上 下
164 / 275
第八章 冒険編 血の繋がり

実験体Mの記録資料

しおりを挟む
 初めて“それ”と出会ったのは、サイトウコウスケとアーメイデの二人と供に、魔王討伐へ向かっている最中での時であった。



 魔食。人類を滅亡させる怪物。そいつが通った道には何も残らないと言われている。あの魔族の長であり、生物界の頂点に君臨する魔王でさえ、魔食の前では手も足も出ない。故に魔食は制御不可能な自然災害その物だとも言われている。現れたが最後、通り過ぎるのを只祈るしかない。



 魔食を怪物と言わしめる要因は二つ。一つはその圧倒的な大きさ。城よりも、山よりも、あの世界一高いと言われているクラウドツリーよりも遥かに大きい。その為、足を一歩踏み出しただけで周囲に相当な地響きを発生させる。中には大きな街が、魔食の片足に丸ごと潰されてしまった等の話を聞く。



 二つ目は不死身の肉体。これこそが魔王さえも手出し出来ない、最大の理由だと言える。魔食はその名通り、魔力を食料としている。その為、魔法で魔食を倒そうとすれば逆効果になってしまう。分かりやすい例えをすれば、人間に柔らかいパンを投げ付けている様な物だ。



 では物理攻撃で直接叩けば倒せるのかと言えば、そう言う訳じゃない。どうやら魔食は魔力を供給する中で、それを自身の治療にも与える事が出来るらしい。つまり例え物理攻撃でダメージを与えたとしても、即座に回復させられてしまうという訳だ。



 よって魔食を倒すには空気中に存在する魔力粒子の流れを完全にストップさせ、回復手段が取れない様にした上で物理攻撃で一気に畳み掛ける以外、方法は無い。しかし空気中の魔力粒子を止める事など不可能だ。仮に出来たとしても、一緒に酸素や二酸化炭素の流れも止まってしまい、魔食を倒す前にこちらが酸欠で死んでしまうだろう。



 結論、魔食にはどう足掻いても勝つ事は出来ない。



 一方、私はそんな魔食に興味が湧いた。あの魔王でさえ退く存在。もしも、その力をコントロールする事が出来れば、計画遂行の大きな躍進となるかもしれない。



 そして私は遂に、魔食の一部を持ち帰る事に成功した。サイトウコウスケとアーメイデの二人が交戦する中、そのどさくさ紛れに魔食の体の一部を切り取る事が出来たのだ。



 だが、肝心の魔食本体は封印されてしまった。まさかあの魔食を封印してしまうとは、サイトウコウスケ……勇者と呼ばれる存在なだけあって、非常に厄介である。



 それはそれとして、今回手に入れた魔食の一部を解析し、そのメカニズムを詳しく知る事で、本家の魔食に次ぐ新たな怪物を作り上げられるかもしれない。ここからは実験の進捗と成果を記録していこう。それに従って、魔食の名称も“実験体M”に変更する。







***







 あれから数十年の月日が流れた。実験の結果、実験体Mの増殖に成功した。しかし、それ以上の変化は見られ無かった。ありとあらゆる方法で痛め付けたり、魔力以外の食べ物を与えて見る等、思い付く限り試して見たが、好ましい成果は上げられずにいる。



 やはり制御不可能な自然災害を制御しようとするなど、おこがましい事なのだろうか。いや、そんなのは気が弱く時間が足りない者の考え方だ。幸いにも私には無限とも言える時間がある。ゆっくりでいい、少しずつ成果を上げる事にしよう。







***







 あれから数百年の月日が流れた。数えきれない程の実験と失敗を繰り返した。それでも一向に変化を見せない実験体Mに対して、半ば諦めかけていた。



 が、遂にその時が来た。それは数多くいる実験体Mの一体を空間魔法で囲い、一切の魔力供給が止まった状態を維持していた時の事だった。連日の実験と変わらぬ成果に気が抜け、誤って水の入ったコップを割ってしまった。慌てて片付けようとしたその時、実験体Mがまるでその時に零れた水の体を軟体の様に柔らかくして、私の作り出した空間魔法の僅かな隙間から脱出して見せたのだ。



 何故、この様な事が起こったのか定かでは無い。魔力の供給を止められ、動物的な生存本能が働いたのか、はたまた零れた水の真似をしただけなのか。完璧な答えは見つけられなかった。しかし結果として、今回の実験は大成功だった。実に数百年振りに成果を上げる事が出来た。



 この調子で新たな特性を持った実験体Mを作っていこう。また、今回の実験で生まれた実験体Mには“001”と番号を付け加えておく。以降は002、003と数字を増やしていく事にする。







***







 実験体M-001を完成させてから、二千年の月日が流れた。あれから実験体Mは004まで完成した。それぞれが特有の個性を秘めている。と、聞こえ自体は良いが、実際は粗悪品ばかりだ。特に003と004は、空気中の魔力を供給する事が出来なくなってしまい、本家魔食の長所を潰してしまう様な物であり、とてもじゃないが戦闘に参加する事は出来ない。



 002に関しても、空気中の魔力を供給するスピードがアップしたが、供給に特化したがあまり、攻撃と防御が紙程度。これでは手頃なサンドバッグになってしまう。



 結局、上手く行ったのは001だけとなってしまった。無限の回復量は勿論、体がスライム状になった事で唯一の対抗手段である物理攻撃に完全耐性が付いた。正に無敵の存在と化した。



 が、欠点も存在する。それは以前よりも狂暴性が増した事である。001は魔力を含む道具や生物を手当たり次第に襲い掛かり、魔力を吸い付くしてしまう。そして相変わらず制御する事が出来ずにいる。



 万が一、野に離しでもすれば恐らくこの世界に生きる全ての生き物が死に絶える事になるだろう。それは私が望む“笑顔の絶えない世界”にあってはならない事である。しかし、戦闘兵器としては非常に使える。もし、私の計画を邪魔する者が現れたその時は実験体M-001の出番が回ってくるかもしれない。







***







 ここまでが、エジタスの残した実験体Mの記録資料である。一年前、前世の記憶を思い出した私は、エジタスの情報を辿る中で偶然この隠れ家を発見した。



 そこには、エジタスが書き残したと思われる日記、実験体Mに関する資料、そして実験体Mその物があった。四つの透明なガラスビンに、中を培養液で満たしたそれらは大事に保管されており、何故か埃などは一切積もっていなかった。下にはそれぞれプレートが嵌め込まれており、その内の一つである“実験体M-001”と書かれた中身は、既に空となっていた。



 「エジタス……最高のプレゼントを……ありがとう」



 愛するエジタスが遺してくれた最後の贈り物。エジタスがいない今、後を継ぐ私が確りと有効活用させて貰う事にした。



 場所をヘッラアーデの研究室に移した。ここなら最新鋭の設備が揃っており、当時よりも幅広い実験を行えるだろう。



 記録資料を下に整った設備と前世の繰り返しで得た知識を利用し、実験を繰り返した結果、実験体M-005、M-006の二種類が完成。どちらも本家魔食やエジタスが作った001よりも性能は落ちるが、こちらの命令は受け付ける様になった。特に006は忠実に従ってくれる。一度命令を下せば、遂行するまで決して止まらない。これこそ正にエジタスが望んだ結果なのだろう。



 だが問題もある。それは二種類共、自力での魔力供給が不可能な為、魔力を保有している死体などの物を媒介としなければ、活動出来ないという点だ。消費量の問題もあり、006は一体でもかなり長持ちするが、005は大量の死体が必要となる。



 005の方はヘッラアーデの団員を使えば問題は無いが、006の場合は使い勝手が良い為、なるべく一体だけで長持ちさせたい。そこで目を付けたのが一年前、マオと供に異世界から転移して来たセイイチと呼ばれる勇者だ。彼の活躍はマオと負けず劣らず有名であり、前世の記憶を取り戻す前の貴族だった私の耳にも届いている程であった。



 彼ならきっと良い素材になってくれる。そう確信した私は、彼が埋められた場所まで赴き、土の中から掘り返した。さすがは元勇者、死体になってもかなりの魔力を秘めている。これなら006の媒介として相応しい。ついでに彼が生前使っていたとされる武器も拾いに行こう。そうすれば鬼に金棒。私の最高の右腕となってくれるだろう。



 そうなると名前も必要となる。実験体M-006のままでは、直ぐにバレてしまう。素材が死体の為、素顔も見せられない。顔を見せられない……顔が無い……ノーフェイス……よし、ノーフェイスと名付けよう。



 そうして私は最高の手駒を手に入れる事が出来た。二千年の時を越えて、エジタスから私に受け継がれた実験体M。最早、私に怖い物は何も無い。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】では、なぜ貴方も生きているのですか?

月白ヤトヒコ
恋愛
父から呼び出された。 ああ、いや。父、と呼ぶと憎しみの籠る眼差しで、「彼女の命を奪ったお前に父などと呼ばれる謂われは無い。穢らわしい」と言われるので、わたしは彼のことを『侯爵様』と呼ぶべき相手か。 「……貴様の婚約が決まった。彼女の命を奪ったお前が幸せになることなど絶対に赦されることではないが、家の為だ。憎いお前が幸せになることは赦せんが、結婚して後継ぎを作れ」 単刀直入な言葉と共に、釣り書きが放り投げられた。 「婚約はお断り致します。というか、婚約はできません。わたしは、母の命を奪って生を受けた罪深い存在ですので。教会へ入り、祈りを捧げようと思います。わたしはこの家を継ぐつもりはありませんので、養子を迎え、その子へこの家を継がせてください」 「貴様、自分がなにを言っているのか判っているのかっ!? このわたしが、罪深い貴様にこの家を継がせてやると言っているんだぞっ!? 有難く思えっ!!」 「いえ、わたしは自分の罪深さを自覚しておりますので。このようなわたしが、家を継ぐなど赦されないことです。常々侯爵様が仰っているではありませんか。『生かしておいているだけで有難いと思え。この罪人め』と。なので、罪人であるわたしは自分の罪を償い、母の冥福を祈る為、教会に参ります」 という感じの重めでダークな話。 設定はふわっと。 人によっては胸くそ。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

婚約破棄ですか? 無理ですよ?

星宮歌
恋愛
「ユミル・マーシャル! お前の悪行にはほとほと愛想が尽きた! ゆえに、お前との婚約を破棄するっ!!」 そう、告げた第二王子へと、ユミルは返す。 「はい? 婚約破棄ですか? 無理ですわね」 それはそれは、美しい笑顔で。 この作品は、『前編、中編、後編』にプラスして『裏前編、裏後編、ユミル・マーシャルというご令嬢』の六話で構成しております。 そして……多分、最終話『ユミル・マーシャルというご令嬢』まで読んだら、ガッツリざまぁ状態として認識できるはずっ(割と怖いですけど(笑))。 それでは、どうぞ!

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

処理中です...