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さて、次はレオが頑張る番だぞ!

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 それから数日――王都は、シュテファンとティレイアの電撃結婚でおおさわぎだった。誰も二人が付き合っていたことを知らないのだから、それも無理のないことだった。
 泣いた令嬢も数多くいたが、それよりも何よりも、
「レディ・ティレイア……どなた?」
 状態であった。
 イシュタルの異母姉であるらしいとの情報が流れたが二人が一緒に居たところを見た人もない。
 教会で天上の音楽の如き歌声を響かせていた美女だとわかったのは、式から数日経っていた。その間にシュテファンはお城にほど近い場所に新しく屋敷を構えてティレイアと二人の生活をスタートさせた。
 その一方で、
「勝手に結婚した! 無効だ!」
 と騒ぎ立てたのは案の定、ティレイアの母とその再婚相手だった。
 しかし、役所に提出された書類一式に不備はなく、しかも王子のサインが入っている。
 これを不備だとする人はちょっと見当たらない。
 ティレイアの母は沈黙せざるを得ず、縁談相手からは連日連夜激しく責め立てられているらしい。
 もはや、王都で貴族として生きていくのは不可能だろう。
「ざまぁみろ、ですわ! おねえさまをいじめて、強欲な老人と無理矢理結婚させようとするからよ!」
 ティレイアの新居へ、引っ越しの手伝いに来たリズが衣装を詰めたスーツケースを軽々と運びながら叫ぶ。
 魔法を使っているわけでない。日頃、剣術と馬の世話と自転車を乗り回しているおかげで、体力十分なのだ。
 と、笑い含みの声がかけられた。
「レディらしからぬ過激な発言だね、リズ」
「あら、レオさま、いらしてたの? お城に缶詰めだとばかり思っておりましたわ」
 つーん、とリズがそっぽをむいて回れ右をする。
「あら? リズ? レオさまと喧嘩でもしたの?」
「おねえさま、いきましょ! ぷん!」
 つんつーん、と効果音が鳴りそうなほどのつれなさである。
「レディ……じゃない、夫人の縁談相手のその後なんだけども……聞かなくていいのかな?」
 夫人、と呼ばれてティレイアがわずかに頬を染める。それを見たシュテファンまで照れるから、なにやらおかしな雰囲気になり、レオがしかめっ面になった。
 が、お構いなしのリズが、部屋の隅から駆け足で戻ってきた。
「どうなりましたの? 彼はある意味被害者ですわよね」
「あ……お待ちになって。急いでアフタヌーンティーを用意しますわ、リズ、手伝ってちょうだい」
「はーい」
 パタパタと姉妹がお茶の用意に向かう。それを見届けてから、シュテファンが小声で切り出した。
「殿下……エリザベス嬢のご機嫌はナナメのままですか?」
「参ったよ……。身分を伏せていたことは意外なほどあっさり理解してくれたんだが、何に怒っているのかわからない」
 はぁ、と、頭を抱えるレオ。非常に珍しい姿である。
 がっくりと落とされた肩を、ポン、とシュテファンが叩いた。
「ここから、あらためて口説けばいいと思いますよ」
「シュテファン……でもなぁ……自信がないんだよ」
「珍しいですね」
 シュテファンは、確信を持っている。リズはレオを愛している。
 が、それを教えてあげるのはどうかと思うので、黙っておく。
「彼女は、殿下がずっとお望みだった条件をクリアしてお釣りがくる令嬢でしょう? 妃殿下にふさわしいーーちょっとお転婆ですが、大丈夫だと思います」
 信頼している側近の言葉ではあるが、レオは深くため息をついた。

 その後、庭に設けられた即席のアフタヌーンティーは、優雅の一言に尽きた。
 お茶を飲みながらレオが新聞を取り出した。
「娘を借金のかたに売り飛ばそうとしたのがバレた上、そもそも借財っていうのは父親の事業の失敗と母親の浪費だったことが明らかになって、さすがに社交界からは締め出され、ご近所さんからも白い眼で見られているらしい。ちょっと気の毒だな」
 きゅ、と、ティレイアが唇を噛む。俯く顔に複雑な感情が浮かぶ。その妻を、シュテファンがそっと宥める。
「俺は――相手の老人も、気の毒だと思った。色ボケじじいかどうかはさておき、最愛の妻に先立たれて寂しい想いをしている老人だった」
「そうだったの……どこかにいい方いらっしゃらないかしらね?」
「一人、いるんだ。アンドリュー推薦の女性なんだが……」
 レオが、別の紙を取り出した。女性の肖像画と経歴が書いてある。
「あら? 顔立ちとお名前……アンナベルの年の離れた――一番上のお姉さまかしら?」
「レディ・リズ、正解! 不幸にして若くして未亡人になってしまって今は、実家に戻っているらしい。アンドリューが言うには、アンナベルほどの美人ではないが姉妹揃って気立てがよく、知性も教養も品格も申し分ない。病院での奉仕活動にも熱心だとか」
 アンナベルには、何人かの姉がいる、という話を聞いたことがある。
 一番上の姉とは年が離れていて、多忙な母やナニーのかわりを務めてくれたと言っていた。つまりは、アンナベルをきちんと育てることが出来た女性ということだ。優しすぎるのが玉に瑕だとアンナベルは言っていたが、この場合はそれがプラスだろう。
「アンナベルのお姉さまでしたら、大丈夫ですわ。きっと、このご老人の寂しさに寄り添って癒してくださるでしょう」
「そうか! ならばアンドリューにそれを伝えて、話を持って行ってみよう」
 はい、と、リズはうっかりいつものように微笑み返してしまい――あわてて目をそらした。
 
――きゃーっ……王子さま、なのよね。レオさま……

 どうして今まで全く気付かなかったのか。
 外国から帰国した王子が社交界に復帰したこと、閣下だの呼ばれ人々がやたらレオに従っていたこと、命令になれていたこと。
 気が付く要素はいくらもあった。
 シュテファンしか見ていなかったにしても、レオのことを蔑ろにし過ぎた。
 申し訳ないやら、今更どうすればいいのかわからないやらで、レオを避けてしまう。

――レオと付き合うってことは……妃殿下争いのレースに身を投じることになるのよね……

 それは明らかに過酷なことである。
 リズは地方領主の娘、強力な後ろ盾がない。そんな女性が後宮へ行って幸せになれるとは思えない。

――……身を引くなら、今のうち、よね

 そんなことまで、考えてしまうリズなのであった。
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