2 / 81
2.もう会うこともないふたり
しおりを挟む
どうしてこの場所に? と思わなくもないが、もとよりジゼルはその強気な性格に反して平和主義だ。
こんなところで自ら争いの種を撒く気はない。
しばらく彼の様子を眺めたあと、おもむろに近寄り、傷だらけの顔にそっと触れた。
驚いた少年が体を硬くしたほんの一瞬。
顔も、全身にあった傷も嘘みたいに癒されていく。
治癒魔法はジゼルが一番得意とするものだ。
服はボロボロのままだが、そこまでしてやる必要はないだろう。
「な……。君は、魔族だろ……? どうして……」
みるみる消えていく傷をじっと眺める彼は、瞬きすら忘れているようだ。
信じられないと目を見開いたままの彼にジゼルは悪戯っぽく微笑んだ。
「そう、お前の言う通り魔族よ。しかも私は魔族の姫だから、未来の魔王なの。すごいでしょ。驚いた?」
とっておきの秘密のように、自分のくちびるに指を当てて囁く。
だけど楽しそうなジゼルとは対極的に、目の前の少年はぽかんと口を開けているだけで何も言わない。
あまりにも無反応な彼と数秒見つめ合い、その場を取り繕うべくジゼルは小さな咳払いをした。
高圧的に言葉を紡ごうとしたが、頬に当たるルゥの毛がくすぐったい。
おかげで顔が緩んでしまったので、そのまま話すことにする。
「私は平和主義なの。それに死にそうな者を見捨てるなんて出来ないでしょ。でもユスシアとは関わってはいけないから、誰にも言ってはダメよ。これは二人だけの秘密ね」
高く澄んだ愛らしい声が緑の中で楽しそうに響く。
初めて見る人間、しかも同い年くらいの子ども。好奇心旺盛なジゼルの心は自然と浮き立った。
だけど少年は固まったままで、にこりともしない。
「ちゃんと聞いてる? 私のことは忘れるのよ」
同意を求めてみても、やっぱり返事はなかった。
呆然と緋色の瞳を見開く少年は言葉すら出ないらしい。
変な子だと思いはしたが、あまりにも驚いている様子が面白く、ジゼルはくすくす笑う。
だけどじっと瞳を覗き込んだら、彼は顔を隠すようにそっぽを向いてしまった。
見られたくないものを隠すような仕草。
そんな態度は、より一層ジゼルの興味を引き付ける。
「どうして隠すの? すごく綺麗な目なのに。お前が魔族なら、私の夫になれるくらいの綺麗な瞳だわ」
ジゼルにしてみれば特に深い意味はない。
ただの褒め言葉のつもりだった。
なのに息を呑んだ彼は泣きそうに瞳を潤ませる。
「夫……? それは、結婚したい、ってこと? この僕と……?」
「あ、あくまで候補だけど! 私の伴侶になる男は、すっごく強くなくてはいけないのよ。魔獣より、城の兵士より、もっともっとよ」
純粋な瞳をした少年に問われ、急に頬が熱くなった。
国を統べる女王の伴侶は強い男が望ましい。
それは本当だけど、焦る口調は言い訳のようだ。
夫だなんて。もしかすると、とんでもないことを言ってしまったのかもしれない。
やましくないのに妙に気恥しく、真紅の瞳がきょろきょろ宙を彷徨う。
「あのね、そっちはどうだか知らないけど、魔族だと赤い瞳は魔力が強い証なの。別にお前自身が気に入ったとか、そういうわけじゃないんだから」
今度はジゼルが赤くなった顔をふいと逸らす。
そうすると紅玉色の髪がふわりと揺れて、キラキラ差す光を反射した。
少年は眩しそうに細めた目で、陽に透ける紅色を眺める。
ふと引き寄せられるように伸ばされた指は年齢の割に硬く見えた。
だが近付く指に気づいたジゼルは、すくと立ち上がる。この身は気安く触れさせるものではないからだ。
つい素の態度で接してしまったけど、彼とはあまり深入りしてはいけない。
わざと冷たい表情を作り、少年から距離を取る。
「でも、お前は人で私は魔族。そんな未来は訪れないもの。さよなら、人の子。もう会うこともないわ」
一方的な別れを告げ、ジゼルは振り返ることなく歩き出した。
数歩離れたところで肩に乗っかるルゥを腕に抱きかかえ、イブリスに向かって走り出す。
少年は何かを言っていたが、敢えて知らんふりをした。
腕の中のルゥがピィと彼に向かって鳴き声をあげる。
その声は別れを惜しむように聞こえて、ジゼルはより一層速度を上げて城へと駆けた。
彼はユスシアへ、ジゼルはイブリスへ。互いの生きる地へ戻るのみ。
もう二度と会うこともない相手だ。いらない情を抱いてはいけない。
なのに彼の美しい鮮やかな緋色を、今でも時折思い出してしまうのはなぜだろう。
こんなところで自ら争いの種を撒く気はない。
しばらく彼の様子を眺めたあと、おもむろに近寄り、傷だらけの顔にそっと触れた。
驚いた少年が体を硬くしたほんの一瞬。
顔も、全身にあった傷も嘘みたいに癒されていく。
治癒魔法はジゼルが一番得意とするものだ。
服はボロボロのままだが、そこまでしてやる必要はないだろう。
「な……。君は、魔族だろ……? どうして……」
みるみる消えていく傷をじっと眺める彼は、瞬きすら忘れているようだ。
信じられないと目を見開いたままの彼にジゼルは悪戯っぽく微笑んだ。
「そう、お前の言う通り魔族よ。しかも私は魔族の姫だから、未来の魔王なの。すごいでしょ。驚いた?」
とっておきの秘密のように、自分のくちびるに指を当てて囁く。
だけど楽しそうなジゼルとは対極的に、目の前の少年はぽかんと口を開けているだけで何も言わない。
あまりにも無反応な彼と数秒見つめ合い、その場を取り繕うべくジゼルは小さな咳払いをした。
高圧的に言葉を紡ごうとしたが、頬に当たるルゥの毛がくすぐったい。
おかげで顔が緩んでしまったので、そのまま話すことにする。
「私は平和主義なの。それに死にそうな者を見捨てるなんて出来ないでしょ。でもユスシアとは関わってはいけないから、誰にも言ってはダメよ。これは二人だけの秘密ね」
高く澄んだ愛らしい声が緑の中で楽しそうに響く。
初めて見る人間、しかも同い年くらいの子ども。好奇心旺盛なジゼルの心は自然と浮き立った。
だけど少年は固まったままで、にこりともしない。
「ちゃんと聞いてる? 私のことは忘れるのよ」
同意を求めてみても、やっぱり返事はなかった。
呆然と緋色の瞳を見開く少年は言葉すら出ないらしい。
変な子だと思いはしたが、あまりにも驚いている様子が面白く、ジゼルはくすくす笑う。
だけどじっと瞳を覗き込んだら、彼は顔を隠すようにそっぽを向いてしまった。
見られたくないものを隠すような仕草。
そんな態度は、より一層ジゼルの興味を引き付ける。
「どうして隠すの? すごく綺麗な目なのに。お前が魔族なら、私の夫になれるくらいの綺麗な瞳だわ」
ジゼルにしてみれば特に深い意味はない。
ただの褒め言葉のつもりだった。
なのに息を呑んだ彼は泣きそうに瞳を潤ませる。
「夫……? それは、結婚したい、ってこと? この僕と……?」
「あ、あくまで候補だけど! 私の伴侶になる男は、すっごく強くなくてはいけないのよ。魔獣より、城の兵士より、もっともっとよ」
純粋な瞳をした少年に問われ、急に頬が熱くなった。
国を統べる女王の伴侶は強い男が望ましい。
それは本当だけど、焦る口調は言い訳のようだ。
夫だなんて。もしかすると、とんでもないことを言ってしまったのかもしれない。
やましくないのに妙に気恥しく、真紅の瞳がきょろきょろ宙を彷徨う。
「あのね、そっちはどうだか知らないけど、魔族だと赤い瞳は魔力が強い証なの。別にお前自身が気に入ったとか、そういうわけじゃないんだから」
今度はジゼルが赤くなった顔をふいと逸らす。
そうすると紅玉色の髪がふわりと揺れて、キラキラ差す光を反射した。
少年は眩しそうに細めた目で、陽に透ける紅色を眺める。
ふと引き寄せられるように伸ばされた指は年齢の割に硬く見えた。
だが近付く指に気づいたジゼルは、すくと立ち上がる。この身は気安く触れさせるものではないからだ。
つい素の態度で接してしまったけど、彼とはあまり深入りしてはいけない。
わざと冷たい表情を作り、少年から距離を取る。
「でも、お前は人で私は魔族。そんな未来は訪れないもの。さよなら、人の子。もう会うこともないわ」
一方的な別れを告げ、ジゼルは振り返ることなく歩き出した。
数歩離れたところで肩に乗っかるルゥを腕に抱きかかえ、イブリスに向かって走り出す。
少年は何かを言っていたが、敢えて知らんふりをした。
腕の中のルゥがピィと彼に向かって鳴き声をあげる。
その声は別れを惜しむように聞こえて、ジゼルはより一層速度を上げて城へと駆けた。
彼はユスシアへ、ジゼルはイブリスへ。互いの生きる地へ戻るのみ。
もう二度と会うこともない相手だ。いらない情を抱いてはいけない。
なのに彼の美しい鮮やかな緋色を、今でも時折思い出してしまうのはなぜだろう。
0
お気に入りに追加
104
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~
一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、
快楽漬けの日々を過ごすことになる!
そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!?
※この物語はフィクションです。
R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。
大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました
扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!?
*こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。
――
ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。
そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。
その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。
結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。
が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。
彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。
しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。
どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。
そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。
――もしかして、これは嫌がらせ?
メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。
「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」
どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……?
*WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。
宮廷魔導士は鎖で繋がれ溺愛される
こいなだ陽日
恋愛
宮廷魔導士のシュタルは、師匠であり副筆頭魔導士のレッドバーンに想いを寄せていた。とあることから二人は一線を越え、シュタルは求婚される。しかし、ある朝目覚めるとシュタルは鎖で繋がれており、自室に監禁されてしまい……!?
※本作はR18となっております。18歳未満のかたの閲覧はご遠慮ください
※ムーンライトノベルズ様に重複投稿しております
初めてのパーティプレイで魔導師様と修道士様に昼も夜も教え込まれる話
トリイチ
恋愛
新人魔法使いのエルフ娘、ミア。冒険者が集まる酒場で出会った魔導師ライデットと修道士ゼノスのパーティに誘われ加入することに。
ベテランのふたりに付いていくだけで精いっぱいのミアだったが、夜宿屋で高額の報酬を貰い喜びつつも戸惑う。
自分にはふたりに何のメリットなくも恩も返せてないと。
そんな時ゼノスから告げられる。
「…あるよ。ミアちゃんが俺たちに出来ること――」
pixiv、ムーンライトノベルズ、Fantia(続編有)にも投稿しております。
【https://fantia.jp/fanclubs/501495】
王女、騎士と結婚させられイかされまくる
ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。
性描写激しめですが、甘々の溺愛です。
※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。
【完結】お義父様と義弟の溺愛が凄すぎる件
百合蝶
恋愛
お母様の再婚でロバーニ・サクチュアリ伯爵の義娘になったアリサ(8歳)。
そこには2歳年下のアレク(6歳)がいた。
いつもツンツンしていて、愛想が悪いが(実話・・・アリサをーーー。)
それに引き替え、ロバーニ義父様はとても、いや異常にアリサに構いたがる!
いいんだけど触りすぎ。
お母様も呆れからの憎しみも・・・
溺愛義父様とツンツンアレクに愛されるアリサ。
デビュタントからアリサを気になる、アイザック殿下が現れーーーーー。
アリサはの気持ちは・・・。
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
慰み者の姫は新皇帝に溺愛される
苺野 あん
恋愛
小国の王女フォセットは、貢物として帝国の皇帝に差し出された。
皇帝は齢六十の老人で、十八歳になったばかりのフォセットは慰み者として弄ばれるはずだった。
ところが呼ばれた寝室にいたのは若き新皇帝で、フォセットは花嫁として迎えられることになる。
早速、二人の初夜が始まった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる