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5.ルゥと青年

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 しかも頭の下に感じる、じわじわ染み渡るようなぬくもり。
 またもや数秒考え、ようやく意識が覚醒したジゼルは慌てて飛び起きた。

 そのせいでぶつかりそうになった顔を彼はひょいと軽く避ける。
 起き上がった勢いのまま、物理的な距離を置くジゼルに微笑みかける顔は少し困ったようで、邪気のない表情が警戒心を僅かに薄れさせた。

「大丈夫? 僕の膝で良ければ、まだ使ってくれて構わないよ。遠慮しないで」
「いやよ! 遠慮するわ! そもそも、なんで……。わ、私は何をしていたの……?」

 なぜ見知らぬ男の膝を枕にしながら熟睡していたのだろう。
 彼とは距離を開けていたはずなのに。

 まさか夢遊病のように膝枕を強要したのでは。
 それならば目の前の彼は被害者である。

「ああ……、僕が勝手にしたことだから、ごめん。君は何もしてないよ」

 羞恥で泣きそうなジゼルの疑問を察したらしい青年は、事の経緯を説明し始めた。
 意識を取り戻した彼が不思議に思い、辺りを見渡せば近くで眠るジゼルが目に入ったそうだ。

 死を予感していた体の傷が癒えて、近くには見慣れない髪の色をした女の子がいる。
 しばらく考え、イブリスの民は魔法という不思議な力を使うから、きっと彼女が癒してくれたに違いないという結論に達したらしい。

 それから近づいてしばらく様子を見ても、一向に目覚める気配がない。
 あまり良くない顔色も相まって心配になり、目覚めるまで側にいようと隣に腰掛けたところ、ジゼルが体重を預けてきたという。

「それで段々とずり落ちていったんだけど、寝心地が悪そうだったから。体をずらして膝枕にしたら、そのまま丸まって寝ちゃって。可愛かったなぁ。寒そうだったし勝手にマントを掛けさせてもらったんだ」
「そ、それは……どうも」

 そういえば布なんか持ってきていなかった。
 纏っている青の布地を良く見れば、やっぱり赤い血痕が点々と模様のように散っている。

 目覚めに感じた鉄のような匂いの原因の一つだと思われた。
 こんなものを貸さないでほしい。
 率直にそう思ったが目の前で無邪気に微笑んでいる彼からは、善意しか感じ取れなかった。

 顔に付着したままの血液といい、きっと気の回らない男なんだろう。
 というより、血まみれのままで穏やかな笑みを浮かべている彼は、怪我を見慣れない者なら全力で逃げ出す姿である。

(もしかして、平然と会話をしている私もおかしいのかもしれない……)

 こんな姿を侍女たちに目撃されようものなら、二人とも問答無用で浴室に放り込まれるに違いない。
 そんなことをぼんやり思ったジゼルは思わず乾いた笑いを浮かべてしまい、その表情を見た青年は小首をかしげた。

 おそらく少し年上だと予想するが、邪気のない表情は年下のようにも見える。
 ここは素直にありがとうと言うべきところなのかしら。
 ううん、眠る無防備な乙女へ勝手に近付いたことを非難するべきなのかしら。

 どちらを口にすべきか。迷うジゼルの隣にいたルゥが愛らしい鳴き声を出し、青年へと身を寄せた。
 大きくなってもルゥの性格は子供の頃と同じ、人懐っこいままだ。

「可愛い子だね。大きいからびっくりしたけど、大人しいんだね」

 そう言って眺める瞳は明らかに好奇心を含んでいて、そわそわと視線を彷徨わせた彼はおそるおそるジゼルに問う。

「あのさ、もしよければ……触ってもいい?」
「いいわよ」
「え、本当に? いいの?」

 ジゼルが不思議に思うほど、青年にとっては予想外の答えだったようだ。
 もちろんと頷いて見せると彼は大袈裟に目を輝かせる。

「大丈夫、噛んだりしないわ。ルゥは優しい、いい子なのよ」

 ルゥから寄っていったということは彼に好意や好奇心を抱いているのだろう。
 再度の許可を出すと、締まりのない笑顔を浮かべた青年は、そっと長い毛に触れる。

「ふわふわだ……。ルゥ……。そっか、僕はリュート。よろしく」

 ルゥの名を呟いた彼の声音はどこか安堵を含んでいるようで不思議だった。
 首を傾げて見上げてみても、嬉しそうな笑顔は先ほどと変わりないように思えた。
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