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「…………何がいい」
 篠崎の、間。そこに何か含むものがあるような気がしてしまった。
「あ……いえ、」
 特にこれといって何か具体的なものを考えていたわけではないし、指輪の遠回しなおねだりというものでもない。けれどただ、何となくはしゃいでしまっただけだ。それに篠崎を見る女の子たちを見て、少し不安になってしまっただけ。
「何か旅行に来た記念にキーホルダーでもと思ったんですが、考えてみたらキーホルダーなんてつけるところもないですよね。あ、あれ美味しそう!」
 篠崎の気持ちを信じられないわけではない。だってまた京都に来ようという言葉一つ、お願いという言葉一つであんなにも嬉しそうな顔をしてくれるからだ。だから好かれている、愛してもらえているという自信はあった。けれど、どうしても先ほどの間が気になってしまった。やはりいい年してお揃いなんて嫌だっただろうか。でも嫌ならそう言ってくれれば無理強いなんてしないし、家の中に飾っておくとかしまっておいたって構わなかったのだけれど。
「諒」
 後ろからの呼びかけを無視して歩を進め、店先を覗き込む。日本酒ソフトクリーム。話を逸らすために寄ったつもりだったけれど、本当に美味しそうだった。
「……諒」
 列に並んでいると篠崎が隣に立った。その声には少しだけ怒りが滲んでいて怖くなってしまう。
 でも怒るのも当然だ。呼び掛けを無視したのだから。もし自分が篠崎に無視をされたらーー想像するだけでも嫌だった。
「しの……」
 でも何と言ったらいいのだろう。複雑な気持ちが入り乱れ、言葉の整理がつかなかった。
「……諒、美味しそうだな」
 篠崎はがらりと空気を変えて言った。
「日本酒か。諒は食べたことがあるのか」
「い、いえ……」
 どうしたのだろう。お揃いのものがほしいと言ったときの間。そして僅かに怒りを含んだ呼び声。それから明るい今。
「あの、」
「はい、お待たせしましたー!」
 何でもいいから話しかけようと思ったときに間が悪く順番が回って来てしまった。ひどく場違いに聞こえる明るいお姉さんの声。でも急がないと。後ろにはたくさんの人が並んでいる。
「日本酒ソフトを一つ」
「あ」
 注文したのは篠崎だった。いつの間に出していたのか、代金まで支払ってしまう。
「おおきに!」
 ソフトクリームを受け取り、混雑した店先から離れた。
「あの、篠崎」
「うん?」
 篠崎の様子はいつもと変わらない。どういうことなのだろう。
「……いえ、買ってもらってすみません。いただきます」
「あぁ」
 篠崎は歩調を普段より緩めて歩いてくれた。食べ歩きへの配慮だろう。でもどうやらどこかに向かっているような足取りだった。お土産屋さんがたくさん並んでいるのにどこも見ようとせず、しっかりとした足取りで歩いている。
「篠崎?」
 どこか目当ての店でもあるのだろうか。京都旅行は楽しみにしていたようだし、自分で気になる店を調べていた可能性もあるのだけれど、なんとなく違う気がした。篠崎なら「行きたい店がある」と言ってくれる気がしたのだ。
 それにどんどん人気がなくなっていく。歩いて五分程度なのに、もう周りに観光客は見えなくなった。道の先、行き止まりになったところで向かい合う。
「篠崎、あの」
 ソフトクリームは味を楽しむ間もなく食べ終えてしまった。せっかく買ってもらったのにもったいない。そう思うのに、味を気にする余裕なんて全くなかったのだ。無駄にしないようにと思うだけで精一杯。
「諒、見たのか」
「え?」
 突然どうしたのだろう。篠崎は真剣な様子だった。
「見たのか」
「え?あの、何を?」
 一体何を言っているのだろう。話が全く見えなかった。
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