柑橘家若様の事件帖

鋼雅 暁

文字の大きさ
上 下
8 / 25
◆第二記録◆ 記録者……信濃国某将

其之参

しおりを挟む
 蜜柑殿の接待の為につけていた小姓の一人が、血相を変えて拙者のもとへ走ってきた。
「ゆ、幸村様! 一大事にござりまする!」
「何事じゃ、蜜柑殿が戻って参ったか?」
「いえ、幸村様ご愛用の六文銭のお守りが忽然と消えてしまいました」
「な、なに……」
 慌てて自室に戻り、あちこちひっかきまわしてみたが、六文銭がみあたらない。あれは、非常に大切な六文銭である。幼き折、人質として他家へ赴く拙者の手に、父上と兄上が握らせてくれたものである。事あるごとにそれを握りしめ、艱難辛苦を乗り切った。
 それを奪い去った犯人は、捜すまでもない。
「誰ぞあるか! 急ぎ瀬戸内の柑橘城へ赴き、六文銭を返却してくださるよう、丁寧に頼め!」
 拙者が思わず発した怒号に、家臣たちがさっと反応をした。刀を手に立ち上がった。
「殿、大切なお宝を奪われたのでございまするぞ。これはもう、柑橘家に宣戦布告を!」
「ここは武力で奪い返すのが妥当かと!」
 我が家中には血気盛んな者が多い。いきり立つ家臣どもの言い分もわからぬ拙者ではない。
「それはならぬ。断じて武力を用いてはならぬ。命令じゃ」
「なにゆえでござりまするか! 真田家は腰抜けと舐められましょう」
「我が家が滅びても良いのか! よいか、ひたすら頭を下げるのだ。まかり間違っても柑橘家のご機嫌を損ねるようなことがあってはならぬ。柚姫を泣かせてはならぬ、八朔様を困らせてはならぬ。良いな!」
 一瞬の沈黙ののち、家臣たちが「心得ました」と項垂れた。
「その方ら三名を使者とするが、お城へ伺う前に、柑橘城の少し手前にある厳島神社に寄るのを忘れるな。そこで気を落ち着かせ、身を清め、蜜柑殿の行方と機嫌、柑橘城の様子を念入りに探ってから、お城へ向かえ」
「はあ、なにゆえ神社なのでしょうか?」
「行けばわかる。柑橘家若様の動向がそこに集まるようにできておる」
 使者が、きょとんとした。
「そして、舅様や我が嫁が困っておられたら、存分に助けてまいれ」
 使者が、再びきょとんとした。
「お恐れながら殿、嫁様は……その、柑橘城におられるので……?」
「おお、その方らにはまだ申しておらなんだか。拙者も、柚姫の婿軍団の末席に加えていただけたぞ」
 家臣団の目が一斉に点になった。
「殿、婿軍団とはなんでござりますか」
「うむ、蜜柑殿の妹御、柚姫には婿が大量におる。なんでも、美しく賢い姫を嫁にもらいたいと言う者どもが大勢おったとかで、ならば一夫多妻制ならぬ一妻多夫制でどうか、と蜜柑殿が思いついた」
「不躾ながら、閨は……複数でいたすのであろうか……? いや、子が出来たら如何なさいますので……?」
「ふふふ、そのあたりもよう出来ておってな、姫がまことに添い遂げたいと思う相手が現れるまで清らかな関係よ。われらは、ただただ、柚姫の傍に坐しておるだけ……我々から姫に触れることはない」
「はぁ、左様ですか……」
「兎にも角にも、柑橘家を敵に回してはならぬぞ、よいな」
 よくよく使者に言い含め、柚姫の愛らしい姿を思い出しながら自室へ帰った拙者の目に、達筆の張り紙と共にとんでもないものが飛び込んできた。

『幸村殿。いい槍を持っているな。ちょっときれいに飾っておいたぞ。蜜柑』

 無残に飾られた愛槍を前に、拙者が室内に座り込んだのは言うまでもない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

笛智荘の仲間たち

ジャン・幸田
キャラ文芸
 田舎から都会に出てきた美優が不動産屋に紹介されてやってきたのは、通称「日本の九竜城」と呼ばれる怪しい雰囲気が漂うアパート笛智荘(ふえちそう)だった。そんな変なアパートに住む住民もまた不思議な人たちばかりだった。おかしな住民による非日常的な日常が今始まる!

白鬼

藤田 秋
キャラ文芸
 ホームレスになった少女、千真(ちさな)が野宿場所に選んだのは、とある寂れた神社。しかし、夜の神社には既に危険な先客が居座っていた。化け物に襲われた千真の前に現れたのは、神職の衣装を身に纏った白き鬼だった――。  普通の人間、普通じゃない人間、半分妖怪、生粋の妖怪、神様はみんなお友達?  田舎町の端っこで繰り広げられる、巫女さんと神主さんの(頭の)ユルいグダグダな魑魅魍魎ライフ、開幕!  草食系どころか最早キャベツ野郎×鈍感なアホの子。  少年は正体を隠し、少女を守る。そして、少女は当然のように正体に気付かない。  二人の主人公が織り成す、王道を走りたかったけど横道に逸れるなんちゃってあやかし奇譚。  コメディとシリアスの温度差にご注意を。  他サイト様でも掲載中です。

こずえと梢

気奇一星
キャラ文芸
時は1900年代後期。まだ、全国をレディースたちが駆けていた頃。 いつもと同じ時間に起き、同じ時間に学校に行き、同じ時間に帰宅して、同じ時間に寝る。そんな日々を退屈に感じていた、高校生のこずえ。 『大阪 龍斬院』に所属して、喧嘩に明け暮れている、レディースで17歳の梢。 ある日、オートバイに乗っていた梢がこずえに衝突して、事故を起こしてしまう。 幸いにも軽傷で済んだ二人は、病院で目を覚ます。だが、妙なことに、お互いの中身が入れ替わっていた。 ※レディース・・・女性の暴走族 ※この物語はフィクションです。

下宿屋 東風荘 3

浅井 ことは
キャラ文芸
※※※※※ 下宿屋を営み、趣味は料理と酒と言う変わり者の主。 毎日の夕餉を楽しみに下宿屋を営むも、千年祭の祭りで無事に鳥居を飛んだ冬弥。 そして雪翔を息子に迎えこれからの生活を夢見るも、天狐となった冬弥は修行でなかなか下宿に戻れず。 その間に息子の雪翔は高校生になりはしたが、離れていたために苦労している息子を助けることも出来ず、後悔ばかりしていたが、やっとの事で再会を果たし、新しく下宿屋を建て替えるが___ ※※※※※

魔法屋オカマジョ

猫屋ちゃき
キャラ文芸
ワケあって高校を休学中の香月は、遠縁の親戚にあたるエンジュというオカマ(本名:遠藤寿)に預けられることになった。 その目的は、魔女修行。 山奥のロッジで「魔法屋オカマジョ」を営むエンジュのもとで手伝いをしながら、香月は人間の温かさや優しさに触れていく。 けれど、香月が欲する魔法は、そんな温かさや優しさからはかけ離れたものだった… オカマの魔女と、おバカヤンキーと、アライグマとナス牛の使い魔と、傷心女子高生の、心温まる小さな魔法の物語。

吸血美女は二度微笑む

涼月
キャラ文芸
 オンボロ探偵事務所の職員は、ちょっと変わった職員ばかり。  俺、鈴村 崇以外は、普通の人間じゃない。  そんな俺たちが探しているものは……  鈴村 崇《すずむらたたり》……この物語の主人公。ただの人間。  彩華氏 玄子《あやかしくろこ》……この事務所の所長。吸血系人族。  來田 竜星《らいだりゅうせい》……事務所のボディガード。ドラゴン系人族。  葉隠 迦楼羅《はがくれかるら》……事務所の情報担当。猫耳系人族。  作中の組織や物質などは、全てフィクションです。万が一似ているものがあったとしても、それは偶然です!  ご了承いただけたらと思います。    全6話の予定。  

お江戸あやかしグチ処~うちは甘味処です!~

かりえばし
キャラ文芸
物語の舞台は江戸時代っぽい甘味処。 時期は享保~天明っぽい頃。 街には多くの甘味処があり、人々はそこで休息を取りながら美味しい甘味を楽しんでいた。 主人公の凛は、甘味処を切り盛りする行き遅れ女性(20歳) 凛の甘味の腕前には定評があり、様々な客から愛されている。 しかし凛は人間不信で人間嫌い。 普段は自分の世界に閉じこもり、人々との交流も避けている。 甘味処に来る客とは必要最低限の会話しかせず、愛想笑いの一つも浮かべない。 それでもなお、凛の甘味処がつぶれないのは奇妙な押しかけ店員・三之助と愚痴をこぼしに来る人間臭いあやかしたちのおかげだった。 【表紙イラスト 文之助様】

下宿屋 東風荘 5

浅井 ことは
キャラ文芸
☆.。.:*°☆.。.:*°☆.。.:*°☆.。.:*゜☆.。.:*゚☆ 下宿屋を営む天狐の養子となった雪翔。 車椅子生活を送りながらも、みんなに助けられながらリハビリを続け、少しだけ掴まりながら歩けるようにまでなった。 そんな雪翔と新しい下宿屋で再開した幼馴染の航平。 彼にも何かの能力が? そんな幼馴染に狐の養子になったことを気づかれ、一緒に狐の国に行くが、そこで思わぬハプニングが__ 雪翔にのんびり学生生活は戻ってくるのか!? ☆.。.:*°☆.。.:*°☆.。.:*°☆.。.:*☆.。.:*゚☆ イラストの無断使用は固くお断りさせて頂いております。

処理中です...