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第九章 冒険編 蘇る英雄達

力が欲しい

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 「……んっ、んん……」



 目を覚ますと、そこには知らない天井が広がっていた。周囲を見回すと何処かの部屋らしく、机や椅子、ドレッサー等が置かれていた。そしてどうやら真緒はベッドに横になっていたらしい。



 「ここは……痛っ!!?」



 真緒が上半身を起こすと、全身に激しい痛みが襲い掛かる。ふと自身の体に目を向けると、全身漏れなく包帯で手当てされていた。



 「いったい何が……」



 記憶が飛んでいる。必死に思い出そうとするも、突然の状況に気持ちの整理が追い付かず、落ち着いて思い出す事が出来ない。



 するとその時、部屋の扉が開かれる。入って来たのはリーマだった。手には水の入った桶とタオルを持っていた。恐らく真緒の看病に来たのだろう。



 しかしそれも真緒が起き上がった姿を見るまでの話。目を覚ました真緒を目にしたリーマは、持っていた桶とタオルを落とす。それにより、中に入っていた水が周囲に零れる。



 「マオさん!! 良かった、本当に良かった!!」



 嬉しさのあまり真緒に抱きつき、泣きじゃくるリーマ。



 「リーマ……ここはいったい何処?」



 「安心して下さい。ここはレーチェル山の梺にある魔族達が住む小さな村です」



 「そうなの? でも、そんな所にどうしているの?」



 「マオさんは“三日”も寝ていたんですよ」



 「三日!!? そんな!!? いったいどうして!!?」



 「それは……その……」



 三日も寝ていた理由を話そうとするリーマだが、何故か歯切れが悪い。そうこうしている内に、真緒はふと記憶を思い出した。



 「そうだ……確か、初代魔王と戦っていた筈……」



 「…………」



 すると途端にリーマは口を閉ざした。言いにくい事なのか、出来る限り真緒と目を合わせようとしない。



 「リーマ?」



 「ごめんなさい……その話は皆が集まってからでも良いですか?」



 「えっ、あぁ……うん……」



 「それじゃあ、少し待っていて下さい」



 そう言うとリーマは落とした桶とタオルを拾い上げ、部屋を後にする。その時、真緒の脳裏にはある可能性が過っていた。







***







 それから数分後、リーマが他の皆を連れて部屋を訪れた。真緒が三日ぶりに目を覚ました事に全員大喜びした。特にハナコは、涙と鼻水を流しながら喜んでいた。



 が、それも真緒が何故こんな事になっているのかという問い掛けをした途端、表情を強張らせて目を合わせない様、反らし始めた。



 さすがにここまで来れば、皆が何を言いたいのか察しが付いた。気まずい沈黙の中、真緒が口を開く。



 「そっか……私は負けたんだね」



 「三日前のあの日、マオの一撃と初代魔王の一撃がぶつかり合い、周囲に激しい衝撃波を生んだ」



 「マオさんはその衝撃波に巻き込まれてしまい、運悪く木に頭を強くぶつけてしまったんです」



 その言葉を口にした時、漸く他の皆もポツリポツリと、その時の状況を語り始めた。



 「その時の衝撃が強過ぎたのか、そのまま気絶してしまった。あたし達も必死に起こそうとしたんだ。しかし結局、目覚める事は無かった」



 「でも……それじゃあどうして私達は生きているんですか?」



 「そこからだ。奴が意外な行動を取り始めたんだ……」







***







 「マオぢゃん!! マオぢゃん!!」



 「マオさん、目を開けて下さい!!」



 「くそっ!! 完全に気絶している!!」



 気絶してしまった真緒を起こそうとする仲間達。だが、真緒が起きる気配は無かった。



 「ちょっとちょっと!? どうするのよいったい!!? まだあの魔王、生きてるんだけど!!?」



 エレットが指差す方向には、衝撃波に耐えた魔王サタニアが立っていた。



 「分かってる!! でも今はマオの安否が最優先だ!!」



 「そんなの全員殺されたら意味無いでしょ!!」



 「……お前達は逃げろ」



 そう言いながらシーラは、真緒達を庇う様に魔王サタニアの前に立ち塞がり、槍を構える。



 「逃げろって……シーラ、お前はどうするんだ!?」



 「何、いざとなったら私も逃げるから、心配するな」



 嘘なのは明らかだった。絶対的な支配者を前に逃げ出せる筈が無い。それでも皆を無事に逃がす為には、これ位の虚言は必然だった。



 「…………」



 だがそれは、仲間が柔軟な考えを持っていた場合の話。フォルスは倒れている真緒をハナコ、リーマ、エレットの三人に任せ、シーラの隣に立つ。



 「……どういうつもりだ?」



 「何、一人で死なせるには可哀想だと思ってな。二人なら怖くないだろう?」



 「ふん、素直に逃げていれば良いのに……これじゃあ手柄を独り占めに出来ないじゃないか」



 「ふっ、その言葉を聞けて安心したよ。素直にお礼を言われたら、どうしようかと思った所だ」



 「誰がお礼なんか……死ぬなよ絶対……」



 「そっちもな……」



 張り詰めた雰囲気。激しい戦いが幕をあげようとしていた。しかしその直後、魔王サタニアが口を開く。



 「…………止めだ……」



 「何だと?」



 突然、魔王サタニアが戦う事を拒否した。まさかの言葉に全員、動揺の色を隠せない。



 「今この場で貴様らを倒したとしても、全く面白くない。それより、もっと力を付けてから改めて戦った方が、こちらとしても少しは楽しむ事が出来るだろう。その時まで、精々腕を磨いておくが良い」



 そう言い終わると魔王サタニアは、霧の様に姿を消してしまった。



 そして残された者達は只、呆然と立ち尽くすのであった。







***







 「そんな事が……」



 「俺達は生かされたんだ。あいつがより戦いを楽しめる様に、敢えて見逃した」



 「……ごめん、皆……」



 「どうしてマオが謝るんだ……」



 「私が……私があの時、ちゃんと初代魔王を倒しきれていれば、こんな事にはならなかったのに……」



 「気に病む必要は無い。それに俺達はまだ生きてる。誰かを失った訳じゃないんだ。そう悲観的になるな」



 「でも……」



 敗北。いつもなら確り反省し、次は勝てる様に努力するのだが、今回は修行した直後だという事もあり、今まで以上にショックを受けていた。



 特に何故か真緒が酷くショックを受けている様子だった。情けを掛けられた事がそんなに悔しかったのか、それとも……。



 「…………」



 そうこうしていると、真緒は腰掛けていたベッドから立ち上がり、部屋から出ようとする。戦いのダメージがまだ残っているのか、片足を引き摺っていた。



 「マオ、何処に行くんだ?」



 「……少し一人にして下さい」



 そう言うと真緒は部屋を後にした。誰も真緒の後を追い掛けようとはしなかった。それは誰よりも真緒の事を信じているからこそ、黙って待つ事を選んだのだ。







***







 外に出ると日差しの眩しい光が当たり、思わず目を細くして片手で光を遮る。



 段々と目が慣れて来ると、多数の村人達が平和に暮らし、子供達は楽しそうに遊んでいた。



 「ここは本当に平和な村なんだな……」



 そう思いながら真緒は、片足を引き摺りながら先へと進む。



 「はぁ……はぁ……片足が使えないとこんなにも不便だったなんて……」



 動かない足に手こずりながら、何とか村の外れにある小さな池を見つける。



 「ちょっと……休憩……」



 池の畔で腰を下ろす真緒。耳を澄ますと小鳥のさえずりが聞こえる。



 「……はぁー……」



 そんな中、溜め息が漏れる。項垂れ、眉間にシワを寄せる。そんな時、こちらに近付いて来る足音が聞こえる。



 「誰?」



 真緒が音のした方向に顔を向けると、そこには魔族の青年が一人立っていた。



 「あっ、ごめん。邪魔するつもりは無かったんだけど、あまりにも落ち込んでいた物だからつい……」



 「あなたは?」



 「そんなに警戒しないで。僕はこの村に住んでいる村人だよ」



 村の青年は、真緒を落ち着かせる為に両手を上げて何も持っていない事をアピールする。そんな青年の態度に真緒は警戒を解く。



 「村の人がいったい何の用ですか?」



 「いや、この村に旅人が来るのは滅多に無い事だから珍しくて……それにまさかあの勇者一行だなんて……それでその、気になって遠くから様子を伺っていたら、君が険しい表情を浮かべながら片足を引き摺って出て来たから、どうしたんだろうって……その……心配で後を付けて来たんだ」



 「そうですか……それなら少し一人にしてくれませんか?」



 心配して来てくれた青年に対して、冷たい態度を取る真緒。



 「…………」



 しかし、青年はそこから動こうとはしない。何か話し掛けようと素振りは見せるものの、結局話し掛けられずにあたふたしていた。



 「何なんですかいったい?」



 さすがの真緒も堪えきれず、再び青年に声を掛ける。



 「えっとその……もし何か悩みがあるのなら……僕に話してみないかな? ほら、一人で抱えるより誰かに話した方がスッキリすると思って……」



 「…………どうぞ、座って下さい」



 しばらく考えた真緒だったが、青年の想いをこのまま無下にする事は出来ないと考え、隣に座る様、誘導する。



 「あ、ありがとう!!」



 青年は少し恥ずかしがりながら、真緒の隣に腰を下ろした。



 「……それで……どうしてあんなに落ち込んでいたのかな?」



 「……実は私達、レーチェル山で修行したんです」



 「えっ、あのレーチェル山で!? 凄い!!」



 「それで仲間の皆は劇的に成長したんです。新しい技を身に付けて……でも……」



 「でも……?」



 「私だけ……何も変わっていなかったんです……」



 真緒は強く両手に握り拳を作る。あまりに強く握り締めている為か、爪が掌に突き刺さって内出血を引き起こしていた。



 「以前より力が強くなったとか、スピードが増したとか、新しい技を編み出したとか……そう言うのが全く無いんです……他の皆は確実にパワーアップしているのに……」



 真緒が落ち込んでいる理由。それは疎外感から来る物だった。自分だけ強くなっていない。自分だけ皆の役に立っていない。そんな精神的な思いが、彼女を追い詰めていた。



 「今まで似た様な事が無かった訳じゃないんです。けど、いつも結果的には私も成長して、倒す事が出来ていたんです……それが……今回、圧倒的な力を前に手も足も出なかった。それ処か、皆が命の危険を感じている時、あろう事か私は気絶していたんです!!」



 すると真緒は動かない片足を拳で何度も殴り付ける。



 「このっ!! このっ!! このっ!! このっ!! このっ!! このっ!!」



 何度も……何度も……何度も……。



 「このっ!! こ……っ!!?」



 そんな真緒の拳を青年が掴んで止める。



 「止めなよ。そんな事をしたら、折角治りかけている足が本当に動かなくなっちゃうよ」



 「……私はもっと強くなりたい……皆を守れる位……強く……」



 「……どうして強くなる必要があるの?」



 「だから皆を守る為に……!!」



 「そうじゃない。どうして君は一人で強くなろうとしているの?」



 「それは……私が勇者だから……」



 「勇者……ね……けどさ、勇者だからって必ずしも強くないといけない訳じゃないよね?」



 「…………」



 「困難にぶつかったら、仲間達と一緒に乗り越える。その方が一人よりも楽なんじゃないかな?」



 「そんな……楽だなんて……何だか怠けているみたいで……」



 「……良いじゃない。怠けたって……得意不得意があるのは当たり前なんだ。それを補うのが仲間なんじゃないのか?」



 「…………」



 完全に黙ってしまった真緒を見て、青年は立ち上がる。



 「時間はまだある。ゆっくり考えると良いよ」



 「ちょ、ちょっと待って下さい!!」



 「でもこれだけは言わせて。君は一人じゃないんだ。あまり詰め込み過ぎないで……少し位、甘えても良いんじゃないかな?」



 「…………」



 その言葉を最後に、青年はその場を離れてしまった。一人残された真緒はそれからしばらく考え込むのであった。
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