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1.出会ったからには仕方ない
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少し肌寒い、清涼な森の空気に濃厚な肉の香りが漂う中。眉間に皺を寄せ、目を細めた青年シルヴィスは呆れたように、目の前の楽天的な女を眺めている。
そんな彼の視線を物ともせず、と言うより、彼女はそもそも気付いていない。長い前髪のおかげで目元はわからないけども、嬉しそうに口元を緩めた女、その名はアシュリー。
彼女はテーブル代わりの大きな切り株の上に、大量の焼いた肉が乗った大皿を、ドンと豪快に置いた。
「シルヴィスさん、さあ、どうぞ! こちらが昨日捌いたばかりの、新鮮な猪肉です!」
「いらん」
「どうしてですか? 遠慮しないで下さい!」
「肉は嫌いだ」
「そ、そんな……元気の源といえば肉ですよ? あ、なるほど! だからそんなに細いんですね。たくさん食べましょう! はい!」
シルヴィスの口を目掛けて、不揃いな大きさの肉を突っ込もうとするアシュリーの手を掴んで、彼女の口へと突っ込み返してやる。
「おいひいれす」
何の躊躇もなく小動物のように頬を膨らませ、アシュリーは無造作に突っ込まれた大ぶりな肉を、もぐもぐ嬉しそうに咀嚼している。
その様子に、シルヴィスはうんざりした溜め息をついた。
「私の周りには脳筋しかいないのか……」
遡ることほんの数時間前。
彼がこのボサボサ髪のアシュリーと出会ったのは、つい先程のことだった。
◆◇
木々が色付き、高い空に少し冷たい風が混じるようになったこの頃。
サラサラと流れるような、銀の髪が零れるフードを目深に被り直す。緩やかな日差しに目を細めたシルヴィスは、今やってきたばかりの町を見渡した。
特にこれといって目立つ町でもないが、それなりに人は多いようだ。
別にあてもない旅だ。
何とはなくぶらりと町を散策していると、傾斜がある坂道の途中から、ふわりと食欲をそそる香りが漂ってきた。
そういえば、ちょうど昼時だったと思い出す。匂いに誘われるように坂を登り、食堂へ立ち寄ることにした。
店の扉を開けると、目深に白いフードを被って顔を隠すシルヴィスに、店の者が警戒心を露わにした。仕方ないとフードを外すと、先程とはまた違う意味で、注目を集めてしまう。
絹糸のような細く美しい銀の髪に、赤く輝くルビーのような瞳。彼の色彩はまるでこの世のものとはかけ離れていて、誰も彼も振り向かずにはいられない。
そんな周りの状況に、瞳を不機嫌に細めたシルヴィスは案内された席に着く。
メニューに書かれている野菜のスープと、シンプルなプレーンオムレツを注文した。
頬杖をついて食事が運ばれるのを待っていると、チラチラと彼を盗み見る店員や、女性客の好奇の視線を感じる。
目立つことに価値を見出せない彼は、鬱陶しさのあまり、つい舌打ちをしてしまう。
――だからこの顔は嫌いなんだ。
ただでさえ目立つ銀髪と瞳の色に加え、二重のぱっちりした瞳にすっと通った鼻梁。どこか儚げな輪郭に、すらりと細い体は男らしさにはいまいち欠けるが、中性的な魅力がある。
その珍しい色も相まって、思わず誰もが振り返ってしまう容姿を彼はとても気に入らない。本来なら親しみあるだろう、その丸い瞳の形はいつも細められていて、端的に言うと目付きが悪い。
しばらく待ちぼうけていると、店に入った時とは打って変わって、愛想の良くなった店員が、少し大きく刻んだ野菜のスープと、ふわふわのオムレツを運んできた。
一口食べるとそれなりに味は良く、彼は周囲の視線を意識から切り離して、食事に集中することにした。
(まぁまぁだな)
自らが作るスープに自信のある彼は、正直どこの店より自作の味が好きだが、旅路で自炊するほどマメではない。
最後に作ったのはもう二年も前になる。
――せっかく覚えた料理だが、もう作れないかもしれないな
そんなことを思いながら、会話する相手もいないので早々と食べ終わり、颯爽と店の外に出る。
昼時のためか、あまり人通りは多くない。それでも幾人かの好奇の視線を遮る為に、フードを被り直そうとすると、坂の上からけたたましい足音が聞こえてきた。
「きゃあっ! よ、避けてくださぁーい!!」
若い女の声が後ろから聞こえ、周りを歩いていた幾人かの人々と同時に振り向いたけれども、時すでに遅し。
坂道を駆け降りてきた人物は、シルヴィスを巻き込んで、まるで飛び込むように派手にすっ転げた。
「いっ……なんだお前は……」
「ご、ごめんなさい、あの、久しぶりの町で焦ってしまって……勢いがつき過ぎちゃって。ほ、本当に申し訳ありません……」
とっさに身を捻り、頭を強打することを免れたシルヴィスは、痛む体を持ち上げようとする。けれども上に乗っかっかたまま、ひた謝る女のおかげで立ち上がる事ができない。
「邪魔だ。退け」
「あ、ごめんなさ……」
半身を起こしたシルヴィスの上に、覆い被さるようにしていた女が顔を上げると、両者は同時に息を飲んだ。
そんな彼の視線を物ともせず、と言うより、彼女はそもそも気付いていない。長い前髪のおかげで目元はわからないけども、嬉しそうに口元を緩めた女、その名はアシュリー。
彼女はテーブル代わりの大きな切り株の上に、大量の焼いた肉が乗った大皿を、ドンと豪快に置いた。
「シルヴィスさん、さあ、どうぞ! こちらが昨日捌いたばかりの、新鮮な猪肉です!」
「いらん」
「どうしてですか? 遠慮しないで下さい!」
「肉は嫌いだ」
「そ、そんな……元気の源といえば肉ですよ? あ、なるほど! だからそんなに細いんですね。たくさん食べましょう! はい!」
シルヴィスの口を目掛けて、不揃いな大きさの肉を突っ込もうとするアシュリーの手を掴んで、彼女の口へと突っ込み返してやる。
「おいひいれす」
何の躊躇もなく小動物のように頬を膨らませ、アシュリーは無造作に突っ込まれた大ぶりな肉を、もぐもぐ嬉しそうに咀嚼している。
その様子に、シルヴィスはうんざりした溜め息をついた。
「私の周りには脳筋しかいないのか……」
遡ることほんの数時間前。
彼がこのボサボサ髪のアシュリーと出会ったのは、つい先程のことだった。
◆◇
木々が色付き、高い空に少し冷たい風が混じるようになったこの頃。
サラサラと流れるような、銀の髪が零れるフードを目深に被り直す。緩やかな日差しに目を細めたシルヴィスは、今やってきたばかりの町を見渡した。
特にこれといって目立つ町でもないが、それなりに人は多いようだ。
別にあてもない旅だ。
何とはなくぶらりと町を散策していると、傾斜がある坂道の途中から、ふわりと食欲をそそる香りが漂ってきた。
そういえば、ちょうど昼時だったと思い出す。匂いに誘われるように坂を登り、食堂へ立ち寄ることにした。
店の扉を開けると、目深に白いフードを被って顔を隠すシルヴィスに、店の者が警戒心を露わにした。仕方ないとフードを外すと、先程とはまた違う意味で、注目を集めてしまう。
絹糸のような細く美しい銀の髪に、赤く輝くルビーのような瞳。彼の色彩はまるでこの世のものとはかけ離れていて、誰も彼も振り向かずにはいられない。
そんな周りの状況に、瞳を不機嫌に細めたシルヴィスは案内された席に着く。
メニューに書かれている野菜のスープと、シンプルなプレーンオムレツを注文した。
頬杖をついて食事が運ばれるのを待っていると、チラチラと彼を盗み見る店員や、女性客の好奇の視線を感じる。
目立つことに価値を見出せない彼は、鬱陶しさのあまり、つい舌打ちをしてしまう。
――だからこの顔は嫌いなんだ。
ただでさえ目立つ銀髪と瞳の色に加え、二重のぱっちりした瞳にすっと通った鼻梁。どこか儚げな輪郭に、すらりと細い体は男らしさにはいまいち欠けるが、中性的な魅力がある。
その珍しい色も相まって、思わず誰もが振り返ってしまう容姿を彼はとても気に入らない。本来なら親しみあるだろう、その丸い瞳の形はいつも細められていて、端的に言うと目付きが悪い。
しばらく待ちぼうけていると、店に入った時とは打って変わって、愛想の良くなった店員が、少し大きく刻んだ野菜のスープと、ふわふわのオムレツを運んできた。
一口食べるとそれなりに味は良く、彼は周囲の視線を意識から切り離して、食事に集中することにした。
(まぁまぁだな)
自らが作るスープに自信のある彼は、正直どこの店より自作の味が好きだが、旅路で自炊するほどマメではない。
最後に作ったのはもう二年も前になる。
――せっかく覚えた料理だが、もう作れないかもしれないな
そんなことを思いながら、会話する相手もいないので早々と食べ終わり、颯爽と店の外に出る。
昼時のためか、あまり人通りは多くない。それでも幾人かの好奇の視線を遮る為に、フードを被り直そうとすると、坂の上からけたたましい足音が聞こえてきた。
「きゃあっ! よ、避けてくださぁーい!!」
若い女の声が後ろから聞こえ、周りを歩いていた幾人かの人々と同時に振り向いたけれども、時すでに遅し。
坂道を駆け降りてきた人物は、シルヴィスを巻き込んで、まるで飛び込むように派手にすっ転げた。
「いっ……なんだお前は……」
「ご、ごめんなさい、あの、久しぶりの町で焦ってしまって……勢いがつき過ぎちゃって。ほ、本当に申し訳ありません……」
とっさに身を捻り、頭を強打することを免れたシルヴィスは、痛む体を持ち上げようとする。けれども上に乗っかっかたまま、ひた謝る女のおかげで立ち上がる事ができない。
「邪魔だ。退け」
「あ、ごめんなさ……」
半身を起こしたシルヴィスの上に、覆い被さるようにしていた女が顔を上げると、両者は同時に息を飲んだ。
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