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11.夢じゃなかったんだ

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 生まれた時からずっと一緒にいるニアはジゼルより四つ上で、明るく飾らない性格の彼女とはとても気が合う。

 身の回りの世話をしてくれてはいるが、姉のような存在だ。
 魔力も高く、護衛としても優秀な彼女は先ほどから、隣の寝室で眠るリュートの様子を定期的に伺っていた。

「すぐに行くわ」

 逸る気持ちで立ち上がるジゼルに続き、ジェイドも寝室へと足を進める。
 ツインテールをひらりと揺らすジゼルの軽い足取りと、紅潮する頬は隠せない。
 さっき父にした反発など何の意味もなさないだろう。

 しかし伸ばしたジゼルの指より先に、ジェイドが扉へ手を掛けた。
 つい見上げた先にある赤い瞳はピリッとした警戒を含んでおり、自分の無防備さに少し恥じ入ってしまった。

 リュートはユスシアの人間だ。
 父がジゼルより先に部屋へ踏み入れたのも、彼に危惧の念を抱いているからだろう。
 ニアだってぴたりとジゼルを守るよう横に寄り添っている。

 この場で警戒心がないのはルゥだけのようだ。
 それでも魔獣は本能で危険を察知する生き物である。
 ご機嫌な足取りでベッドに寄るルゥを目にしたジェイドは少し驚いたようだが、瞳に浮かぶ警戒心は緩まなかった。

 部屋の中にはぼんやりしたリュートがいる。
 横たわったまま、ゆっくりこちらに瞳を向けた彼はまだはっきり覚醒していないようだ。

「リュー……」
「よお、気分はどうだ? 俺の国じゃ魔法で治癒することが一般的でな。お前の体を癒すには時間がかかりそうだ」
 
 ジゼルの言葉を遮ったジェイドはリュートに近付き、いつもの尊大な笑みで話しかける。
 名乗りこそしなかったが、強調するように言った「俺の国」という言葉と苛烈な赤を纏う容姿から、リュートも察したらしい。

 瞳に意志を取り戻した彼は寝台から急いで降りようとし、同じく慌てふためいたジゼルが急いで止めにかかった。  
 抵抗なくシーツに戻されたリュートは余程驚いているようだ。
 ぽかんと見つめる青い瞳にジゼルの姿が映っている。

「無理に動くとまた傷が開くから!」
「ジゼル……。夢じゃなかったんだ……」
「お願い、無理しないで。ここにはリュートの傷をすぐに癒す方法がないの」

 聞いたところによると、やはりジゼル以外の治癒師たちもリュートの傷を完全に癒すことは出来なかったらしい。
 魔法が存在しないユスシアではあんなに酷い怪我をどうやって治癒するのだろうか。
 ジゼルには想像もつかないことだ。

 治癒魔法には自信があるだけに、彼の傷を完全に癒せない自分が情けなかった。
 歯がゆいジゼルは珊瑚のような赤いくちびるを噛み締める。

 それでも昨日より遥かにリュートの顔色は良く、瞳にもしっかりした生気が宿っている。
 思っていたよりずっと回復は進んだようで、ホッと安堵の息が漏れた。

「ありがとう、でも大丈夫だよ。僕は丈夫だから。こんなの寝てればすぐに治るよ」
「そんなの無茶よ。少しずつでも治癒魔法をかけるから、せめて歩けるようになるまで毎日続けるわ」

 効きは悪くとも魔力が浸透するのは昨日で確信済みだ。
 毎日継続すればきっと完治できる。
 
 しかし、青の右目を見つめながら懇願するジゼルに緩く微笑んだリュートは首を振る。

「もう帰らないと。僕にはやるべきことがあるんだ」

 それは昨日、彼が言った魔獣が原因だろうか。
 イブリスにも危険な魔獣は出現する。
 だが魔法を操る兵士たちにとってそれほど脅威のものではない。

 ユスシアでは厄介な存在かもしれないが、それならなおさらリュート一人に任されているわけなどないはずだ。

「魔獣がいるから? でも他にも戦える人はたくさんいるのでしょ? 無茶をすれば次は……」

 まだ癒えていない内側の傷口は無情に開き、間違いなく死に至る。そんなことを言葉に出したくはなかった。
 途中で口をつぐみ、視線を逸らしたジゼルの肩にぎこちない手が触れる。

 もう一度顔を見ると、彼は困ったように目を細めていた。
 こんなに優しく愛しそうな瞳をジゼルは他に知らない。

 染まる頬は熱を持ったようだ。
 何か言いたそうなリュートが口を開こうとしたその時、後ろから呆れたような声が聞こえた。

「まだ俺の話が途中なんだけどな」

 思わず振り向けば、父が引きつった顔で笑っている。
 一瞬にして存在を忘れていた。気まずいジゼルが言い訳を述べる前に、半身を起こしたリュートが姿勢を正した。
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