上 下
10 / 81

10.ジェイド

しおりを挟む
 途方に暮れた結果、ルゥの背に乗せた彼と共にこの城へと戻ってきたのは昨日のことだ。

 リュートが落ちないよう魔法で固定したため、城へ戻る頃には回復した魔力もほぼ限界を迎えていた。
 ぐったりしたジゼルと、意識のない異国の青年を目にした門番はこちらが申し訳なくなるほど青くなっていた。

 同じく大慌ての侍女に迎えられ、とにかくリュートを丁重に扱うよう訴えることしか出来ず、ジゼルは気を失うように眠ってしまった。

 本来なら、昨日のうちに父へ報告すべきだった内容を朝一番に話したわけだが、時間を置いた今になって、とんでもないことをしてしまった自覚が押し寄せる。

 だからと言って、あのまま怪我人を放置しておくなど出来るわけがなかった。
 娘の話を一通り聞いたあと、襟足の長い紅の髪を掻き上げたジェイドはわざとらしくも大きなため息を吐く。

 吊り上がり気味の目は同じだがジゼルの愛らしい雰囲気とは違って、その眼差しは鋭く、思わず従いたくなる印象を与えるものだ。

 どちらかと言えばジゼルは母によく似ている。
 母が亡くなったのはとても幼い頃なのでよく憶えていないけれど、優しくて良い香りのする人だったと思う。

 流行り病で帰らぬ人となってしまった妃を深く愛していた父は、世界の終わりのように落胆したそうだが、愛する妻から託された娘が支えになったらしい。
 自由奔放だけど魔力が強く、意外と人情家な父を尊敬しているし、その跡を継ぐことだって誇りのあることだ。

 言うまでもなくジゼルはイブリスを支え、導き、守る立場にある。
 そんな自分が規則を破ってしまったのだから、言い訳のしようなど欠片もなかった。

「何度も言ってるように、俺はお前には幸せになってほしい。好きな奴と一緒になるのが一番だ。でもな、よりによってユスシアの男なんか連れ込みやがって……」
「だからそういうつもりじゃないわ! 怪我人を放っておくわけにもいかないでしょ」

 ただでさえよろしくないこの状況で素直に認める事も出来ず、思わず身を乗り出したジゼルの額がピンと弾かれる。
 額に手をやり非難の目を向けても、やはりジェイドのジト目は寸分たりとも変わらなかった。
 むしろ更に呆れが増している気がする。

「俺を甘く見るなよ。昨日のお前の錯乱ぶりを見たら一瞬で察するわ。ただでさえ厄介なのに、こいつが王子だとか、はたまた罪人だとか、なんか訳ありの奴だったらどうすんだよ。早く帰しちまえ」
「まさか! すごく優しい人だったもの。罪人なんてとんでもないわ。きっと兵士よ。だって王族なら側に誰かいるはずよ」

 国に問題が起きれば真っ先に駆け付けるジェイドにだって、数人の兵士が共をする。

 圧倒的な魔力を誇るジェイドは「一人のほうが気が楽」と不満を漏らしてはいるが、護衛というよりは万が一にも王がどこかで行方不明になることを危惧してものだ。

 事情は異なるかもしれないが他国とて、きっと王族を一人で危険な地へは行かせないだろう。
 しかしジェイドは納得出来ないようだった。

「兵士ねえ……。それにしては軽装だと思わねえか? 魔法であれやこれやを強化できる俺らとは違って、ユスシアの奴らはクソ重い鎧やらを着込むんだと思ってたけどな」

 たしかに昔の文献にはそんなことが書かれてあったことを思い出し、今更ながらジゼルも首を傾げる。頑丈な金属で体を守っていればあんなに酷い傷など負わないはずだ。

「そうね……。そういえばどうしてなのかしら……」 
「間違いなく訳ありだろ。あー、娘の趣味が悪すぎて俺がかわいそう……」
「だから違うってば!」
「お二人とも、妄想するより本人に聞いたらどうです?」

 言い合う父娘の後ろから、呑気な声が掛けられた。
 ジゼルの足元でぴくりと顔を上げたルゥの耳がピンと立てられ、しっぽがふさりと動く。

「待ち人がお目覚めですよ」

 予想外の報告に驚いたジゼルが振り返ると、侍女のニアが赤橙の瞳を楽しそうに細めていた。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

宮廷魔導士は鎖で繋がれ溺愛される

こいなだ陽日
恋愛
宮廷魔導士のシュタルは、師匠であり副筆頭魔導士のレッドバーンに想いを寄せていた。とあることから二人は一線を越え、シュタルは求婚される。しかし、ある朝目覚めるとシュタルは鎖で繋がれており、自室に監禁されてしまい……!? ※本作はR18となっております。18歳未満のかたの閲覧はご遠慮ください ※ムーンライトノベルズ様に重複投稿しております

初めてのパーティプレイで魔導師様と修道士様に昼も夜も教え込まれる話

トリイチ
恋愛
新人魔法使いのエルフ娘、ミア。冒険者が集まる酒場で出会った魔導師ライデットと修道士ゼノスのパーティに誘われ加入することに。 ベテランのふたりに付いていくだけで精いっぱいのミアだったが、夜宿屋で高額の報酬を貰い喜びつつも戸惑う。 自分にはふたりに何のメリットなくも恩も返せてないと。 そんな時ゼノスから告げられる。 「…あるよ。ミアちゃんが俺たちに出来ること――」 pixiv、ムーンライトノベルズ、Fantia(続編有)にも投稿しております。 【https://fantia.jp/fanclubs/501495】

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

【完結】お義父様と義弟の溺愛が凄すぎる件

百合蝶
恋愛
お母様の再婚でロバーニ・サクチュアリ伯爵の義娘になったアリサ(8歳)。 そこには2歳年下のアレク(6歳)がいた。 いつもツンツンしていて、愛想が悪いが(実話・・・アリサをーーー。) それに引き替え、ロバーニ義父様はとても、いや異常にアリサに構いたがる! いいんだけど触りすぎ。 お母様も呆れからの憎しみも・・・ 溺愛義父様とツンツンアレクに愛されるアリサ。 デビュタントからアリサを気になる、アイザック殿下が現れーーーーー。 アリサはの気持ちは・・・。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

慰み者の姫は新皇帝に溺愛される

苺野 あん
恋愛
小国の王女フォセットは、貢物として帝国の皇帝に差し出された。 皇帝は齢六十の老人で、十八歳になったばかりのフォセットは慰み者として弄ばれるはずだった。 ところが呼ばれた寝室にいたのは若き新皇帝で、フォセットは花嫁として迎えられることになる。 早速、二人の初夜が始まった。

処理中です...