数用の部屋は、数も少ないことですし新入生に使ってもらいましょう。部屋割りや、浴場の利用時間などはそのときに指示します』

 これらは僕らからしてみれば想定内の内容で、別に文句もない。まぁ生徒達にしたって〈台本〉どおりに驚いたり騒いだり静まったりしているだけであらかじめ全部決められていたことに違いないが(そもそもこの人達はこれまでだって此処に泊まりきりだろう)、ともかく、情報を持ち出させないように途中退場を禁じるのは当然だし、僕らはシャツや下着の替えも受け取っている。

 外では大量殺人事件が続いているのだ。それらに仕込まれた暗号を解いて、挑戦者達は次々と此処にやって来る。桜野が設定しているだろう〈勝利条件〉を僕らがクリアするまで、参加者は増え続け、人は死に続け、謎解きゲームは終わらない。

 ――みんな噂してるんだよ、これからどんどんどんどん人が死んでいくんだってさ!

『こほん……ところで、確認したいことがあります。蘭佳が殺され、先生達が消えた。また、みんな知ってのとおり、一週間前からは雪組の左条が行方不明となっていますね。それから新たにもうひとり、雪組の観篠の姿も見当たらないという報告があります。午前中は雪組の教室にいたとのことですから、いなくなったのはこの数時間の内の出来事です。彼女は蘭佳殺害に関与している可能性があります。犯人かも知れません。特に注意して彼女を探してもらいたいわけだけど、それとは別に、どうですか? 今現在、周りを見回してみて、此処にいない生徒というのはいませんか? 蘭佳はもちろんとして、左条と、観篠と、校門に立ってもらってる宗頃庶務を除いて』

 沢山の頭が左右に動いて、囁き声が交わされる。その中にやや性質の異なる声があって、伝播して、やがてひとりが挙手して立ち上がる。

「雪組の久架さんがいないみたいです!」

 ちょっと行方不明者が多すぎないか?

 死者ならともかく、行方不明者というのは考えられる可能性が多岐に渡るものだし、それが複数人となると推理は組み立てにくくなる。読者から嫌われるタイプのミステリだ。推理小説狂いの桜野だけれど、やはり創る方のセンスはないんじゃないだろうか。本当に上手く展開させられるのか……僕は少しばかり、要らぬ心配をする。

『久架……天文部の部長ですね? 分かりました。観篠と同じく、事件の鍵を握っているかも知れません。みんな注意するように。

 他にはどうですか? あとは揃っていますか? ……いいでしょう。

 最後にひとつ、真相の究明に役立つかは不明だけど、知らせておきます。先生達が消えてしまった理由は分からないものの、職員室の黒板にはメッセージが残されていました。たった一文――私達は〈真実〉の意向に従ったのみだから気にするな――と、これだけです。私見では、刃蕨はわらび校長の字かなと思いました』

 こほん、と咳払いを挟んでから、支槻は改まった口調で〆に入る。

『我らが探偵学校には〈真実〉があると云います。〈真実〉への到達こそ、私達に課せられた使命です。肝に銘じることです! ハァ~~~~~~ッ、』

 探偵であれ! 探偵であれ! ――と、僕ら新入生を除いた全員の声が揃い、講堂を震わせた。

「え、何何、怖いんだけど」とキョロキョロするはるかちゃんに、隣の誠くんが生徒手帳を開いて見せる。

「ここの校訓みたいっすよ。〈探偵であれ! 探偵であれ!〉ってのが」

「何それ!」

 校訓を叫ぶのが解散の合図らしくて、生徒達は立ち上がってゾロゾロと講堂を出て行く。

 僕らも立って、そこでレイモンドさんが「おい、」と呼び掛けた。

「お前らはどういうつもりでいる? 個人プレーで謎を追うか? 長閑ちゃんは俺達をライバルなんて云ってたが、俺はそうは思わねぇんだよな。別に競う必要はねぇ。向こうにだって今んとこ、競わせようとするつもりは見られないだろ? 全国各地から暗号を解いて此処に集まった俺達は、此処じゃあ集団プレーで桜野美海子と戦えばいい」

 これには桝本さんがすぐ「そうすべきだ」と同意を示した。

「一刻も早く、こんな馬鹿げたことは終わらせねばならん」

「ふむ。情報の共有ということであれば、私も賛成ですね。不親切設計というのは云い得て妙だ。桜野さんとの直接対決だというのに、桜野さんはどうやらいないものと設定され、ただ〈事件を解決しろ〉〈真実へ到達しろ〉とだけ云われて放り出されてしまった。まずは情報を集めなければ始まりません。ひとりや二人では、いささか効率が悪い」

「あたしもそれでいいよー。ライバルとは云ってみたけど、別に敵対しようとか考えてたわけじゃないし」

「そもそもはるか先輩、何も考えてませんでしたもんね」

「おいー、そんなわけないでしょ! めちゃくちゃ考えてたし考えてるわ!」

「本当っすか? 何でもアバウトじゃないっすか」

「このーっ!」

「で、お前らは?」と、レイモンドさんが陽子さんと無花果に目を向けた。

 陽子さんは蚊の鳴くような声で「はい……それで、お願いします……」と云う。月子さんのいない状態で何もする気が起きないらしい彼女は、全校集会中も項垂れているばかりで、話を聞いているのかも疑わしかった。

 無花果の方は飄々と、「私はこれから空原神社に行きます」なんて云い出す。

「一時間後の二時二十分にまた此処で集まり、情報を交換し合えばいいでしょう」

 勝手に段取りまで決めて、さっさと講堂の出口へ歩き始めた。毎度のことながら、代わりに僕が皆に頭を下げる。

「自分勝手な奴ですいません……よろしくお願いします」

「おう。俺達も適当に手分けして一時間、情報集めておくわ」

「分かりました。じゃあ、また後で会いましょう」

 それから無花果の後を追う。講堂を出たところで追いつく。

 並んで階段を下りながら、情報共有の意志はあるのか訊ねてみた。

「情報共有とは効率化のことですからね。もっとも、彼らが重要な手掛かりを見逃すことは大いに考えられるうえ、それを開示するかどうかも疑わしいです」

「要するに、アテにはしてないんだな」

「それ以上の協力については以ての外ですね。〈三人寄れば文殊の知恵〉というのは、ひどく低いレベル同士での話です。突出した能力の者にとって、格下を気遣うほど無駄なことはありませんから」

 口が悪いなぁ……予想どおりの答えだけれど。

「無駄なことはしていられません。私は早く、壮太との新婚生活を始めたいのです」

「お、」

 予想外の付け足しがあった。

「可愛いことを云うね」

「私は可愛いですからね。器用で、頭も良く、ユーモアまである。完全無欠です。貴様にはもったいないですよ。…………なに黙ってるのですか」
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