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2.もう会うこともないふたり

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 どうしてこの場所に? と思わなくもないが、もとよりジゼルはその強気な性格に反して平和主義だ。
 こんなところで自ら争いの種を撒く気はない。

 しばらく彼の様子を眺めたあと、おもむろに近寄り、傷だらけの顔にそっと触れた。
 驚いた少年が体を硬くしたほんの一瞬。
 顔も、全身にあった傷も嘘みたいに癒されていく。

 治癒魔法はジゼルが一番得意とするものだ。
 服はボロボロのままだが、そこまでしてやる必要はないだろう。

「な……。君は、魔族だろ……? どうして……」

 みるみる消えていく傷をじっと眺める彼は、瞬きすら忘れているようだ。
 信じられないと目を見開いたままの彼にジゼルは悪戯っぽく微笑んだ。

「そう、お前の言う通り魔族よ。しかも私は魔族の姫だから、未来の魔王なの。すごいでしょ。驚いた?」

 とっておきの秘密のように、自分のくちびるに指を当てて囁く。
 だけど楽しそうなジゼルとは対極的に、目の前の少年はぽかんと口を開けているだけで何も言わない。

 あまりにも無反応な彼と数秒見つめ合い、その場を取り繕うべくジゼルは小さな咳払いをした。
 高圧的に言葉を紡ごうとしたが、頬に当たるルゥの毛がくすぐったい。
 おかげで顔が緩んでしまったので、そのまま話すことにする。

「私は平和主義なの。それに死にそうな者を見捨てるなんて出来ないでしょ。でもユスシアとは関わってはいけないから、誰にも言ってはダメよ。これは二人だけの秘密ね」

 高く澄んだ愛らしい声が緑の中で楽しそうに響く。 
 初めて見る人間、しかも同い年くらいの子ども。好奇心旺盛なジゼルの心は自然と浮き立った。
 だけど少年は固まったままで、にこりともしない。

「ちゃんと聞いてる? 私のことは忘れるのよ」

 同意を求めてみても、やっぱり返事はなかった。
 呆然と緋色の瞳を見開く少年は言葉すら出ないらしい。

 変な子だと思いはしたが、あまりにも驚いている様子が面白く、ジゼルはくすくす笑う。
 だけどじっと瞳を覗き込んだら、彼は顔を隠すようにそっぽを向いてしまった。

 見られたくないものを隠すような仕草。
 そんな態度は、より一層ジゼルの興味を引き付ける。

「どうして隠すの? すごく綺麗な目なのに。お前が魔族なら、私の夫になれるくらいの綺麗な瞳だわ」

 ジゼルにしてみれば特に深い意味はない。
 ただの褒め言葉のつもりだった。
 なのに息を呑んだ彼は泣きそうに瞳を潤ませる。

「夫……? それは、結婚したい、ってこと? この僕と……?」
「あ、あくまで候補だけど! 私の伴侶になる男は、すっごく強くなくてはいけないのよ。魔獣より、城の兵士より、もっともっとよ」

 純粋な瞳をした少年に問われ、急に頬が熱くなった。
 国を統べる女王の伴侶は強い男が望ましい。
 それは本当だけど、焦る口調は言い訳のようだ。

 夫だなんて。もしかすると、とんでもないことを言ってしまったのかもしれない。
 やましくないのに妙に気恥しく、真紅の瞳がきょろきょろ宙を彷徨う。

「あのね、そっちはどうだか知らないけど、魔族だと赤い瞳は魔力が強い証なの。別にお前自身が気に入ったとか、そういうわけじゃないんだから」

 今度はジゼルが赤くなった顔をふいと逸らす。
 そうすると紅玉色の髪がふわりと揺れて、キラキラ差す光を反射した。

 少年は眩しそうに細めた目で、陽に透ける紅色を眺める。
 ふと引き寄せられるように伸ばされた指は年齢の割に硬く見えた。

 だが近付く指に気づいたジゼルは、すくと立ち上がる。この身は気安く触れさせるものではないからだ。
 つい素の態度で接してしまったけど、彼とはあまり深入りしてはいけない。
 わざと冷たい表情を作り、少年から距離を取る。 

「でも、お前は人で私は魔族。そんな未来は訪れないもの。さよなら、人の子。もう会うこともないわ」

 一方的な別れを告げ、ジゼルは振り返ることなく歩き出した。
 数歩離れたところで肩に乗っかるルゥを腕に抱きかかえ、イブリスに向かって走り出す。

 少年は何かを言っていたが、敢えて知らんふりをした。
 腕の中のルゥがピィと彼に向かって鳴き声をあげる。

 その声は別れを惜しむように聞こえて、ジゼルはより一層速度を上げて城へと駆けた。
 彼はユスシアへ、ジゼルはイブリスへ。互いの生きる地へ戻るのみ。

 もう二度と会うこともない相手だ。いらない情を抱いてはいけない。
 なのに彼の美しい鮮やかな緋色を、今でも時折思い出してしまうのはなぜだろう。
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