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伯爵家にて

不気味な男

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「エラ、遅いじゃないか! いったい誰に似て愚図なんだろうね」
 のっしのっしと鼻息も荒くやってきたのは、紫色のドレスに着替えた継母だった。
 本人は、未亡人であるため控えめなデザインにしているつもりらしいが、なかなかにけばけばしい。控えめ、の基準がエラ……いや、社交界と大きく乖離しているのだ。
 とは言えそれを指摘すれば面倒なことになるので見てみぬふりをする。
「ごめんなさい、おかあさま」
「ふん、さぁ、姉たちを磨き上げるんだよ」
「はい」

  こっちだよ、と、エラが連れて行かれたのは二人の娘たちのあたらし衣装部屋だった。
「あ……」
 ここは元は……と、エラの心が一瞬、悲鳴を上げた。
「おかあさま、ここは!」
 思わずエラが継母のドレスの裾を掴む。と、ぎろりと睨まれた。いいえ、とエラは慌てて俯いた。さらりと金髪が流れて表情を覆ってしまう。
 数少ない実母の記憶が、ケバケバしく上書きされてしまう。
 それをわかっていてこの継母は娘たちの衣装部屋にしたのだ。
「ああ、そうそう。この部屋の調度品は地下室へ押し込んでおいたからお前が始末しておくんだよ」
 唇を噛んで涙を堪えるエラの腕を、継母が強く掴んだ。
「エラ! どうしてこの部屋の窓が全開なんだい?」
「え……? わたくしこの部屋に入ってはいません」
「いいや、わかってるよ。舞踏会に参加できる姉たちに嫉妬して、この際風邪でも引いてしまえという腐った性根なのは知っているよ。だから……この部屋が衣装部屋と知って冷やしておいたんだろう?」
 そんなことはない。絶対にない。舞踏会を成功させてはやく嫁いでほしいと思っているのだから、当の本人たちに風邪などひかれては困る。

「おかあさま、寒いわ……」
 はつらつとした声でそう告げたのは子豚其の一……いや、エラより6歳年上の義姉、名はアンジェラ。
 茶色い髪に茶色いくりっとした瞳が印象的だ。
 痩せれば愛嬌のある顔立ちが引き立つはずなのだが、日に日に丸くなっている
。さらに、チャームポイントのそばかすを消すために厚化粧になってしまっている。薄化粧の方が素肌の綺麗さがアピールできてよほどいいのに、と、エラはいつも思うのだが「たっぷり塗りなさい!」とヒステリックに喚くので、本人が満足するまでお白粉を叩き続けている。

 そのアンジェラの隣で「エラ、窓が開いてるじゃない。王国の冬は厳しいのよ。信じられない」とこれまた元気いっぱいに叫ぶのは、子豚其の二……エラより三歳年上のミカエラだ。こちらはまっすぐの黒髪に茶色い大きな瞳、赤い唇が魅力的だーー痩せる必要はあるが。しかし黒髪がまっすぐであるのがコンプレックスであるらしく、必要以上に巻いているため、過剰に頭部がくるくるして爆発しているように見える。エラはまっすぐな髪を編む程度に留めて結いあげたほうが健康的でいいと思っているのだが、当の本人が「しっかり巻きなさい!」とヒステリックに喚くので、本人が満足するまで髪を巻き続けている。

 アンジェラとミカエラ、そして二人の母親が一列に並べばかなり壮観な眺めになる。
「三人で……わたくし五人分の横幅ね……」
 エラが細すぎるのか、或いは三人が太すぎるのか。 
 おそらく両方であろう。

 エラは、寒い酷い凍えそうと元気よく叫ぶ彼女たちの前で膝を折って丁寧に謝罪をした。仰々しい、馬鹿馬鹿しいと思うのだが、三人がそれを強要するのだ。跳ねのけても構わないが、そのあとぎゃあぎゃあ煩いことになるのが目に見えているので、彼女たちの希望を叶えてやっている。
「おかあさま、おねえさま、寒い想いをさせてしまい申し訳ございません。窓をしめてもよろしいでしょうか?」
「……ふん、いいだろう。ああ、そこに残っている薪は厨房へ運んでおくんだよ。お前はどうせ忘れるんだろうから先に言っておくよ」
 はい、と、神妙に頷いて窓を閉めてまわるエラは、窓の外にちらほら招待客が姿を見せていることに気づいた。
「あら……?」
  例の、上から下まで真っ黒の紳士が、馬車から降りてくる。やはり馬車も真っ黒だ。
(お客様だったのね……)
 その紳士が、ふと顔を上げた。
 距離があるはずなのに――目が合った。彼は確実に、エラを見た。
「あら、目が……赤いわ……」
 その瞬間どくりとエラの心臓が強く脈打ち、血の気がざっと下がる。
「!?」
 だが男はすぐ視線を外してうつむいている。
 エラは、不気味な男……そうつぶやき、慌てて窓を閉めて義姉のところへと戻った。だが、一瞬だけあったあの男の鋭い視線が脳裏にこびりついて離れない。
「エラ? どうしたんだい? 顔色が真っ青だよ!」
 さすがに継母が今にも倒れそうなエラを支える。
「お、おかあさま……招待客の中に、不気味な男性が……おねえさま、気をつけて……」
 がくがく震えるエラの様子に、さすがの三人も何も言わなかった。
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