二足歩行型ガトーショコラ

凛野冥

文字の大きさ
上 下
10 / 28
[死:女る嬲る女]

2「帰納された10の56乗」

しおりを挟む
    2


 十二人目の被害者は清逸夜見川近くの空き地で発見され、〈四索〉の刺青を彫られていた。詩は『莫迦ばかな奴らを吊るし上げては/フィルム・ノワール・カタレプシー/美容整形を施された男がく』。

 十三人目の被害者は国道一号線近くにある映画館の非常階段で発見され、〈一筒〉の刺青を彫られていた。詩は『死体にされて貴女の部屋に飾られたかった/ただひとつだけ神様と呼べる存在に』。

 十四人目の被害者は百条湖近くのキャンプ場で発見され、ありもしない〈十萬〉の刺青を彫られていた。詩は『こんな季節がきたんだ/肘と膝を離してはいけない制約を課された/哀しきモンスターが押し寄せる』。

 ……ふざけてるのか?

 もとより由莉園が書く詩のセンスは俺にとって理解不能だが、たまにどう見てもふざけているのが混じっている。エアロビクスがどうとか、肘と膝を離してはいけないとか。

 さて、三時半過ぎに有紀暮から連絡を受け、俺は美濃和高校に向かった。先日、大蛸と話すにも使った裏門の駐車場に阿僧祇を連れてくるよう指示しておいたので、到着すると既に二人は其処で待っていた。

 阿僧祇は俺の二年前の記憶から大して変わっていなかった。天パの髪と、眠そうな目と、ズボンにインしたよれよれのチェックシャツ。見るからに未婚の冴えない三十代男。

「久しぶりだね、正念坂くん」

 正面で原付を停めた俺に対し、彼はチョークの粉がついた手をこすり合わせながら云った。そういえば、こういう癖がある奴だった。

 有紀暮が「すみません、先生。お忙しいところ待たせてしまって」と謝る。敬語は使えないんじゃなかったのかよと思うが、まあいい。

「こいつ忙しくねえだろ」

「いやあ……忙しくなくはないんだけどね」

 苦笑いを浮かべる阿僧祇。

「でも忙しいとは捉えないようにしているね。人は忙しいと感じたとき、創造性を失ってしまうから」

「あんた、由莉園を変な団体に引き入れようとしてたよな?」

 廊下や階段で頻繁に由莉園と立ち話しており、俺が来ると「この間の課題の話をね」だの「成績についてだよ」だのと誤魔化して去っていくので、なんの話をしているのか由莉園に訊いたことがある。彼女は、勧誘を受けているのだと云っていた。

「ああ……そうだね。変な団体じゃなくて、数学的な知的サークルなんだけどね」

「変な団体じゃねえか」

「偏見だなあ……。しかし彼女は応じてくれなかったよ。失踪してしまったのも残念だったけど……まだ見つかっていないんだよね?」

「しかし先生、姉は理系科目はそれほど得意じゃなかったと思うのですが」

 たしかに。理系よりも文系のイメージだ。

「いや、数学の成績も良かったよ? 学年でも上位三十名には入っていたんじゃないかな」

「その三十名全員を誘っていたわけじゃないだろ」

「ああ……単なる学力で誘っていたんじゃないんだ。なんと云うか、カリスマ性だね。きみ達なら納得してくれると思うけど、彼女はすごく人を惹きつける力があったから」

「カリスマ性があると、どうして知的サークルとやらに誘うんだ」

「説明して分かってもらえるかな……。それより、なぜ今になってそんなことを訊くの?」

「あんた、ポエマーbotだろ? その動機を確かめに来た」

 有紀暮が「ああ、正念坂さん!」と声を上げる。

「そんなストレートに訊いたら駄目じゃないか。もっと外堀から埋めていかないと」

 しかし、こいつがポエマーbotなら既に警戒を始めているだろうし、違うなら回りくどいことをするだけ時間の無駄だ。

「えーっと、僕が連続殺人の犯人だって云っているの? どうしてそうなるのかな……」

 阿僧祇は困ったように頭を掻く。いちいち仕草が胡散臭うさんくさい。

 俺は有紀暮に説明を頼んだ。彼女は不承不承という感じで、被害者に刺青された麻雀牌の数字とパスカルの三角形との符号について話した。

「へえ! 面白いね! こう云っては不謹慎かな……」

「あんたが大好きなパスカルの三角形だろ。気付かなかったのか?」

「刺青の具体的な数字を知らなかったからね。テレビとかで報道されてないよね? たしかに興味深い話ではあるけど……それで僕を疑うのは無理がないかな?」

「それでいてつ、由莉園に執着がある人間だ。あんたくらいだろ。すっとぼけるだろうから先に云うが、現場に残されている詩はどれも、昔に由莉園が書いたものだ」

「本当に? いや、そんなこと全然知らな――」

「パスカルの三角形に由莉園の詩を添えることで、自分が由莉園と結ばれた気にでもなってんのか?」

 俺の睨みを受けて本気と察したのか、阿僧祇はしかつめらしい表情をつくった。

「……事情はだいたい分かったけど、誤解だよ。僕に人殺しができると思う?」

 人殺しなんて誰だってできる。こいつが欲求不満から変態の妄想をこじらせ、連続殺人を通して百条市に自分と由莉園との勝手な合作を描き出そうとしたって全然不思議はない。

「あんた、携帯は持ってるよな?」

「持ってるけど……」

「これから今日の被害者が発見されるまで、俺とビデオ通話してもらう。仕事中も運転中も家に帰ってからも、被害者が発見されるまでずっとな」

 有紀暮が「なるほど!」と手を打つが、阿僧祇は顔を引きつらせた。

「そんな……そこまでしないといけないの?」

「あんたがポエマーbotじゃないなら困らないだろ」

「そうですよ、先生。ポエマーbotはその日のうちに死体が発見される場所を選んでいます。今日は清逸夜見川沿いだと分かっているので警察も巡回していますし、早ければ六時くらいには容疑が晴れますよ」

 現時点で既に犯行後という可能性は無視していいだろう。ポエマーbotの犯行時刻は夕方から夜にかけてと云われているし、こいつが勤務時間中に一時間ほど抜け出して犯行に及んでいるとも考えにくい。

「うーん……僕じゃないと分かったら、これっきりにしてくれる?」

 俺が返事しないのは肯定の意だ。阿僧祇は渋々と携帯を取り出した。

「音声はミュートしていいよね? 職員室の会話とか、きみ達には聞かせられないから」

「分かった。あんた自身と背景が映っていればいい」

「それできみ達の気が済むなら、仕方ないね……」

 早速この場からビデオ通話をスタートし、阿僧祇は顔の前で携帯を掲げたまま校舎内へと戻って行った。もっと自然に持てるだろと思うが、もとから挙動不審な奴だから周りもさして気に留めないだろう。

「これは妙案だし、それに阿僧祇先生もよく乗ってくれたね?」

 有紀暮はよほどこのアイデアが気に入ったらしく、しきりにうなづいている。

「しかし、乗ってくれた時点で彼はポエマーbotじゃないのだろうか……?」

「よく見ておくことだな。アクシデントを装って画面を真っ暗にしてくるかも知れない」

 俺達も此処に留まっているつもりはない。後ろに乗せた有紀暮に映像の見張りを任せて、原付を走らせた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

後悔と快感の中で

なつき
エッセイ・ノンフィクション
後悔してる私 快感に溺れてしまってる私 なつきの体験談かも知れないです もしもあの人達がこれを読んだらどうしよう もっと後悔して もっと溺れてしまうかも ※感想を聞かせてもらえたらうれしいです

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

処理中です...