上 下
41 / 41
番外編

儀式のため、レオさまのため!

しおりを挟む
 白い衣が濡れて肌に張り付き、バストトップが透けるーーことを心配したのは最初だけ。
「聖杯の大きさ、おかしいわよっ!」
 リズのイメージする聖杯は、せいぜいがワイングラス程度の大きさであった。が、いざ大神官が手にした杯は大人が両腕で抱えるほどの大きさであったのだ。
「なにその大杯!?」
 見れば見るほど、前世で見たものーーとくに国技の優勝者が手にしていた大杯に見えてくる。それが次々と運ばれてきて、ありがたい文言とともにバシャバシャ情け容赦なくかけられる。
「つ、つめた……」
「妃殿下の健やかなる心身のため!」
 ざばぁ……と容赦なく杯がひっくり返される。水の勢いが強いため、踏ん張っていないとよろけてしまう。
「ぶはっ……大神官さま、待って、休憩……」
「妃殿下、頑張ってくだされ……水が滞ることなく流し続けるのが儀式です。悪しきものを流し清め、皇太子殿下の御所に穢れを持ち込まない、皇太子殿下を穢れからお守りするという意味もございます」
「がふっ……鼻にっ……」
 レオさま助けてー、と、思わず叫んでしまったが大量の水が流れ込んできて咽せた。
「妃殿下……体内まで清めようとなさるとは素晴らしい……この大神官感服いたしました」
 違う、とは言えもせずーー。
 リズは、己は言動に気をつけなくてはいけないのだとこんなところで学んだ。
「では次、胸元失礼して」
「ひぃ、さっきから気になってるのですが、なんで襟元をいちいち押し開くのですか! 恥ずかしいです」
「神聖なる水をお肌に直接掛けるのが儀式の作法にございますでな、特に五臓六腑と子を宿す下腹は念入りに」
「う……うそ、下腹部も!?」
「はい。本来はーー皇太子妃殿下の場合は跡継ぎが期待されますゆえ念入りに。また、我ら神殿のものが妃殿下が秘部に何も隠していないことを確認させて頂くという過程が儀式の中にあります。が、レオさまとの話し合いでそれもナシとなりましたぞ」
 ひええ、とリズが青くなる。
「ま、まさか、秘部って……」
「左様、いくらなんでも今時、そこに暗器を忍ばせる暗殺者はおりませんが、過去には何名か毒針を忍ばせていた記録がありましてな。念のため、我らは指をいれるのです。もっとも、妃殿下に欲情した不埒者が己の逸物を挿入する事件がたびたび起きておりますな」
 今度こそリズは卒倒しそうになった。リズに何も知らせずに交渉してくれたレオに感謝である。
「よろしいですかな、妃殿下。何事も、王族のため、皇太子殿下のため」
 張り付いた衣が左右に押し開かれる。レオさま以外に見せたくないのよ、と、叫ぶが、大杯が額の位置でひっくり返されて言葉にならない。
 胸元に続いて腹部も寛げられて冷たい水が肌を這う。
 神官たちは真剣に祈り、真剣に水をかける。
「皇太子殿下が幸せになれるよう……王族の発展を担う妃殿下御身の健康と幸せを祈ります」
 皇太子レオさまとエリザベスさまのご健康とますますの発展を祈ります、と神官たちが揃って祈りを捧げてくれる。民が寄せる期待の大きさ、責任の重さがじわじわと感じられる。

ーー皇太子妃ってこんな大変なのね……

 儀式を終えたリズは、女官たちによって新しいドレスを着せられ、ヘアメイクも施される。濃いめのメイクに頭にはティアラ。手には大きな松明。
「……丸見え、って言うと思うのね、このデザイン……」
 前世のファッションで言うなら、スケスケのレースのネグリジェ。全裸の上にコレ一枚。
「まさかこの世界に転生して着るなんて……」
 恥ずかしい。かなり恥ずかしい。この際葉っぱでもテープでも何でもいいから隠したい。
「おお! 素晴らしい肢体がよく見える」
「レオさまっ……ああ、殿下も見えすぎ……」
 どこからかやってきたレオは、前世のファッションで言うなら、かなり際どい海パン一丁。そして頭には金の王冠が載っている。レオは王子さまなのだとしみじみ思う。
「……眺めていたいところだけど、儀式はまだ続く」
「……そうでしたね、神殿内の神々やご先祖さまにご挨拶しなければ」
 この姿で神殿内を歩くのは勇気がいる。それに、どうにも肌寒い。予想外に神殿の気温が下がってきた。二人してくしゃみを連発する。
「少し寒いな」
「ええ……」
 少し考えたレオが、大神官を呼んだ。しずしずと、大神官がやってきてレオの足元にひれ伏す。初めてではないが、リズは未だにぎょっとする。だが、王族にとっては当たり前の光景であるらしい。
「お呼びでしょうか」
「今宵は想定以上に冷える。白いガウンと王族の正装で用いる緋色のマントを我々はつけたい」
「殿下、おことばですがーー清らかなる心身であることを神々と集まった民にお見せする儀式、覆ってしまうのはいかがなものかと」
「神々の祭壇や王家の祭壇、民が覗く広間ではきちんとガウンは脱ぐ。移動の際は着てもいいだろう?」
 恥ずかしい格好も悩ましいが、とにかく冷える。リズが思わず鳥肌の立つ己の腕を擦るとレオが抱き寄せてくれた。
「あったかい……でもレオさまも冷えてしまって……」
 このまま歩いたらきっと風邪をひいてしまう。
 もちろん、魔法で服を取り寄せたり暖気を起こしたりすることもできるし、いざとなれば多少の風邪を治すこともできるが、出来るだけ魔法は使わないようにと、母に言われている。
「大神官、このままだと、我々二人抱き合って歩かねばならない」
 渋る大神官の横にリズは膝をついた。その気配に大神官が顔を上げ、慌ててひれ伏そうとするのを、リズは咄嗟に止めた。
「大神官さま、伝統が大切なのもよくわかります。けれど、皇太子殿下が、儀式でお風邪を召されては大変だと思うのです。どうか、レオさまだけでもガウンとマントの着用をお許しください。神々が伝統を破ったとお怒りでしたら、罰は全てこのわたくしが引き受けますから……」
 お願いします、と、リズは訴えた。しばらく難しい顔をしていた大神官だが、リズの懸命なお願いの果てに、笑顔を見せた。
「妃殿下ーーご命令ではなく必死のお願い、ですか」
「え?」
「いや、変わった女性をお選びになりましたな、皇太子殿下」
「いいだろう? 彼女は権力に溺れることも乱用することもないだろう」
「左様でございますな。では、ガウンとマントをご用意いたしますので、こちらでお待ちください」
 そう言って大神官は、再び二人の足元に平伏した。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

興味はないので、さっさと離婚してくださいね?

hana
恋愛
伯爵令嬢のエレノアは、第二王子オーフェンと結婚を果たした。 しかしオーフェンが男爵令嬢のリリアと関係を持ったことで、事態は急変する。 魔法が使えるリリアの方が正妃に相応しいと判断したオーフェンは、エレノアに冷たい言葉を放ったのだ。 「君はもういらない、リリアに正妃の座を譲ってくれ」

え?後悔している?それで?

みおな
恋愛
 婚約者(私)がいながら、浮気をする婚約者。  姉(私)の婚約者にちょっかいを出す妹。  娘(私)に躾と称して虐げてくる母親。  後悔先に立たずという言葉をご存知かしら?

王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea
恋愛
伯爵令嬢のフルールは、最近婚約者との仲に悩んでいた。 そんなある日、この国の王女シルヴェーヌの誕生日パーティーが行われることに。 「リシャール! もう、我慢出来ませんわ! あなたとは本日限りで婚約破棄よ!」 突然、主役であるはずの王女殿下が、自分の婚約者に向かって声を張り上げて婚約破棄を突き付けた。 フルールはその光景を人混みの中で他人事のように聞いていたが、 興味本位でよくよく見てみると、 婚約破棄を叫ぶ王女殿下の傍らに寄り添っている男性が まさかの自分の婚約者だと気付く。 (───え? 王女殿下と浮気していたの!?) 一方、王女殿下に“悪役令息”呼ばわりされた公爵子息のリシャールは、 婚約破棄にだけでなく家からも勘当されて捨てられることに。 婚約者の浮気を知ってショックを受けていたフルールは、 パーティーの帰りに偶然、捨てられ行き場をなくしたリシャールと出会う。 また、真実の愛で結ばれるはずの王女殿下とフルールの婚約者は───

幼馴染の公爵令嬢が、私の婚約者を狙っていたので、流れに身を任せてみる事にした。

完菜
恋愛
公爵令嬢のアンジェラは、自分の婚約者が大嫌いだった。アンジェラの婚約者は、エール王国の第二王子、アレックス・モーリア・エール。彼は、誰からも愛される美貌の持ち主。何度、アンジェラは、婚約を羨ましがられたかわからない。でもアンジェラ自身は、5歳の時に婚約してから一度も嬉しいなんて思った事はない。アンジェラの唯一の幼馴染、公爵令嬢エリーもアンジェラの婚約者を羨ましがったうちの一人。アンジェラが、何度この婚約が良いものではないと説明しても信じて貰えなかった。アンジェラ、エリー、アレックス、この三人が貴族学園に通い始めると同時に、物語は動き出す。

アンジェリーヌは一人じゃない

れもんぴーる
恋愛
義母からひどい扱いされても我慢をしているアンジェリーヌ。 メイドにも冷遇され、昔は仲が良かった婚約者にも冷たい態度をとられ居場所も逃げ場所もなくしていた。 そんな時、アルコール入りのチョコレートを口にしたアンジェリーヌの性格が激変した。 まるで別人になったように、言いたいことを言い、これまで自分に冷たかった家族や婚約者をこぎみよく切り捨てていく。 実は、アンジェリーヌの中にずっといた魂と入れ替わったのだ。 それはアンジェリーヌと一緒に生まれたが、この世に誕生できなかったアンジェリーヌの双子の魂だった。 新生アンジェリーヌはアンジェリーヌのため自由を求め、家を出る。 アンジェリーヌは満ち足りた生活を送り、愛する人にも出会うが、この身体は自分の物ではない。出来る事なら消えてしまった可哀そうな自分の半身に幸せになってもらいたい。でもそれは自分が消え、愛する人との別れの時。 果たしてアンジェリーヌの魂は戻ってくるのか。そしてその時もう一人の魂は・・・。 *タグに「平成の歌もあります」を追加しました。思っていたより歌に注目していただいたので(*´▽`*) (なろうさま、カクヨムさまにも投稿予定です)

愛のゆくえ【完結】

春の小径
恋愛
私、あなたが好きでした ですが、告白した私にあなたは言いました 「妹にしか思えない」 私は幼馴染みと婚約しました それなのに、あなたはなぜ今になって私にプロポーズするのですか? ☆12時30分より1時間更新 (6月1日0時30分 完結) こう言う話はサクッと完結してから読みたいですよね? ……違う? とりあえず13日後ではなく13時間で完結させてみました。 他社でも公開

いつまでもたぬき寝入りを

菅井群青
恋愛
……まただ。 長年の友人関係である俊とは気の置けない友のはずだった。共通の趣味である日本酒を飲むために俊の部屋で飲み、眠りこけてお泊まりすることが多い琴音だったが、ある晩俊が眠る自分にちょっかいをかけていることに気がついた。 私ができることはただ一つ。寝ているフリをすることだ。 「……寝たか」 「……」 (まだです、すみません!) タダ酒が飲みたい女と、イタズラがエスカレートしている男の話 ※マーク ややエロです 本編完結しました プチ番外編完結しました!

【完結済】恋の魔法が解けた時 ~ 理不尽な婚約破棄の後には、王太子殿下との幸せな結婚が待っていました ~

鳴宮野々花@初書籍発売中【二度婚約破棄】
恋愛
 侯爵令嬢のクラリッサは、幼少の頃からの婚約者であるダリウスのことが大好きだった。優秀で勤勉なクラリッサはダリウスの苦手な分野をさり気なくフォローし、助けてきた。  しかし当のダリウスはクラリッサの細やかな心遣いや愛を顧みることもなく、フィールズ公爵家の長女アレイナに心を移してしまい、無情にもクラリッサを捨てる。  傷心のクラリッサは長い時間をかけてゆっくりと元の自分を取り戻し、ようやくダリウスへの恋の魔法が解けた。その時彼女のそばにいたのは、クラリッサと同じく婚約者を失ったエリオット王太子だった。  一方様々な困難を乗り越え、多くの人を傷付けてまでも真実の愛を手に入れたと思っていたアレイナ。やがてその浮かれきった恋の魔法から目覚めた時、そばにいたのは公爵令息の肩書きだけを持った無能な男ただ一人だった───── ※※作者独自の架空の世界のお話ですので、その点ご理解の上お読みいただけると嬉しいです。 ※※こちらの作品はカクヨム、小説家になろうにも投稿しています。

処理中です...