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15.僕は平気だから

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「俺が誰にでも解けるような甘い魔法を使うわけないだろ。そう慌てるなって。イブリスの者に危害を加えないこと、嘘を吐かないこと。この二点を守れば何も心配することはない。簡単だろ?」
「なんだ、そんなことか……。もちろんです。初めからそのつもりでしたから」

 へにゃりと笑うリュートからは恐怖心など微塵も感じられない。
 たしかにそれくらいなら心配するほどでもないだろう。
 疑り深いジェイドがリュートの答えに頷いたのは、かけたばかりの魔法が作動しなかったからだ。

 リュートの腕を強く掴んでいたジゼルの手からも力が抜ける。それなら危険は薄そうだ。
 表情を緩める娘を眺めたジェイドは口角を上げ、リュートの腕に浮かぶ刻印をツンと指で突いた。

「ただし、どちらかを破れば右腕とはさよならだ。利き腕が大事なら大人しくしていることだな。魔法が効きにくい体質らしいが、物理的に離してしまえばどうにもできないだろ」

 どうやら仕草や動きから利き腕を見抜いていたらしい。ごく軽い口調で笑うジェイドはやはり性格が悪い。ジゼルは改めて再認識した。
 確かに父の立場を思うと、無条件でユスシアの者を滞在させるわけにはいかないこともよくわかる。

 それでも無断で契約の枷を与えるのは横暴だ。イブリスでは主に罪人にかけられるものだからだ。
 文句のひとつも言いたくなるのもまた、仕方のないことだった。
 だけど不服なジゼルの表情に、やり取りを眺めていたニアは首を傾げている。

「命まで取るわけじゃありませんし、当然のことではないでしょうか」
「そうだけど……」
「僕もそう思うよ。寛大な処遇感謝いたします。腕の一本くらいどうってことないけど、期待を裏切るようなことは絶対にしないと約束します」

 平然と言い放つリュートの口調は穏やかで、その内容も落ち着きようも、ジゼルには理解が出来なかった。
 どうってことないなんて、そんなわけないのに。

 それにジェイドの言う「さよなら」とは、もちろん腕が消えるわけではないのだ。
 魔法式を読んだジゼルは万が一を思うと穏やかではいられなかった。
 刻印が刃となり切断されるよう書かれているからだ。

 大量の血は流れ出るし、のたうち回るほどの痛みが伴うはずだ。
 すぐに手当てをしないと危険なことには変わりない。

 咄嗟に反論しようとしたジゼルを遮るよう、ジェイドがぽんと軽くリュートの肩を叩く。

「じゃあ今日はゆっくり過ごすといい。その刻印があればジゼルに護衛も必要ないだろ。ほら、お前も行くぞ」
「ですが……」
「気を利かせろつってんの。邪魔者は退散退散」

 ニアは納得いかない顔をしているが、王に逆らうことは出来ない。
 彼女は一度ジゼルに不服そうな目を向けてから、背を押すジェイドの手に渋々と従った。
 咄嗟に呼び止めようとしたジゼルの額を、父は再び軽く突く。

「お前の王子様が冷静でよかったな。歯向かってきたら問答無用で追い出すつもりだったのによ。寛大な父に感謝しろよ、バカ娘」

 そう言い、ニアとルゥの背を押しながらさっさと退室してしまった。
 客室には二人だけが取り残される。分厚い木の扉が閉まる音は静かなはずなのに、今日はやたらと大きく聞こえた。

 どうしても刻印が気になるジゼルは、つい彼の腕に視線が向かう。
 だけどリュートは変わらずのんびりした表情で「大丈夫」と口を開いた。

「何があっても僕は平気だから。そうだな……、実際見てもらう方が早い。ジゼル、もう一度癒しの魔法をお願いしてもいいかな?」
「え、うん……」

 お願いなんてされなくても、元々そのつもりだった。
 素直に頷けばリュートは当然のようにシャツのボタンを外し始める。
 ぎょっと目を開いたジゼルに気付いた彼は指を止めないまま、また気の抜ける笑顔を見せた。

「ああ、ごめん。傷口が見えたほうがいいと思って」
「あ、あー……、うん、えっと、そうね」

 昨日の痛々しい傷口を見せるには、白いシャツがどうしても邪魔になる。
 それでも目のやり場に困り、ジゼルは視線を部屋の隅へ彷徨わせた。

 なんせジェイド以外の男の肌など目にしたことがない。それも幼い頃だけだ。
 そわそわする気持ちが抑えきれず、無意識にワンピースを握りしめていた。

「ジゼル?」

 不思議そうに名を呼ばれて視線を戻せば、ベッドに腰掛けたリュートがきょとんと下から覗き込んでいる。
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