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「こんなに楽しいのは、篠崎と一緒だからだと思います」
「俺も諒くんと一緒じゃなければ来ることすらしないな」
「篠崎が一人でいたら女の子に囲まれて大変なことになりそうです」
「そのときは結婚していると言うよ」
「え?」
篠崎は軽く微笑むだけだった。数瞬の間を置いて理解し、恥ずかしくて、俯く。手首を引かれた。
「止まると危ない」
「あ……」
そうだった、外だ。歩いていた。止まってしまっていた。
「嫌か」
「え?」
「結婚している、と俺が外で言うのは」
「……相手は」
篠崎の態度を見れば疑うことなどありえないのに。多分これは、聞きたかっただけだ。
「諒くん以外にいるのかな」
「……でも」
嬉しい、と思った。思ったけれど、不安にもなった。篠崎のような立場のある人間が、男と交際をしている。それも出自も分からないような男と。
「うん」
「……何でもないです」
何を言ったらいいか分からなかった。『嬉しい』だけを感じられたらよかったのに。
篠崎も何も言わなかった。きっと家なら抱き締めたり、頭を撫でたりしてくれただろう。けれどここは外だから。
幸せと同時に存在する不安と侘しさ。
「あ、あれ食べたい」
適当に指した店は焼き鳥だった。篠崎を置いて店に走り寄る。
「ももタレ二本と、皮塩二本ください」
値段を告げられ、財布を出そうとすると隣からすっと手が伸びた。
「これで」
店主と篠崎がやりとりをするのを眺めた。どうしてこう甘やかすのだろう。食べたかったんじゃなく、場を誤魔化したかっただけの買い物。もちろん美味しくいただくけれど、利用したようなものなのに。だから篠崎がお金を出す必要なんてないのに。
「ビールが飲みたくなりそうだ」
篠崎だって気付いているはずなのに、嘘に付き合おうとしてくれる。嘘をホントにしようとしてくれる。
「……さっき、売ってました。買ってきます」
「だめだ」
「え?」
「だめだよ。一緒に行こう」
「でもビールくらい」
一人で買ってこれる。
「ナンパされるのは許せない」
「……されるのは僕じゃなくて篠崎だと思いますけど」
そう言えば篠崎は困ったように笑った。でも篠崎がナンパ避けのために安西と居る雰囲気はない。
「諒くんもチラチラ見られているよ」
「篠崎の連れが気になるだけですよ」
「……ほら、買いに行こう。けれど諒くんはジュースだよ」
「なんでですか」
「今日は子供の日だ」
当然のように言われ、おかしくなってしまう。さっきまで心がもやもやしていたはずなのに。
リンゴジュースを買ってもらい、その場で開けて飲む。普通のペットボトルなのに氷で冷やされたそれはとても美味しかった。
「次は何をしようか」
「うーん」
「諒くんがしたいことを沢山しよう」
「お店見ながら歩きたいです。どんなのあるか分からないから」
「そうだな、そうしよう」
道の端で焼き鳥を食べながら飲み物を飲んで、ごみを捨てて歩き出す。
両端に並ぶ沢山の店。どれも明るくて、にぎやかな色だ。
「篠崎、楽しいですか」
「楽しいよ」
「ほんと?」
「正直に言えば、諒くんと一緒なら祭りじゃなくても楽しい」
恥ずかしげもなく言ってのける。こちらの方が恥ずかしくなってしまう。
「……食べたいものないですか」
「諒くんのオムライスかな」
「……明日のお昼か夜に作りますね」
こんな会話、周りの人に聞かれたら関係を知られてしまうのに。でも、それでもいいと思った。だってみんな楽しそうに笑っているから、きっと二人の会話を聞いている人はいない。
「あぁ、楽しみにしてる」
それから夜店が途切れるところまで歩き、また戻った。
「帰ろうか」
「はい」
戻りでどうしてももう一度篠崎の射的が見たくておねだりをして、カッコいい姿をしっかり脳裏に焼き付け、そしてキャラメルの小さな箱やキーホルダーが増えた。お店のおじさんは「兄ちゃんにやられると商売あがったりだ!」なんて豪快に笑って、景品を入れる袋をくれた。
明るいところにいたので、帰り道はひどく暗く感じた。けれど隣に篠崎がいるから怖くはない。そもそも怖いと思う道でも年でもないのにそんなことを考えてしまうのは無意識に何かがあっても篠崎が守ってくれるから大丈夫と思っているからかもしれない。
「どうした」
「あ、いえ……」
つい、隣を見上げてしまっていた。どれほど一緒に居ても端正な顔に見飽きることはない。
「今日、本当にありがとうございました。あと、昨日も」
「俺も楽しかった」
「何が楽しかったですか」
「射的を見て顔を赤らめている諒くんを見るのが」
「……かっこよかったから」
「そうか。それは良かった。早く帰ろう」
「え?」
突然手首を掴まれ、歩みを早められた。
「抱きしめたい」
「っ、ぁ……」
俯いて、転ばぬよう篠崎に必死についていく。足の長さが違うからいつもならゆっくり安西のペースに合わせてくれるのに今日は違う。本当はこれが篠崎のペースなのかもしれないけれど。
「俺も諒くんと一緒じゃなければ来ることすらしないな」
「篠崎が一人でいたら女の子に囲まれて大変なことになりそうです」
「そのときは結婚していると言うよ」
「え?」
篠崎は軽く微笑むだけだった。数瞬の間を置いて理解し、恥ずかしくて、俯く。手首を引かれた。
「止まると危ない」
「あ……」
そうだった、外だ。歩いていた。止まってしまっていた。
「嫌か」
「え?」
「結婚している、と俺が外で言うのは」
「……相手は」
篠崎の態度を見れば疑うことなどありえないのに。多分これは、聞きたかっただけだ。
「諒くん以外にいるのかな」
「……でも」
嬉しい、と思った。思ったけれど、不安にもなった。篠崎のような立場のある人間が、男と交際をしている。それも出自も分からないような男と。
「うん」
「……何でもないです」
何を言ったらいいか分からなかった。『嬉しい』だけを感じられたらよかったのに。
篠崎も何も言わなかった。きっと家なら抱き締めたり、頭を撫でたりしてくれただろう。けれどここは外だから。
幸せと同時に存在する不安と侘しさ。
「あ、あれ食べたい」
適当に指した店は焼き鳥だった。篠崎を置いて店に走り寄る。
「ももタレ二本と、皮塩二本ください」
値段を告げられ、財布を出そうとすると隣からすっと手が伸びた。
「これで」
店主と篠崎がやりとりをするのを眺めた。どうしてこう甘やかすのだろう。食べたかったんじゃなく、場を誤魔化したかっただけの買い物。もちろん美味しくいただくけれど、利用したようなものなのに。だから篠崎がお金を出す必要なんてないのに。
「ビールが飲みたくなりそうだ」
篠崎だって気付いているはずなのに、嘘に付き合おうとしてくれる。嘘をホントにしようとしてくれる。
「……さっき、売ってました。買ってきます」
「だめだ」
「え?」
「だめだよ。一緒に行こう」
「でもビールくらい」
一人で買ってこれる。
「ナンパされるのは許せない」
「……されるのは僕じゃなくて篠崎だと思いますけど」
そう言えば篠崎は困ったように笑った。でも篠崎がナンパ避けのために安西と居る雰囲気はない。
「諒くんもチラチラ見られているよ」
「篠崎の連れが気になるだけですよ」
「……ほら、買いに行こう。けれど諒くんはジュースだよ」
「なんでですか」
「今日は子供の日だ」
当然のように言われ、おかしくなってしまう。さっきまで心がもやもやしていたはずなのに。
リンゴジュースを買ってもらい、その場で開けて飲む。普通のペットボトルなのに氷で冷やされたそれはとても美味しかった。
「次は何をしようか」
「うーん」
「諒くんがしたいことを沢山しよう」
「お店見ながら歩きたいです。どんなのあるか分からないから」
「そうだな、そうしよう」
道の端で焼き鳥を食べながら飲み物を飲んで、ごみを捨てて歩き出す。
両端に並ぶ沢山の店。どれも明るくて、にぎやかな色だ。
「篠崎、楽しいですか」
「楽しいよ」
「ほんと?」
「正直に言えば、諒くんと一緒なら祭りじゃなくても楽しい」
恥ずかしげもなく言ってのける。こちらの方が恥ずかしくなってしまう。
「……食べたいものないですか」
「諒くんのオムライスかな」
「……明日のお昼か夜に作りますね」
こんな会話、周りの人に聞かれたら関係を知られてしまうのに。でも、それでもいいと思った。だってみんな楽しそうに笑っているから、きっと二人の会話を聞いている人はいない。
「あぁ、楽しみにしてる」
それから夜店が途切れるところまで歩き、また戻った。
「帰ろうか」
「はい」
戻りでどうしてももう一度篠崎の射的が見たくておねだりをして、カッコいい姿をしっかり脳裏に焼き付け、そしてキャラメルの小さな箱やキーホルダーが増えた。お店のおじさんは「兄ちゃんにやられると商売あがったりだ!」なんて豪快に笑って、景品を入れる袋をくれた。
明るいところにいたので、帰り道はひどく暗く感じた。けれど隣に篠崎がいるから怖くはない。そもそも怖いと思う道でも年でもないのにそんなことを考えてしまうのは無意識に何かがあっても篠崎が守ってくれるから大丈夫と思っているからかもしれない。
「どうした」
「あ、いえ……」
つい、隣を見上げてしまっていた。どれほど一緒に居ても端正な顔に見飽きることはない。
「今日、本当にありがとうございました。あと、昨日も」
「俺も楽しかった」
「何が楽しかったですか」
「射的を見て顔を赤らめている諒くんを見るのが」
「……かっこよかったから」
「そうか。それは良かった。早く帰ろう」
「え?」
突然手首を掴まれ、歩みを早められた。
「抱きしめたい」
「っ、ぁ……」
俯いて、転ばぬよう篠崎に必死についていく。足の長さが違うからいつもならゆっくり安西のペースに合わせてくれるのに今日は違う。本当はこれが篠崎のペースなのかもしれないけれど。
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