Alice from Hell

藻上 狛

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始まり

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「どうしたんだ?」

冬季休暇の間に出されたレポートを同じ学科の友人と終えた帰り、カフェで一息つこうと半ば強引に連れてこられた。

「今日はいつも以上に辛気臭いな」
「具合悪いんですか?」
「いや、大丈夫」

大丈夫と言いながら先程から胸の動悸が治らない。頭痛がする。店内は温かいのに指先の震えが止まらない。

「体調悪いのか?薬でも買って今日は帰るか?」
「病院行った方が良いんじゃないですか?」
「いや、本当に大丈夫」

違う。さっきから頭が割れるように痛むのは。あの声がずっと頭の中で反響して離れない。門の前で。何度も何度もそれを再生しようとするのに擦り切れたビデオテープのように上手く再現できない。

「おい、奥山」
「悪い……」

突然席を立ち、鞄を掴んで店を出ていく後ろ姿を見送って、残された友人は怪訝そうにずり下がる丸眼鏡を押し上げた。




頭が痛い。胸が苦しい。答えが分からないまま、早く、早くと気ばかりが急いて仕方ない。
ドクドクと心臓が脈打つ度、全身に血液が巡るのに指先はひどく冷たい。ほぼ人通りの無い暗い道を逆戻りして行くと、チカチカと眩い明かりが視界に迫ってきた。

赤い、赤い光が嘲笑うように明滅して白い車体を闇に浮かび上がらせる。

何だか焦ったような人の声が流れていき、その先に小さな人だかりが出来ていた。俺は事故の野次馬に行くようなタイプの人間じゃない。
では何故、足を動かして走り出しているんだ?
何故、こんなにも心臓が早鐘を打つんだ?
何故、思い出せないものを何度も思い出そうと必死なんだ?
何故、

何故ーー

なぜ、




髪が赤く染まっている

ーーどうして

あの時呼んでいたのは誰だ

ーーどうして

あの時お前が呼んでいたのは

ーーどうして




俺は一体何をしているんだ?

ーーどうして俺は忘れていたんだ?




遠くから何か声が聞こえる。
後ろから何か声が聞こえる。

足先に何かが当たる感覚がした。




尻尾の抜けた黒いネズミのぬいぐるみが、そこに転がっていた。


「…………」
「君!そこを離れて!」
「救急到着しました!」



声が聞こえる。
遠くから慟哭が聞こえる。
それが自分の喉から発されている事に気がつく前に、奥山麻也は意識を失った。
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