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11.一生そばに

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 身を隠すよう、ブランケットに潜り込もうとするリィラの肩へ手を伸ばし、シリウスは細い体を抱き寄せる。

「大切にする。どうか俺の妻になってくれ」

 確認の意味を込めた再度のプロポーズ。すると一瞬肩を強張らせたリィラは視線を彷徨わせ、ちらりと上目づかいで目線を合わせる。
 彼女はいつも気丈で、不安そうに揺れる赤い瞳はあまり見ないものだ。

「私を妻にするということは、もう国へは帰れないのだぞ。その、一生……。それでもいいのか?」
「願ってもない話だ。俺に身内はいないし、セフィドに残してきたものはなにもない」

 あまりにも予想外の心配だった。シリウスは思わず目を瞬く。しかも一生の保証付きとはありがたい。
 自然とにやける顔をなんとか制し、リィラの額にかかる前髪をそっと払う。

「セフィドでは毎日無気力に生きていた。なんとしても手に入れたいと思ったのは、君だけだ。リィラが望むのなら、俺はなんでもする」
「なんでも? もし、セフィドが欲しいと言ったならどうする?」
「喜んで献上するさ。離れるのは惜しいけど、今すぐ王の首を取ってこようか?」

 面倒だが、国から承ったあの重い剣を振るえばやれないことはないだろう。しかし言い出したリィラはギョッと目を見開いた。

「物騒! 本気にするでない! 言ってみただけだ、そんなことをすれば戦がおきてしまう。それに……危険なことはしてほしくない」

 慌てるリィラは、赤い顔を伏せて目を逸らす。しかも最後の声は小さく、その姿は玉座にいる時の威厳など皆無である。素の表情を無防備に見せる彼女がたまらず、シリウスは無意識のうちに抱きしめていた。

(勇者なんて馬鹿らしいと思ってたけど……ご先祖様にも、老人たちにも感謝だな)

 なぜならそのきっかけがなければ、リィラの存在すら知らずに生を終えていたのだから。
 シリウスに課せられたのは、魔王を手にすること。ただそれだけである。
 セフィドに連れて帰れとも、命を奪えとも命じられたわけではない。
 おそらく、というより老人たちは十中八九リィラを意のままに操れるシリウスをご所望なのだろう。
 しかし言外のことまでわざわざ汲み取ってやる必要はない。もし命じられたとしても、今さら従うつもりはなかった。身分の高い者にしか恩恵のない国に愛着などあるわけがないのに。
 もしこちらへ使者を派遣しても、魔王の前で真相は話せないだろう。

 それに、そこまで必死にシリウスを取り戻しに来るとも思えなかった。なぜなら勇者を失ったからといって、セフィドが滅ぶわけでもない。戦乱の世なら違ってくるが、今は平時である。
変わりのない暮らしを続けていくことは可能だ。しかもシリウスは下層の民。不快な話だが、セフィドにおいてはいくらでも替えが利く存在なのだ。
 もしかするとそう遠くないうちに第二の勇者が送り込まれてくるかもしれない。
 そんなシリウスの思考に気づかないリィラは、甘えるように体をすり寄せてきた。
 無自覚なのかどうかはわからないが、彼女は甘え上手である。

「それにしても……私の代に侵入した勇者がお前でよかった。他国の者とはいえ、手に掛けるのは遠慮したいからな」
「そうか、リィラは優しいからな。もしそんなことがあれば俺が代わりに始末しよう」
「また物騒なことを……」

 引かれてしまった。けれども、ドン引く表情すら可愛らしい。

「俺は本気だ。どうせ剣を振るうのなら、どうでもいい王のためなんかより、可愛いリィラを守りたい」

 照れたリィラはまたもや視線を逸らす。そんな彼女の頬を愛おしく撫でたシリウスは、綺麗な額に恭しく口づけた。
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