柑橘家若様の事件帖

鋼雅 暁

文字の大きさ
上 下
6 / 25
◆第二記録◆ 記録者……信濃国某将

其之壹

しおりを挟む
 先に一言、断りの言葉を記しておきたく、筆をとり候。
 拙者は気の利いた文が書ける男ではない由、読者諸氏は既にご存知のこと、無礼とは存ずるが、普段通りの言葉づかいにて書かせて頂きたく候。
 幼き頃より、筆より剣の暮らしをしており勉学や手習いを疎かにしていた拙者に口煩く注意していた母者の言葉を今更ながらに思い返しており候ども時すでに遅く……ええい、やめやめ! これが限界、ここからは普通の言葉で書かせていただく。拙者には、堅苦しい文章は苦痛である。
 思えば蜜柑殿滞在の様子を記してくだされと、某国某御仁より懇切丁寧な手紙を頂戴せし時にきちんと断らなんだのか。
 自分を激しく呪ったところで……致し方なし。

 さて、ここからが本題である。
 瀬戸内にある柑橘家には困った若様がいるという噂話は、ここ、信濃国にもしっかり届いている。
 傾奇者かぶきものとして有名な加賀前田家の利家様とその甥・慶次郎殿も「困った若様」に分類されるのであろうが、柑橘家の若様はその「困った」とは少し違う「困った」お方であらせられる。
 ではどのように違うのかと拙者に尋ねられても返答に窮するのだが、とにかく具体例をのべていきたい。

 柑橘家の蜜柑殿の我が屋敷訪問の後は、必ずこちらが大慌てして、使者を一人、二人と、瀬戸内へさし向けねばならない。決して間違ってはならぬのであるが、蜜柑殿が我が家に対して悪意や敵意をもっているわけでもなく、我らも蜜柑殿に対してそのような気持ちは一切ない。むしろ、友好的で好意的である。
 ただ単に、我らの想像の斜め上を行く蜜柑殿に良いようにあしらわれる拙者どもが、未熟なだけである。よって、蜜柑殿は決して悪人ではない。
 瀬戸内に差し向ける使者に持たせる密書……いや、親書の内容は、時に詫びであったり時に懇願であったりと、実に様々である。
 通常であったならば、「我が屋敷での非常識・無礼の数々、許し難し」と書くところである。当然、一筆したためる拙者の心中は、怒りや苦情でいっぱいである。できることなら宣戦布告と記して蜜柑殿の取り澄ました美しい顔に書状をびしりと叩きつけたいと思うことも、ある。
 されど、まさかそれを馬鹿正直に書くわけにはいかない。蜜柑殿にあしらわれた我が家の未熟・恥を世にさらすことになり、この帳面にもそっと記され、他国の人々の耳や目に入る。それだけは避けねばならぬ。
 そして、何よりも拙者が恐ろしいと思うのは、柑橘家を攻撃しようと兵を挙げた瞬間、我が家は方々から攻められるは必定という点であろう。
 そうなれば滅びるのはこちらである。
 我が家はさほど敵が多い家ではないが、こと柑橘家が絡むと厄介なことになる。周辺諸国すべてが敵になる。それも蜜柑殿が「あそこを攻めろ」とか「援軍を求む」といって他家が動くのであれば応戦のやり甲斐もあるが、柑橘家は何も言わない。周囲の諸将が、率先して動くのだ。これほど恐ろしいことはない。
 何せ、我が家の近隣諸国で柑橘家と友好関係・同盟関係にない家など一つもない。いや、この日ノ本のどこを探しても誰に聞いても、
「柑橘家を支持致す」
「柑橘家は我が最大の友好国・同盟国である」
 と答えるであろう。それが、柑橘家なのである。

 そう言えばあの信長公も、とうとう柑橘家には手が出せなかったと聞いている。出さなかったのではなく、出せなかったのだ。
 しかも、羽柴・徳川両名も、柑橘城の大広間では小さくなっている。
 いかに大大名家といえども、蜜柑殿に睨まれたら……もう、おしまいである。没落することが確定である。そういった事情を十分に解っていて犯行に及ぶ蜜柑殿、実に、憎たらしいやら天晴れやら……

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

笛智荘の仲間たち

ジャン・幸田
キャラ文芸
 田舎から都会に出てきた美優が不動産屋に紹介されてやってきたのは、通称「日本の九竜城」と呼ばれる怪しい雰囲気が漂うアパート笛智荘(ふえちそう)だった。そんな変なアパートに住む住民もまた不思議な人たちばかりだった。おかしな住民による非日常的な日常が今始まる!

白鬼

藤田 秋
キャラ文芸
 ホームレスになった少女、千真(ちさな)が野宿場所に選んだのは、とある寂れた神社。しかし、夜の神社には既に危険な先客が居座っていた。化け物に襲われた千真の前に現れたのは、神職の衣装を身に纏った白き鬼だった――。  普通の人間、普通じゃない人間、半分妖怪、生粋の妖怪、神様はみんなお友達?  田舎町の端っこで繰り広げられる、巫女さんと神主さんの(頭の)ユルいグダグダな魑魅魍魎ライフ、開幕!  草食系どころか最早キャベツ野郎×鈍感なアホの子。  少年は正体を隠し、少女を守る。そして、少女は当然のように正体に気付かない。  二人の主人公が織り成す、王道を走りたかったけど横道に逸れるなんちゃってあやかし奇譚。  コメディとシリアスの温度差にご注意を。  他サイト様でも掲載中です。

彩鬼万華鏡奇譚 天の足夜のきせきがたり

響 蒼華
キャラ文芸
元は令嬢だったあやめは、現在、女中としてある作家の家で働いていた。 紡ぐ文章は美しく、されど生活能力皆無な締め切り破りの問題児である玄鳥。 手のかかる雇い主の元の面倒見ながら忙しく過ごす日々、ある時あやめは一つの万華鏡を見つける。 持ち主を失ってから色を無くした、何も映さない万華鏡。 その日から、月の美しい夜に玄鳥は物語をあやめに聞かせるようになる。 彩の名を持つ鬼と人との不思議な恋物語、それが語られる度に万華鏡は色を取り戻していき……。 過去と現在とが触れあい絡めとりながら、全ては一つへと収束していく――。 ※時代設定的に、現代では女性蔑視や差別など不適切とされる表現等がありますが、差別や偏見を肯定する意図はありません。 イラスト:Suico 様

下宿屋 東風荘 5

浅井 ことは
キャラ文芸
☆.。.:*°☆.。.:*°☆.。.:*°☆.。.:*゜☆.。.:*゚☆ 下宿屋を営む天狐の養子となった雪翔。 車椅子生活を送りながらも、みんなに助けられながらリハビリを続け、少しだけ掴まりながら歩けるようにまでなった。 そんな雪翔と新しい下宿屋で再開した幼馴染の航平。 彼にも何かの能力が? そんな幼馴染に狐の養子になったことを気づかれ、一緒に狐の国に行くが、そこで思わぬハプニングが__ 雪翔にのんびり学生生活は戻ってくるのか!? ☆.。.:*°☆.。.:*°☆.。.:*°☆.。.:*☆.。.:*゚☆ イラストの無断使用は固くお断りさせて頂いております。

下宿屋 東風荘 3

浅井 ことは
キャラ文芸
※※※※※ 下宿屋を営み、趣味は料理と酒と言う変わり者の主。 毎日の夕餉を楽しみに下宿屋を営むも、千年祭の祭りで無事に鳥居を飛んだ冬弥。 そして雪翔を息子に迎えこれからの生活を夢見るも、天狐となった冬弥は修行でなかなか下宿に戻れず。 その間に息子の雪翔は高校生になりはしたが、離れていたために苦労している息子を助けることも出来ず、後悔ばかりしていたが、やっとの事で再会を果たし、新しく下宿屋を建て替えるが___ ※※※※※

魔法屋オカマジョ

猫屋ちゃき
キャラ文芸
ワケあって高校を休学中の香月は、遠縁の親戚にあたるエンジュというオカマ(本名:遠藤寿)に預けられることになった。 その目的は、魔女修行。 山奥のロッジで「魔法屋オカマジョ」を営むエンジュのもとで手伝いをしながら、香月は人間の温かさや優しさに触れていく。 けれど、香月が欲する魔法は、そんな温かさや優しさからはかけ離れたものだった… オカマの魔女と、おバカヤンキーと、アライグマとナス牛の使い魔と、傷心女子高生の、心温まる小さな魔法の物語。

覚醒呪伝-カクセイジュデン-

星来香文子
キャラ文芸
あの夏の日、空から落ちてきたのは人間の顔だった———— 見えてはいけないソレは、人間の姿を装った、怪異。ものの怪。妖怪。 祖母の死により、その右目にかけられた呪いが覚醒した時、少年は“呪受者”と呼ばれ、妖怪たちから追われる事となる。 呪いを解くには、千年前、先祖に呪いをかけた“呪掛者”を完全に滅するしか、方法はないらしい————

時守家の秘密

景綱
キャラ文芸
時守家には代々伝わる秘密があるらしい。 その秘密を知ることができるのは後継者ただひとり。 必ずしも親から子へ引き継がれるわけではない。能力ある者に引き継がれていく。 その引き継がれていく秘密とは、いったいなんなのか。 『時歪(ときひずみ)の時計』というものにどうやら時守家の秘密が隠されているらしいが……。 そこには物の怪の影もあるとかないとか。 謎多き時守家の行く末はいかに。 引き継ぐ者の名は、時守彰俊。霊感の強い者。 毒舌付喪神と二重人格の座敷童子猫も。 *エブリスタで書いたいくつかの短編を改稿して連作短編としたものです。 (座敷童子猫が登場するのですが、このキャラをエブリスタで投稿した時と変えています。基本的な内容は変わりありませんが結構加筆修正していますのでよろしくお願いします) お楽しみください。

処理中です...