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おこのみやき編

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今日も自宅にこもってお仕事ざんまいの1日。
とはいえ猫を撫でながらできる仕事は悪くない。
オフィスを縮小するかも、という社長からのメッセージが届きいよいよ本格的に在宅ワークの会社員になるのかな。
日が暮れかけはじめた窓の外はいい天気。
大きな納期のヤマも越えたので少々気が抜けている。
隣には同じようにこもって仕事をしている人がいるのだなあと意識すると、ほっとするところ、あるんだよなあ。

ポコンとメッセージアプリの受信音が鳴った。
『山芋が安かったのでたくさん買ってしまいました』
合川さんから送られてきたメッセージ。
料理はあまりしないそうだが、そんなに買ったってことは好きなのか?
山芋かあ。
短冊に切って黄身をのせしょうゆをたらしただけでもウマい。僕も好物だ。
つい酒のアテが浮かんでしまったがメシとして消費するなら、そうだな…。
『お好み焼きはいかがでしょう?』
ポコン。
黒猫がぐっと親指をつきだしたポーズで最高です、のスタンプ。
よし、今夜のメシは決まりだな。

僕とお隣の合川さんとそれぞれの飼い猫2匹によるメシを作って食べる会。
今思うと妙なテンションで妙な事を提案してしまったのでは、という気持ちがないでもない。
僕的にはいい話なんだが、気弱そうな合川さん、無理して同意してたりして。
いや、でもあの感涙(?)は普通に喜んでたからじゃないのか?
余計な考えがぐるぐるまわりだしたところでインターフォンが鳴る。
グダグダ考えたって仕方ない!今日もメシを楽しむのみだ。
「はぁい!!」

「…ほんとに来てしまいましたがよかったんでしょうか」
蓋を開けてみると当の本人も僕と同じことを考えて気に病んでいたらしい。
「もちろんですよ!僕こそなんか変なこと頼んじゃったかな、なんて思ってましたが」
「とんでもない。日々の食事も味気ない作業になっていましたので、大変ありがたいんです。
あ、こちらが食材です」
「ありがとうございます!長芋にショウガ、OKです。あとは用意がありますんで。
例によってそ大層な下ごしらえなどもないですし、レオたちとくつろいでてください」
「大丈夫ですか?お手伝いは…」
またも遠慮して縮こまる合川さん。
「多分同じ間取りだと思うんですが…キッチン、大の男が並ぶにはちょっとね」
「あっ、確かに…私、185センチあるんですが、日本のキッチンはどうにも低いんですよね」
「おお…背が高いとそういう弊害もあるんですね…あっ」
にゃーにゃーとアランくんがなにやら催促している。
今日はベランダからではなくケージに一旦入ってから堂々玄関から遊びに来てくれた。
「…遊んでほしいみたいですね、レオのやつも一緒におまかせできますか?」
「はい!」

というわけでキッチンへ。
幸いというかなんというか僕は平均よりすこし低いくらいの身長なので手狭なキッチンでも特に不満はない。
なかった。
が、2人分の分量を作るとなると初心者だ。
置いた食材もいつもの倍になり、なるほど少し狭く感じる。
フライパンだってひとつしかないわけで2枚焼くにしたって手際よくいかないとな。

お好み焼きはあまり実家では出ないメニューだったが、大学時代、関西出身の友人が遊びにきたときに焼いてくれたものがウマくて、自炊生活になってから再現してみたメニューだ。
ぼんやりとした作り方は知っていたけど山芋を入れるとふわふわになってウマい、なんて自分から調べたりしない限りはわからないもんだよな。

リビングからは猫たちに語りかける合田さんの明るい声。
ほとんど人に会わせたことのないレオもあっという間に懐いたし、物書きらしく繊細な感じはあるけど優しい人なんだろう。
人の声を背に料理をするのは下手すると初めてかも知れない。
どこか温かい空気に包まれながら、僕はお好み焼きのタネを混ぜた。

「お待たせしました」
トレーに大皿ふたつ。
皿の柄も色もバラバラでお恥ずかしい。
置くちゃぶ台も小さいので男ふたりと猫2匹が囲むとみちみちである。
「おぉ…」
「召し上がれ~。マヨネーズはかけ放題です」
「かつおぶしが踊っているのを見るの、久々です」
「へへ、いい演出ですよね、どうしたってウマそうに見えますから」
ホカホカのお好み焼き、我ながらうまく焼けたんじゃないか?
作る工程自体は大層なもんじゃないけど、やっぱり焼くところは難しいと思う。
「昔お店で自分で焼いたことがあるのですが、どうも不器用でひっくり返すところでメチャクチャになって」
「わかりますよ~、僕もちゃんと返せるようになるまでもんじゃ焼きのようなものを何度か作りましたからね」
「もんじゃ…!ははは!」
お、大口あけて笑うの、はじめてだな。
こないだは状況が状況だけに元気なかったし。
「あ…合川さんっていける口ですか?」
「え」
「ビール冷えてるんですけど…今日は週末ですしね」
「あぁ、今日って金曜ですか…?」
やっぱこもってると感覚狂うんだ!わかるぞ…。
「そうですよ~、合川さんも明日はお休みにしませんか」
「そうですね…では、頂きます…!」
ソースにマヨネーズ、まったりとした山芋、お好み焼きって濃い目の料理だからアルコールがめちゃくちゃに合う。

「「プハーーーーッッ」」
一口飲んだあとに同時に声がでて笑い合ってしまった。
「こんな簡単なメシでもたまに自分のこと天才…?とか思えちゃうんで料理ってすごいですよね」
「いえ、本当に天才かもしれませんよ。大変結構なお味でした」
めちゃくちゃ真面目な顔で言われて吹き出す。
「そんなに喜んでもらえると作りがいあるなあ。
実家にいた時は当たり前みたいにしてもらってたけど、人にメシ作ってもらうってすごいことですよね」
「本当ですね。一人暮らしになってから、さらにはこういう状況になってから…私もありがたい事なんだなと思うようになりました」
僕は年の離れた姉にこき使われこそしていたが、母は専業主婦だったので家事をもりもりとこなした記憶があまりない。合川さんも実家では上げ膳据え膳してもらってたタイプの子だったんだろうか。
真面目そうだししっかりお手伝いをしてそうな気もするが。
さすがにまだご家庭の事情までズカズカ踏み込む距離感じゃないかな、とふわふわした頭でストップをかけて缶の底のビールを飲み干す。

なかなかデカめのお好み焼きにアルコールが入ると、すっかり満腹だ。
お互い飼い猫を撫でつつ、とりとめのない会話が続く。
しかし、まったり気分に反してテレビで流れているニュースは今日も重い。
「感染症でパンデミックなんていうと、映画なんかのイメージもあって、すごいものをイメージしてましたけど、日常がじわじわ変わっていくもの、なんて想像してなかったなあ」
「そうですね…。現実はフィクションを飛び越えます」
「僕は元々、家が大好きなんでそうでもないんですけど、若い社員なんかはこの状況結構こたえてるみたいで」
「私も家が好きですねえ…好きというかもう世界の全部みたいになってますが」
僕よりゆっくりペースで飲んでいた合川さんは、最後のひとくちを飲み干すと一呼吸ついた。
「でも人と過ごすのもやっぱり、良いものです。
こういう感覚がなくなると書けるものも書けなくなるのかもしれません」
「そういうもんですかあ」
想像の世界を描くといっても、根にあるのは本人の感覚だもんな。
「今はどんなお話書かれてるんですか?あっ、言える範囲で…」
「異世界の冒険譚ですね。いじめられっ子の少年が異世界に飛ばされて、ドラゴンと出会ってコンビを組むようになるんです」
「へぇ…おもしろそうだ、アニメにもなりそうなお話ですね。
小さい頃、夕方にやってたそういうファンタジーアニメ見るのが大好きで」
「そうなってくれたら嬉しいですけどねえ」
合川さんははにかむように笑った。
「私、元々は趣味でWEB上に小説をアップしてたんですが、商業作家となると色々勝手が違うところも多くて少し戸惑ってまして」
「あ~、僕も趣味でやってたデザインと仕事でやるのじゃ全然違うからなあ」
「そうなんですねえ。今は恋愛描写を入れろといわれて四苦八苦してます」
「ははぁ…」
恋愛かあ。合川さんの少し不器用そうな雰囲気からは、確かに難しそうなテーマという感じもする。
「恋愛もの、読み手としてもあまりたしなんでこなかったものですから」
「となると実体験をベースに」
ウッ、とうめくと合川さんはアランくんをムギュと抱っこして固まった。
しまった、地雷だったか。
「す、すみません。余計なことを。僕が恋愛王ならいいネタのひとつふたつ出せたのに」
「ぶふっ…れ、恋愛王ですか。いいですね…いいキャラクターになるかもしれません」
「え、そこ拾います!?」
ムギュムギュされていたアランくんはやや迷惑そうに体をひねって脱出してしまった。
猫は流体なのだ。
待ち構えていたようにレオがプロレスを仕掛けている。
「恋愛ねえ…こうなる前にもうかなりご無沙汰だったな…はは…」
「や、やめましょうか。この話」
「そ、そうですね」
頷き合う悲しき男たちを見て、黒猫も2匹もニャン!と相づちをうつ。
「猫とメシといいお隣さんがいるんですよ、もう最高ですよ彼女がおらずとも…」
「そうですともそうですとも」

「今度は何を食べましょうかねえ」
皿を流しながら自然と「次」の話が出る。
人と次会う約束するのも久々だ。
1年ばかりの引きこもり生活だが、妙に何もかも新鮮に感じてしまう。
「何がいいですかね…。少し冷えてきたので…鍋などでしょうか」
「お!ナイスじゃないですか。鍋は無限にレシピがあるからなあ~、何にするかな…」
「やはり次は私も少しはお手伝いをしますよ。
というかいい加減、料理のひとつも覚えたほうがいい気がするので…どちらかというと胸を借りる気持ちで」
「はは、僕だって自炊をまともに始めたのはここ1年なのに。
先生というよりは同級生ってかんじですが…折角ですから、次回、ちょっとは分担して作りますか」
「えぇ…はい!!」

男ふたりと猫2匹の食事会はどうやら料理教室に発展しそうである。
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