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47.メイリーン

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「違うわ、リュートは私の大切な人よ。ちゃんとここにいるわ。気味が悪いだなんて、そんなこと二度と言わないで」

 本当に悲しいのはリュートであって、自分ではない。

 優しい彼は今までどんな思いで生きて来たのだろう。
 想像するだけで、ジゼルの胸は張り裂けんばかりに痛んだ。

 俯き、くすんと鼻を鳴らしたジゼルの髪を撫で、頭に顎を乗せたリュートは「困ったな」と小さく笑う。

「ユスシアに帰るのがつらいよ」
「……帰らないで」
「それは……」
「だって、そうでしょ? そんな酷い国に帰る必要ないわ。ずっとイブリスにいればいいのよ。ちゃんと話をすれば、お父様だってわかってくれるわ」

 ああ見えてジェイドは情に厚い男だ。
 事情を話せばきっと納得してくれる。だけどやっぱりリュートは頷くことはしなかった。

「そうはいかないよ。もうすぐ魔獣がたくさん湧く時期が来るんだ。それに、弟に何も言わず国を出るわけには……」

 言葉は途中で途切れ、表情を引き締めたリュートはジゼルの細い肩を抱き寄せた。
 庇うような仕草は嫌な予感を覚えさせる。

 すぐ側のルゥも警戒するように小さな声で唸っている。
 リュートの目線の先を追えば、騎乗した人影が近づくのが見えた。

 ここには誰も来ないはずなのに。
 彼の境遇があまりにも衝撃で、周りの音など気づかなかった。

 こちらの存在を確認した彼女は馬上からひらりと地に下りる。
 踊るような所作は洗練された優雅な身のこなしだった。

 輝く金の髪を優美に巻き、くるぶしまである青いロングドレスは魅惑的な体のラインを浮きだたせている。
 深いスリットから大胆に覗く、しなやかで輝くような白い右脚が目を引いた。

 ジゼルと同じ年齢ほどの美しい女性だが、嫌悪の滲む青い瞳は射るようにこちらを凝視している。

「やっぱり、ここでしたのね」
「メイ……。なんでここに……」
「昔、お兄様がこの辺りに迷い込んだことを思い出しましたの。わたくしは早く戻るように言いましたわ。まさかお忘れになって?」
「お兄、様……?」

 金の髪と青い瞳はリュートと同じ色彩だった。
 ただ柔らかな雰囲気の彼とは違って、彼女からはピリピリとした嫌な気配を感じる。

 あまり似ていないように思えるのはそのせいだろう。
 疑問を浮かべながら見上げたジゼルに気付き、リュートは小さく頷いた。

「僕の妹、メイリーンだ」

 肯定するリュートの顔色はどことなく悪い。
 メイリーンから隠すように前に出たリュートだが、ジゼルは後ろから顔を出して妹を伺い見る。

 彼女の目が先ほどより苛立ちを増しているのは、おそらく気のせいではないはずだ。
 小さく唸るルゥの頭を撫で、じっと観察するジゼルを見たメイリーンは憎々し気な表情を隠しもしない。

 彼女は強くリュートを睨みつけている。
 涼し気な青い色なのに、憎悪に滾る瞳はまるで燃え盛る炎のようだった。

 気を取り直すよう、メイリーンは持っていた細く豪奢な扇子を開く。
 しかし顔の半分を覆い隠した彼女の両目には、変わらず嫌悪の色が濃く浮かんでいる。

「お兄様、魔族になどわたくしの名を明かさないで。本当に穢らわしい赤い髪、赤い瞳……なんて不吉なの。初めて見ましたけど、魔族ってどこまでも気味が悪いわ」
「なんですって? 口の利き方には気をつけなさい」

 自己肯定感と共にジゼルのプライドは高い。
 平和主義ではあるけれど、明らかに敵意を持つ侮蔑の言葉は到底許せなかった。

 だけど前に踏み出そうとするジゼルをリュートは手で制す。
 不満を口に出す前に視線で念を押されてしまったので、面白くはないけど素直に従うことにする。

「メイ。彼女は……、傷を負った僕を助けてくれた人だ」

「助け? ふふ、お兄様には無用のものですのに。いくら傷を負っても、ほんの数日で完治してしまうんですもの。同じ血の色をした人間とは思えませんわ」

 くすくす笑うメイリーンの声も顔も、リュートへの嘲りしか感じられない。
 こみ上げる怒りにジゼルの瞳がより赤く染まった。
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