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◆第二記録◆ 記録者……信濃国某将
其之参
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蜜柑殿の接待の為につけていた小姓の一人が、血相を変えて拙者のもとへ走ってきた。
「ゆ、幸村様! 一大事にござりまする!」
「何事じゃ、蜜柑殿が戻って参ったか?」
「いえ、幸村様ご愛用の六文銭のお守りが忽然と消えてしまいました」
「な、なに……」
慌てて自室に戻り、あちこちひっかきまわしてみたが、六文銭がみあたらない。あれは、非常に大切な六文銭である。幼き折、人質として他家へ赴く拙者の手に、父上と兄上が握らせてくれたものである。事あるごとにそれを握りしめ、艱難辛苦を乗り切った。
それを奪い去った犯人は、捜すまでもない。
「誰ぞあるか! 急ぎ瀬戸内の柑橘城へ赴き、六文銭を返却してくださるよう、丁寧に頼め!」
拙者が思わず発した怒号に、家臣たちがさっと反応をした。刀を手に立ち上がった。
「殿、大切なお宝を奪われたのでございまするぞ。これはもう、柑橘家に宣戦布告を!」
「ここは武力で奪い返すのが妥当かと!」
我が家中には血気盛んな者が多い。いきり立つ家臣どもの言い分もわからぬ拙者ではない。
「それはならぬ。断じて武力を用いてはならぬ。命令じゃ」
「なにゆえでござりまするか! 真田家は腰抜けと舐められましょう」
「我が家が滅びても良いのか! よいか、ひたすら頭を下げるのだ。まかり間違っても柑橘家のご機嫌を損ねるようなことがあってはならぬ。柚姫を泣かせてはならぬ、八朔様を困らせてはならぬ。良いな!」
一瞬の沈黙ののち、家臣たちが「心得ました」と項垂れた。
「その方ら三名を使者とするが、お城へ伺う前に、柑橘城の少し手前にある厳島神社に寄るのを忘れるな。そこで気を落ち着かせ、身を清め、蜜柑殿の行方と機嫌、柑橘城の様子を念入りに探ってから、お城へ向かえ」
「はあ、なにゆえ神社なのでしょうか?」
「行けばわかる。柑橘家若様の動向がそこに集まるようにできておる」
使者が、きょとんとした。
「そして、舅様や我が嫁が困っておられたら、存分に助けてまいれ」
使者が、再びきょとんとした。
「お恐れながら殿、嫁様は……その、柑橘城におられるので……?」
「おお、その方らにはまだ申しておらなんだか。拙者も、柚姫の婿軍団の末席に加えていただけたぞ」
家臣団の目が一斉に点になった。
「殿、婿軍団とはなんでござりますか」
「うむ、蜜柑殿の妹御、柚姫には婿が大量におる。なんでも、美しく賢い姫を嫁にもらいたいと言う者どもが大勢おったとかで、ならば一夫多妻制ならぬ一妻多夫制でどうか、と蜜柑殿が思いついた」
「不躾ながら、閨は……複数でいたすのであろうか……? いや、子が出来たら如何なさいますので……?」
「ふふふ、そのあたりもよう出来ておってな、姫がまことに添い遂げたいと思う相手が現れるまで清らかな関係よ。われらは、ただただ、柚姫の傍に坐しておるだけ……我々から姫に触れることはない」
「はぁ、左様ですか……」
「兎にも角にも、柑橘家を敵に回してはならぬぞ、よいな」
よくよく使者に言い含め、柚姫の愛らしい姿を思い出しながら自室へ帰った拙者の目に、達筆の張り紙と共にとんでもないものが飛び込んできた。
『幸村殿。いい槍を持っているな。ちょっときれいに飾っておいたぞ。蜜柑』
無残に飾られた愛槍を前に、拙者が室内に座り込んだのは言うまでもない。
「ゆ、幸村様! 一大事にござりまする!」
「何事じゃ、蜜柑殿が戻って参ったか?」
「いえ、幸村様ご愛用の六文銭のお守りが忽然と消えてしまいました」
「な、なに……」
慌てて自室に戻り、あちこちひっかきまわしてみたが、六文銭がみあたらない。あれは、非常に大切な六文銭である。幼き折、人質として他家へ赴く拙者の手に、父上と兄上が握らせてくれたものである。事あるごとにそれを握りしめ、艱難辛苦を乗り切った。
それを奪い去った犯人は、捜すまでもない。
「誰ぞあるか! 急ぎ瀬戸内の柑橘城へ赴き、六文銭を返却してくださるよう、丁寧に頼め!」
拙者が思わず発した怒号に、家臣たちがさっと反応をした。刀を手に立ち上がった。
「殿、大切なお宝を奪われたのでございまするぞ。これはもう、柑橘家に宣戦布告を!」
「ここは武力で奪い返すのが妥当かと!」
我が家中には血気盛んな者が多い。いきり立つ家臣どもの言い分もわからぬ拙者ではない。
「それはならぬ。断じて武力を用いてはならぬ。命令じゃ」
「なにゆえでござりまするか! 真田家は腰抜けと舐められましょう」
「我が家が滅びても良いのか! よいか、ひたすら頭を下げるのだ。まかり間違っても柑橘家のご機嫌を損ねるようなことがあってはならぬ。柚姫を泣かせてはならぬ、八朔様を困らせてはならぬ。良いな!」
一瞬の沈黙ののち、家臣たちが「心得ました」と項垂れた。
「その方ら三名を使者とするが、お城へ伺う前に、柑橘城の少し手前にある厳島神社に寄るのを忘れるな。そこで気を落ち着かせ、身を清め、蜜柑殿の行方と機嫌、柑橘城の様子を念入りに探ってから、お城へ向かえ」
「はあ、なにゆえ神社なのでしょうか?」
「行けばわかる。柑橘家若様の動向がそこに集まるようにできておる」
使者が、きょとんとした。
「そして、舅様や我が嫁が困っておられたら、存分に助けてまいれ」
使者が、再びきょとんとした。
「お恐れながら殿、嫁様は……その、柑橘城におられるので……?」
「おお、その方らにはまだ申しておらなんだか。拙者も、柚姫の婿軍団の末席に加えていただけたぞ」
家臣団の目が一斉に点になった。
「殿、婿軍団とはなんでござりますか」
「うむ、蜜柑殿の妹御、柚姫には婿が大量におる。なんでも、美しく賢い姫を嫁にもらいたいと言う者どもが大勢おったとかで、ならば一夫多妻制ならぬ一妻多夫制でどうか、と蜜柑殿が思いついた」
「不躾ながら、閨は……複数でいたすのであろうか……? いや、子が出来たら如何なさいますので……?」
「ふふふ、そのあたりもよう出来ておってな、姫がまことに添い遂げたいと思う相手が現れるまで清らかな関係よ。われらは、ただただ、柚姫の傍に坐しておるだけ……我々から姫に触れることはない」
「はぁ、左様ですか……」
「兎にも角にも、柑橘家を敵に回してはならぬぞ、よいな」
よくよく使者に言い含め、柚姫の愛らしい姿を思い出しながら自室へ帰った拙者の目に、達筆の張り紙と共にとんでもないものが飛び込んできた。
『幸村殿。いい槍を持っているな。ちょっときれいに飾っておいたぞ。蜜柑』
無残に飾られた愛槍を前に、拙者が室内に座り込んだのは言うまでもない。
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