柑橘家若様の事件帖

鋼雅 暁

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◆第八記録◆ 記録者……仔細不明

其之弐

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「お初にお目にかかる。それがし、奥州は伊達輝宗が嫡男藤次郎政宗にござる」
 目を輝かせた政宗が元気よく挨拶をした。ぎょっとしたのは、大人たちだ。
「おお、そなたが政宗か。存じておるぞ。して、そっちの槍使いは真田家の子かな?」
「はっ。真田源次郎幸村にございまする」
 こちらも、全く畏れた様子はない。
「そうであったか。兄と父は息災か?」
「はい。恐れながら、晩白柚殿は伊達家や我が家と交流が……?」
「昔はあったゆえ、その方らがこの世に生れ落ちた頃から色々と聞いておる。噂に違わず、良き若者に育ったな」
 よく解らないなりにも、褒められたのが嬉しかったのだろう。政宗と幸村は、ありがとうござりまする、と声を揃えた。
 満足そうにそれを見ながら、すたすたと勝手に座敷を横切る晩白柚に人々の目は釘付けになった。
 だが当の本人はそんな視線をものともせず、柑橘家当主と奥方、姫君に挨拶をしている。それがまた傲岸不遜を絵に描いたようであり、一体誰がこの城の主なのかわからない。

 いや、その挙措よりも、珍奇な装束に人々の目は奪われていた。

 大きな羽の付いたつばの広い帽子を小脇に抱え、首から下をすっぽりと覆っているのは豪華な装飾の施された布である。
 袴も草鞋も、何もかもが見慣れない形と色だ。
 奇妙な装束といえば前田慶次郎と柑橘蜜柑も奇妙だが、晩白柚なる人物の隣にたてば「真っ当な格好」に見えてしまう。

「色使いといい、意匠といい、あれは全身、南蛮渡来の物じゃねぇか……?」
 好奇心丸出しの政宗が隣の席の幸村に呟き、同じく瞳を輝かせた幸村が政宗に、
「あの御仁が腰に下げているのは、わが国では見かけぬ類の短筒でござるな」
「うっわ、撃ってみてぇ」
 政宗が弾んだ声をあげれば、幸村が賛同の声をあげる。
 では頼んでみますか、と腰をあげた幸村に、前田慶次郎が飛びついた。珍しく真面目な顔になっている。
「まてっ、馬鹿、下手に動いちゃ駄目だ!」
 なぜ、と二人が同時に問う。
「あのお方は晩白柚なんて名前じゃなくて……」
 慶次郎が男の本当の名を告げようとしたとき、当の男がゆっくりと広間を歩きはじめた。ぎくりとした慶次郎が、口を噤む。
 男は、ぐるっと一同の顔を眺めた。
 楽しそうであり、値踏みするようであり、感情が読めない表情である。

「ふむ。懐かしき顔が、並んでおるな」

 晩白柚は、杯を持ち上げたまま固まっている壮年の男たちにするすると近づいた。
「猿!」
「はっ!」
「年を重ねてますます猿に似てきたな。息災か?」
「……ど、どうして……あのとき……どうやって……そんなばかな……」
「猿!」
「ははっ」
「その方の疑問には後ほどこたえてやる。それまで黙って待っておれ」
 ははーっ、と思わず猿……こと、羽柴秀吉がその場に平伏した。やはり驚いたのは、政宗たちだ。いつも上座でふんぞり返っているえらそうな男が、あっさりと平伏したのだ。

 それらを苦笑交じりに眺めた晩白柚は、その隣で硬直している恰幅の良い男にゆっくり目を向けた。
「久しいな、竹千代」
「はい、はい……」
「そなたが幸福そうで何よりじゃ。竹千代は幼き頃より苦労ばかりしておるゆえなぁ……」
 たちまち目のふちを真っ赤にした竹千代こと徳川家康は、晩白柚の白い手をぐっと握って震える声を絞り出した。
「よくぞ……よくぞ、御無事で……お会いしたいと思って……」
「これはいかぬ。竹千代の泣き虫は治っておらぬ」
「申し訳ござりませぬ!」
 家康の斜め後ろから、本多忠勝がそっと手拭を差し出した。それで乱暴に目元を拭った家康は、姿形を確かめるかのように晩白柚の手や腕を握った。
「……この竹千代、心のどこかで御無事を信じておりました」
「ほう、その根拠は?」
「あのとき……御遺体がでたとも首がでたとも聞いておりませぬ。それよりなにより、あんな亡くなり方をするお方ではございませぬ」
 くっくっく、と笑った晩白柚は、竹千代の肩を叩いたあと、放心状態の秀吉の方をむいた。
「猿!」
「はっ!」
「先達ての疑問に答えようか。この晩白柚も、そちと同じくらいに瀬戸内海には詳しい」
「……は……?」
「その方、備中高松から山崎へ大移動した際、海路を使ったのであろう?」
 
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