40 / 81
40.降り注ぐ雨
しおりを挟む
剣戟は全て見切っていたリュートだが、やはり炎を避け切ることは出来なかった。
直撃は免れていても、掠める火が彼の髪や衣服を焦がし、皮膚を燻る。
「なんだよ、また避けやがった。どういうスタミナしてんだ」
「リュート!」
見たところ大きな傷は見当たらない。
それでもジェイドの魔力をよく知るジゼルは冷静ではいられなかった。
イブリス最強を誇るジェイドの魔法を受け続けて無事で済むことなどありえない。
それに自国の兵士とは違い、リュートの傷は一瞬で直すことは出来ない。
驚異的な回復能力は知っているけど、相手はジゼルが唯一敵わないあのジェイドなのだ。
観衆は再び湧き上がり、炎を纏うジェイドは不敵に笑う。
大鎌は既に手放されている。ここからは魔法での応戦だ。
さっきまで無に等しかったリュートの表情が僅かに強張っているように見えた。
「お父様! ユスシアには魔法なんかないのよ!」
「わかってるって、死なん程度に抑えてるから安心しろ、それよりよく見……」
一瞬、娘を振り返ったジェイドの表情がぴたりと固まる。
それはニアもジゼルも同じで、場は瞬時にしんと静まり返った。
なぜなら淡い光を宿した青い刃が、背後からぴたりとジェイドの首に押し当てられたからだ。
「僕の勝ちです」
抑揚のない声は決して大きくないのに、静寂が満たす会場ゆえか驚くほどよく通る。
リュートは一度、ジェイドから距離を取ったはずだ。
刹那の間に詰めることなど予想もしていなかった。しかしジェイドの上がる口角は余裕を滲ませている。
「それはどうかな」
腕に纏っていた炎はとぐろを巻き、勢いを増して真後ろのリュートへ牙を剥いた。
炎の大蛇を躱すためリュートは再度後方へ飛び距離を取る。
その跳躍もまた人間離れしたものだったが、それでも巨大な火は風に煽られ更に大きく膨れ上がっていく。
凄まじい熱風は間近にいるジゼルの肌すら焦がしてしまいそうだ。
これでは「死なない程度」とはどんな状態を指しているのか、ジゼルには推し量ることが出来なかった。
「リュート!」
頭で考えるより先に体が動いた。
舞台に駆け上がったジゼルを認識したリュートの顔が驚愕に歪む。
炎に飲みこまれようとしているリュートは目を見開いて必死に何かを叫んでいたが、それに構う暇などなかった。
飛びついたジゼルは彼を全力で抱きしめ、最大限の魔力で自らを保護する。
ジェイドは炎の魔法を好んで使用するが、ジゼルが得意とするのは水と雷。
特に、癒しと直結する水魔法との相性は生まれながらに最高だ。
とにかく無我夢中だったためコントロールなど一切出来なかった。
(絶対に守ってみせる!)
空気中で生成された大量の水はジェイドの炎を消すどころか大粒のスコールとなって会場に降り注ぐ。
もはや痛いほどの激しい雨。
強く抱き返すリュートの腕は大きな音を立てて降り注ぐ粒から守るようで、高い体温が泣きたくなるほど心を安堵させてくれる。
呆気にとられる人々は成す術もなく、みな水浸しになってしまった。
荒ぶる豪雨はほんの数分で止み、ジゼルを庇うように抱いていた腕が緩む。
くっついていた体が少し離れ、なんとなくリュートを見れば、彼は青い空を見上げながらぽかんと口を開けている。
同じように上を見ると、気付いたリュートはジゼルの赤い目を覗き込んだ。
剣を持つ彼の目は氷のように冷たかったのに、今はいつも通り澄んだ空の色を湛えている。
数秒見つめ合ったあと、肩を震わせたリュートは突然屈託なく笑い出した。
「すごいね。ずぶ濡れだ」
金の髪から水滴がぽたぽたと滴り落ちて、きらりと太陽の光を反射する。
健康的な色をした肌には細かな傷や赤く腫れている箇所があるし、毛先もシャツも焦げたまま。
だけど大きな火傷はなく、何より目の前で困ったように笑う彼は無事に生きている。
直撃は免れていても、掠める火が彼の髪や衣服を焦がし、皮膚を燻る。
「なんだよ、また避けやがった。どういうスタミナしてんだ」
「リュート!」
見たところ大きな傷は見当たらない。
それでもジェイドの魔力をよく知るジゼルは冷静ではいられなかった。
イブリス最強を誇るジェイドの魔法を受け続けて無事で済むことなどありえない。
それに自国の兵士とは違い、リュートの傷は一瞬で直すことは出来ない。
驚異的な回復能力は知っているけど、相手はジゼルが唯一敵わないあのジェイドなのだ。
観衆は再び湧き上がり、炎を纏うジェイドは不敵に笑う。
大鎌は既に手放されている。ここからは魔法での応戦だ。
さっきまで無に等しかったリュートの表情が僅かに強張っているように見えた。
「お父様! ユスシアには魔法なんかないのよ!」
「わかってるって、死なん程度に抑えてるから安心しろ、それよりよく見……」
一瞬、娘を振り返ったジェイドの表情がぴたりと固まる。
それはニアもジゼルも同じで、場は瞬時にしんと静まり返った。
なぜなら淡い光を宿した青い刃が、背後からぴたりとジェイドの首に押し当てられたからだ。
「僕の勝ちです」
抑揚のない声は決して大きくないのに、静寂が満たす会場ゆえか驚くほどよく通る。
リュートは一度、ジェイドから距離を取ったはずだ。
刹那の間に詰めることなど予想もしていなかった。しかしジェイドの上がる口角は余裕を滲ませている。
「それはどうかな」
腕に纏っていた炎はとぐろを巻き、勢いを増して真後ろのリュートへ牙を剥いた。
炎の大蛇を躱すためリュートは再度後方へ飛び距離を取る。
その跳躍もまた人間離れしたものだったが、それでも巨大な火は風に煽られ更に大きく膨れ上がっていく。
凄まじい熱風は間近にいるジゼルの肌すら焦がしてしまいそうだ。
これでは「死なない程度」とはどんな状態を指しているのか、ジゼルには推し量ることが出来なかった。
「リュート!」
頭で考えるより先に体が動いた。
舞台に駆け上がったジゼルを認識したリュートの顔が驚愕に歪む。
炎に飲みこまれようとしているリュートは目を見開いて必死に何かを叫んでいたが、それに構う暇などなかった。
飛びついたジゼルは彼を全力で抱きしめ、最大限の魔力で自らを保護する。
ジェイドは炎の魔法を好んで使用するが、ジゼルが得意とするのは水と雷。
特に、癒しと直結する水魔法との相性は生まれながらに最高だ。
とにかく無我夢中だったためコントロールなど一切出来なかった。
(絶対に守ってみせる!)
空気中で生成された大量の水はジェイドの炎を消すどころか大粒のスコールとなって会場に降り注ぐ。
もはや痛いほどの激しい雨。
強く抱き返すリュートの腕は大きな音を立てて降り注ぐ粒から守るようで、高い体温が泣きたくなるほど心を安堵させてくれる。
呆気にとられる人々は成す術もなく、みな水浸しになってしまった。
荒ぶる豪雨はほんの数分で止み、ジゼルを庇うように抱いていた腕が緩む。
くっついていた体が少し離れ、なんとなくリュートを見れば、彼は青い空を見上げながらぽかんと口を開けている。
同じように上を見ると、気付いたリュートはジゼルの赤い目を覗き込んだ。
剣を持つ彼の目は氷のように冷たかったのに、今はいつも通り澄んだ空の色を湛えている。
数秒見つめ合ったあと、肩を震わせたリュートは突然屈託なく笑い出した。
「すごいね。ずぶ濡れだ」
金の髪から水滴がぽたぽたと滴り落ちて、きらりと太陽の光を反射する。
健康的な色をした肌には細かな傷や赤く腫れている箇所があるし、毛先もシャツも焦げたまま。
だけど大きな火傷はなく、何より目の前で困ったように笑う彼は無事に生きている。
0
お気に入りに追加
104
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~
一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、
快楽漬けの日々を過ごすことになる!
そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
宮廷魔導士は鎖で繋がれ溺愛される
こいなだ陽日
恋愛
宮廷魔導士のシュタルは、師匠であり副筆頭魔導士のレッドバーンに想いを寄せていた。とあることから二人は一線を越え、シュタルは求婚される。しかし、ある朝目覚めるとシュタルは鎖で繋がれており、自室に監禁されてしまい……!?
※本作はR18となっております。18歳未満のかたの閲覧はご遠慮ください
※ムーンライトノベルズ様に重複投稿しております
【完結】お義父様と義弟の溺愛が凄すぎる件
百合蝶
恋愛
お母様の再婚でロバーニ・サクチュアリ伯爵の義娘になったアリサ(8歳)。
そこには2歳年下のアレク(6歳)がいた。
いつもツンツンしていて、愛想が悪いが(実話・・・アリサをーーー。)
それに引き替え、ロバーニ義父様はとても、いや異常にアリサに構いたがる!
いいんだけど触りすぎ。
お母様も呆れからの憎しみも・・・
溺愛義父様とツンツンアレクに愛されるアリサ。
デビュタントからアリサを気になる、アイザック殿下が現れーーーーー。
アリサはの気持ちは・・・。
【R-18】悪役令嬢ですが、罠に嵌まって張型つき木馬に跨がる事になりました!
臣桜
恋愛
悪役令嬢エトラは、王女と聖女とお茶会をしたあと、真っ白な空間にいた。
そこには張型のついた木馬があり『ご自由に跨がってください。絶頂すれば元の世界に戻れます』の文字が……。
※ムーンライトノベルズ様にも重複投稿しています
※表紙はニジジャーニーで生成しました
【R-18】年下国王の異常な執愛~義母は義息子に啼かされる~【挿絵付】
臣桜
恋愛
『ガーランドの翠玉』、『妖精の紡いだ銀糸』……数々の美辞麗句が当てはまる17歳のリディアは、国王ブライアンに見初められ側室となった。しかし間もなくブライアンは崩御し、息子であるオーガストが成人して即位する事になった。17歳にして10歳の息子を持ったリディアは、戸惑いつつも宰相の力を借りオーガストを育てる。やがて11年後、21歳になり成人したオーガストは国王となるなり、28歳のリディアを妻に求めて……!?
※毎日更新予定です
※血の繋がりは一切ありませんが、義息子×義母という特殊な関係ですので地雷っぽい方はお気をつけください
※ムーンライトノベルズ様にも同時連載しています
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
【R18】カッコウは夜、羽ばたく 〜従姉と従弟の托卵秘事〜
船橋ひろみ
恋愛
【エロシーンには※印がついています】
お急ぎの方や濃厚なエロシーンが見たい方はタイトルに「※」がついている話をどうぞ。読者の皆様のお気に入りのお楽しみシーンを見つけてくださいね。
表紙、挿絵はAIイラストをベースに私が加工しています。著作権は私に帰属します。
【ストーリー】
見覚えのあるレインコート。鎌ヶ谷翔太の胸が高鳴る。
会社を半休で抜け出した平日午後。雨がそぼ降る駅で待ち合わせたのは、従姉の人妻、藤沢あかねだった。
手をつないで歩きだす二人には、翔太は恋人と、あかねは夫との、それぞれ愛の暮らしと違う『もう一つの愛の暮らし』がある。
親族同士の結ばれないが離れがたい、二人だけのひそやかな関係。そして、会うたびにさらけだす『むき出しの欲望』は、お互いをますます離れがたくする。
いつまで二人だけの関係を続けられるか、という不安と、従姉への抑えきれない愛情を抱えながら、翔太はあかねを抱き寄せる……
托卵人妻と従弟の青年の、抜け出すことができない愛の関係を描いた物語。
◆登場人物
・ 鎌ヶ谷翔太(26) パルサーソリューションズ勤務の営業マン
・ 藤沢あかね(29) 三和ケミカル勤務の経営企画員
・ 八幡栞 (28) パルサーソリューションズ勤務の業務管理部員。翔太の彼女
・ 藤沢茂 (34) シャインメディカル医療機器勤務の経理マン。あかねの夫。
前世変態学生が転生し美麗令嬢に~4人の王族兄弟に淫乱メス化させられる
KUMA
恋愛
変態学生の立花律は交通事故にあい気付くと幼女になっていた。
城からは逃げ出せず次々と自分の事が好きだと言う王太子と王子達の4人兄弟に襲われ続け次第に男だった律は女の子の快感にはまる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる