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26.初めてのキスは鉄の味

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「好きな人に会いにくるのに理由なんかいらないわ」

 ぽつりと呟いた声は思っていたよりも小さく、頼りなく響く。
 反応のないリュートをちらりと見上げれば彼は困った顔のままで眉尻を下げていた。

「えっと、ありがとう……。嬉しいよ」
「真面目に聞いて。私はあなたが好き。出会った日からずっと好きなの。本当は、ユスシアに戻ってほしくないのよ」

 そう願うのはきっといけないことだ。
 彼の帰りを待っている人はたくさんいて、王子という役割を果たすことがリュートに与えらえた使命なのだから。  
 
 本能のままに抱き締めてくれない腕は、それを裏付けるようだ。

「ジゼル……、ごめん。本当に嬉しいんだ。僕の気持ちは初めて会った日からずっと変わらない。好きだよ、いや、愛してる。でも国に帰ればもう二度とイブリスには戻れない。だから……」
「だから諦めろと言うの? 嫌よ。リュートが来られないのなら、私が会いに行くわ」
「それはダメだよ」
「どうして? 話せばきっとわかってくれるわ」

 拒絶の言葉はやっぱり今回も揺るぎない。
 しかしユスシアの王は彼の弟になる。
 魔族に対する偏見はあるみたいだが、穏やかで優しいリュートの兄弟であればきっと話し合える。

 だってリュートは弟に絶対の信頼を寄せていると言っていた。
 イブリスで愛されて育ったジゼルは安穏とした温かな世界しか知らない。

 彼女の想像するユスシアはこちらとそう変わりのない平和な国だ。
 しかしリュートは頑なに首を縦には振らないでいる。

「リュートは、もう二度と会えなくてもいいの? 私と離れても平気なの? 私は嫌よ。それに、好きって言ったのはリュートでしょ? ユスシアの女になんか、絶対にあげないわ!」

 なかば叫んだジゼルは背伸びをし、驚くリュートの襟を引き寄せた。
 くちびるが接触したのは一瞬。
 ガチっと音がして目の前に火花が散ったような衝撃だった。

 初めてのキスはロマンチックの欠片もなく、勢いよくぶつかったおかげで痛みすらある。
 ファーストキスはもっとキラキラしたものと思っていたのに。

 悔しさと恥ずかしさ、あとは痛みも相まって、じわじわと視界がにじんでいく。
 あふれる涙がこぼれないよう、ジゼルは一度ぐっとくちびるを引き結んだ。

「そんなにダメなら、あなたが必ず会いに来て。来てくれないと押しかけて行っちゃうんだから。私は欲しいものは手に入れる主義なのよ」

 近くにあるリュートの目は丸く開かれていて、くちびるには赤い血がうっすら滲んでいる。
 さっき感じた痛みを思うと、おそらく歯をぶつけたに違いない。

 屈んだまま呆然としている彼に背伸びをして再度近付く。
 今度はそっとくちびるを舐めれば、じわりと舌に鉄の味が広がった。

「お願い、私を忘れられなくなって。他の事なんか考えられないくらい夢中になってほしいの」

 至近距離で囁く声はあまりにも小さい。
 きゅっとシャツを握る細い指に力が入って、緊張で鼓動がおかしいほど体内に響く。

 それでもリュートは何も言わない。不安になったジゼルはちらりと青の瞳を見上げた。
 澄んだ鮮やかな空を思わせる深い天色。ただ見つめる瞳は明らかに戸惑っている。
 つんと鼻が痛いのは情けなくて悲しくて、やるせないから。

「国の問題はあるけど、言葉が通じるんだもの。きっとわかり合えるわ。それとも、私と恋人になるのは嫌? やっぱりリュートは何を考えているのか、わから……」

 心細い声は合わさったくちびるで遮られてしまった。
 さっきぶつけたキスは勢いだけはあったけど、単純に重なっただけだった。

 なのに今は何度も合わせて、食むように啄まれる。
 くちびるを挟まれるだけなのに段々と息が上がって、勝手に艶めかしい吐息があふれ出た。

 鼻にかかった自分の高い声がやけに甘ったるく聞こえる。
 指だけはキツく白のシャツを握りしめているけど、頭はふわふわして足元には力が入らない。

 掠めるリュートの吐息が余計に甘い快感を呼び起こしていく。
 密着する体温も、抱きしめる腕も心地良くて、何もかも蕩けて自我がなくなってしまいそうだ。

 このままずっとこうしてたい。そう思えるほど甘美なキスは突然終わりを告げた。
 不満なジゼルがとろんと蕩けた目をリュートに向けると、じっと眺める青の瞳は思っていた以上に熱を帯びている。
 不服を訴えるつもりだったのに、予想以上の熱量を前に言葉を紡ぐことは出来なかった。
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