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第八章 冒険編 血の繋がり

理想国家

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 「理想国家?」



 それは普段のエジタスからは、決して聞く事の無い台詞だった。エジタスは二千年の間、宮廷道化師としてありとあらゆる国を転々とした。



 王様が好き放題な独裁国、国民第一の民主主義な国、外界からの旅人を極端に嫌う鎖国的な国、事ある毎に税金を払わされる金にがめつい国など、多種多様であった。



 こうした国々には、ある一つの共通点が存在している。それは国民の半数以上が不満を抱いているという事だ。



 人間は欲深い生き物だ。国に支えられているから、国の下に付いているから、国として成り立っているのは国民である私達がいるお陰。などと言い張り、自身の暮らしがより豊かにならなければ、気が済まない。



 そんな我が儘を言う者に限って、国がピンチになると一目散に国を捨てて逃げ出す。また、国自身もその命が危うくなると大事な国民を差し出そうとする。最早、傷の舐め合いである。



 だからこそエジタスは、国という組織に固着する事はしなかった。そもそもが国に潜入していた理由は情報収集である為、そこまで長居する事は無かった。因みにエジタスが関わった国は漏れ無く滅んでいる。



 そんなエジタスが理想国家を作ると口にした。それは真緒達、サタニア達を驚かせるのは勿論、エジタス自身もまさか自分がこんな台詞を吐く日が来るとは、想像もしていなかった。



 「人が最終的に求める物……何だか分かるか?」



 「え? えっと……」



 突然の問い掛けに頭を悩ませる真緒だったが、その答えを待たずしてエジタスが答える。



 「金か? 地位か? 名声か? それとも恋人か? 家族か? いや、答えはもっとシンプル……“時間”だ」



 「時間?」



 「一度は考えた事があるだろう。早く大人になりたい、子供の頃に戻りたい、もっと時間があれば……どんなにお金を積んでも唯一買えない存在、それが時間だ。ではいったい何故、人は時間を欲しがる?」



 「……より幸せになりたいから?」



 答えたのはサタニアだった。エジタスの思考を読み解き、適切な回答を叩き出したと思ったが、エジタスはガッカリした様子で溜め息を漏らす。



 「限られた時間しか持っていないからだ。人間は生まれた瞬間から、死ぬまでの時間が決まっている。どんなに願っても、どんなに長生きしようと努力しても、必ず死は訪れる。中には生まれてすぐに死んでしまう、悲劇的な者までいる。だからこそ人は時間を追い求める。決して手に入らないと分かっていても、欲しいと思わずにはいられない」



 確かにそうかもしれない。もし時間を買う事が出来ると言うのなら、この場にいる全員が全財産を費やしても手に入れようとするだろう。



 「時間の前では全てが無力。だがもしここに、その決して手に入らない筈の時間を操れる存在が現れたとしたら?」



 「「「「「「「!!!」」」」」」」



 この時、漸く全員が理解した。エジタスの言う理想国家の意味が。



 「死という恐怖に恐れなくて良い。永遠なる時間を手にする事が出来る国。そしてその国では“笑顔の絶えない世界”が広がっているのだ」



 「そ、そんな事をすれば皆、生きる意味を無くしてしまいます!! 生きたいから食べる、生きたいから働く、そんな当たり前の日常が崩れてしまいます!!」



 「問題無い。そうした生きる屍は、そのまま野垂れ死にさせれば良い」



 「へ?」



 「何か勘違いしている様だが、俺は何も世界中の生き物を住まわせるとは言っていないぞ」



 「で、でも笑顔の絶えない世界にするって……」



 「あぁ、本当はそのつもりだった。世界中の生き物が笑顔になれば良いと……だが、何処ぞの勇者と魔王のせいで、ワールドクラウンが完全消滅してしまったからな。だから余計な人類にはこの世から消えて貰う事にした」



 「消えて貰うって……」



 「これは仕方の無い“間引き”なんだよ」



 間引き。つまりエジタスは自身が認めた人間しか国民にせず、国外にいる余計な人類は皆殺しにしようと言うのだ。



 正に狂気の沙汰。一年振りの再会だが、その残虐性は今も尚健在であった。



 「さて、ここまでの話を聞いた上で聞かせて貰おうか。マオ、サタニア、どうだ? 俺の国で一緒に暮らさないか?」



 「「…………」」



 「悪い話じゃあるまい。お前達が望むのであれば、周りの仲間達も快く迎え入れよう。更に今なら何と、お前達の大切な存在も蘇らせてやろう。お父さん、お母さんに会いたくはないか? もう一度、家族を強く抱き締めたくはないか? それに国民になったから、あれをしろ、これをしろ、なんて言わない。俺の国の国民は自由に幸せに生きて貰う。まぁ、虐めや差別、犯罪紛いの行為をしたら、それなりの“罰”は受けて貰うけどな……それでどうだ? 俺の国の国民になってくれないか? 一緒にいつまでも幸せに暮らそう」



 エジタスからの誘い。それも破格の条件付き。デメリット無し。メリットしか無い。もう誰かと争う必要も無い。皆でいつまでも幸せに暮らす事が出来る。真緒とサタニアの二人は、周りにいる仲間達に顔を向ける。すると仲間達は何も言わず、只黙って頷いた。



 そして真緒とサタニアは互いに顔を会わせ、仲間達と同じ様に頷き合った。もう既に出す答えは決まっていたのだ。



 「「嫌だ!!!」」



 断った。エジタスの国の国民になるという事は、皆殺しを認めるという事。それは真緒達、サタニア達がこの一年頑張って来た種族同士の友好関係を不意にする事を指していたからだ。



 「……くくく、まさかそんなにハッキリと言われてしまうとはな……どうやらこの一年、力だけじゃなく心も成長している様だな」



 まるで始めから、断る事が分かっていたかの様に笑うエジタス。そんなエジタスに武器を構える真緒達、サタニア達。



 「師匠、蘇ったばかりですみませんが、もう一度眠って頂きます!!」



 「ごめんねエジタス。蘇って欲しいって言ったのに、また殺そうとするなんて……身勝手なのは分かってる……君に嫌われても構わない。だから、大人しく僕の腕の中で永遠に眠って!!」



 「そうはさせんぞ」



 「あなたは……」



 真緒達、サタニア達の前に立ち塞がるロージェ。エジタスを背にして、庇う様に剣を構える。



 「……何のつもりだ?」



 「……退くぞ」



 一触即発の雰囲気が流れる中、それを制止させたのは他でもないエジタスであった。ロージェの剣を無理矢理下ろし、武装を解除させた。



 「目的である俺はこうして無事に蘇った。無理にここで戦う必要は無いだろ」



 「だが、ここでこいつらを殺しておかないと、後々厄介な事になるぞ」



 「分かっているさ、一年前に嫌って程にな……だが今の状況じゃ、確実に負ける……もっと戦力を整えるんだ」



 「…………分かった」



 エジタスの言葉に納得したロージェは、剣を鞘に収める。その間にエジタスは、骨肉魔法を発動し、自身の両足を巨大化させていた。



 「それじゃあな、会えて嬉しかったよ」



 「待って!!!」



 真緒が慌てて止めようとするも、エジタスはロージェを連れて、その場から離れる様に思い切り跳躍した。それによって砂埃が舞い上がり、思わず目を瞑ってしまう。



 「っ…………エジタスは!!?」



 再び目を開けた時には、エジタスとロージェの姿は無かった。



 「最悪だ……」



 「まさかあの道化師が再びこの世に蘇ってしまうとは……」



 「これからいったい何が起こるんでしょうか」



 「分からない……けど、私達の想像を遥かに越える出来事なのは確かだよ……」



 死者を自由に蘇らせるロストマジックアイテムを手に入れたエジタス。それは一年前の戦いよりも、更に過酷な戦いが強いられる事を意味していた。
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