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第十章 冒険編 反撃の狼煙

生き物としての定義

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 「……それでその様か」



 ここは屋敷のとある一室。八英雄やロージェでさえ知らぬ、秘密の部屋。そこでエジタスは真緒に受けた傷を静かに癒していた。



 そんなエジタスの様子を見ながら、哀れみの言葉を掛ける黒いローブ姿の人物。



 「えぇ、油断さえしなければ一年前の様にはいかない……と、思っていたんですけどね~」



 「当てが外れたな。そもそも今のお前と、あの時のお前は全く違うんだ。勝てる筈が無いだろう」



 「そうなんですけどね~、もうちょっと出来ると思ったんですよ~」



 すると黒いローブの人物は溜め息を漏らし、エジタスの向かい側に座る。



 「いい加減、現実を見ろ。所詮、俺達は紛い物……本来はこの世に存在しないんだからな」



 「紛い物……本当にそうでしょうか~?」



 「何だと?」



 「紛い物か、本物かは自身が決める事。なら私達が本物だと思っていれば、それは本物だと言えるんじゃないでしょうか~?」



 「……言ってる理屈は分かる。だが、事実は必ず付きまとう。例え俺達自身が本物だと公言したとしても、周りからすれば紛い物の見苦しい言い訳としか捉えられない」



 「……なら、紛い物が本物になってしまえば良いじゃないですか~?」



 「それは……本気で言っているのか?」



 エジタスの言葉に、一瞬で場の雰囲気が凍り付く。黒いローブの人物も態度が急変し、不機嫌になっていた。



 「私とあなたが手を取り合えば、あんな雑魚一捻りですよ~?」



 「それが何を意味するか、分かって言ってるんだろうな。あいつは俺達の……」



 「そんなのは百も承知です。だからこそ、私達が私達という存在になる為にも、あの人には消えて貰わなければならないのですよ~」



 「まさか本気で言ってる訳じゃ、無いよな? いつもの軽い冗談なんだよな?」



 そう言う黒いローブの人物は椅子から立ち上がり、エジタスの背後へと回る。そして右手の指それぞれを動かし、コキコキと音を鳴らす。完全な戦闘態勢に入っていた。



 「こんな事で俺を怒らせるなよ……」



 そう言いながら黒いローブの人物は、右手でエジタスの首根っこを掴もうとする。



 「…………」



 そんな黒いローブの人物の行動に合わせ、エジタスは懐からナイフを取り出し……。



 「……いや~、冗談に決まっているじゃないですか~。嫌だな、も~」



 ……は、しなかった。そしてその場から慌てて離れ、両手を上げて降参のポーズを取る。



 「……どうだかな……それで? 八英雄達はどうなっている? ちゃんと配置に付いているんだろうな?」



 「えぇ、勿論ですよ~。前回の反省を生かして、必ずパートナーと一緒にいる様に指示しましたから~」



 話を切り替えるエジタス。指をパチンと鳴らし、屋敷の見取り図が乗っかった机をその場に転移させた。見取り図には、八英雄が現在いる場所が記載されていた。エジタスの言う通り、二人一組になっており、単独で動いている者は見受けられなかった。



 「あの連中が大人しく言う事を聞いてくれれば、後が楽なんだがな……」



 「心配要りませんよ~。彼らは絶対に裏切りませんから~」



 「ほぅ、やけに自信があるじゃないか? 何か根拠でもあるのか?」



 「いやいや、別に確証がある訳じゃありませんよ~。只……」



 「只……?」



 エジタスは小馬鹿にした様に、掌を仮面の口元に添えて、笑いを抑える演技を取る。



 「皆さん意外にも、死にたく無いらしいんですよね~」



 「は? 何言ってるんだ? 例え死んでも死者復活の紙で蘇れるだろう? どうして死ぬ事を恐れるんだ?」



 死という概念を超越したのにも関わらず、死ぬ事を恐れているという八英雄達に黒いローブの人物は、首を傾げる。



 「う~ん、何て言うんでしょうかね~。それが生き物としての本心という事なんでしょう、きっと……」



 「……そうなると、死ぬ事を恐れない俺達は、生き物の定義に当て嵌まらないって訳か」



 「まぁ、私達を生き物というカテゴリーに当て嵌めて良い物かどうか、怪しい所ですけどね~」



 「ちょっと待って、あいつはどうなんだ? あいつが死ぬ事を恐れているとは、とても思えないんだが……」



 「彼の場合……死ぬ事よりも、生きている事の方が辛いですからね~」



 「そうか……と、話が逸れたな。それで? 結局、どのペアをマオに振り当てるつもりなんだ?」



 「それは勿論……」



 そう言いながらエジタスは、あるペアを指差すのであった。







***







 所変わって屋敷の外。エジタスの転移魔法によって、強制的に追い出されてしまった真緒達。



 「み、皆……大丈夫?」



 「え、えぇ……特に怪我はしていません」



 「オラも大丈夫だぁ」



 「他の人達も全員無傷です」



 「良かった……それにしても、またあの迷宮に挑む事になろうとは……」



 「まるで一年前みたいですね」



 「長い戦いになりぞうだぁ」



 「やっぱり……行くんですか?」



 再び屋敷に入ろうとする真緒達に対して、クロウトが心配そうに声を掛ける。



 「勿論です。ですが、クロウトさん達はここで待っていて下さい」



 「そ、そんな!? 私達も一緒に戦います!!」



 「屋敷がそのままだったら、良かったんだけど……迷宮と化してしまった以上、大人数で動くのは危険だから……」



 「それならせめて、私だけでも連れて行って下さい!!」



 「クロウト……あなたの為だからハッキリ言うけど、足手まといだよ」



 「!!!」



 「勿論、一年前よりは格段に強くなってる。けど、エジタスや八英雄達と比べると、どうしてもね……」



 薄々気がついてはいた。自分が役に立てていない事に。それでも真緒達の戦いに参加したのは、ちゃんとした理由がある。



 「私はサタニア様を……サタニア様を取り返したいんです。この手で……」



 「クロウト……」



 囚われたサタニアの救出。それがクロウトの行動理念であり、それ以外は眼中に無い。



 「ですが……私じゃ、実力不足なのも事実……だから……」



 クロウトは両手で真緒の右手を強く握る。



 「私の分まで……お願いします……どうかサタニア様を救い出して下さい……」



 想いを託す。それがクロウトに出来る精一杯の助力。それに対して数百人の仲間達が真緒達の手を握り、各々その想いを託す。全員の手と握り合った真緒は、その手を見つめながら静かに握り拳を作る。



 「……確かに受け取った。私達は必ず、サタニアを連れて戻って来る!!」



 クロウト、そして数百人の仲間達の想いを受け取り、真緒達は屋敷の玄関前に立つ。



 「ここから先は後戻りは出来ない」



 「行きましょうマオさん、覚悟は出来ています」



 「腹減っだだぁ。ざっざど終わらぜで、皆で宴を開ぐだぁ」



 「ふふっ、そうだね」



 そして真緒達は屋敷の扉を開け、中へと突入するのであった。
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