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第八章 冒険編 血の繋がり

私は認めない

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 私の名前はエイリス。この名も無き村で生まれた女の一人である。初めての娘という事もあり、両親は私を溺愛した。何をしても怒られない。欲しい物は手に入る範囲で何でも手に入った。



 恋愛に関しても特に困る事は無かった。常人よりも整った容姿のお陰で、村中の男達が言い寄って来る。しかしどれもパッとしない為、毎回断っている。



 そんなモテモテの私だが、意外にも女友達との関係は良好だった。何でも嫉妬を越えて、寧ろ清々しさを感じると言うのだ。そして中には同性にも関わらず、告白して来る子まで現れる始末だった。



 そうした人間関係から、人気者として村中の人々にちやほやされた。道を歩けば漏れ無く全員が振り返り、挨拶を交わせば一斉に挨拶が返って来る程であった。



 正に勝ち組の様な人生、誰もが指を咥えて羨ましがる生活。その筈なのに、私の心にはポッカリと大きな穴が空いていた。全てを手に入れられる立場にも関わらず、何かが足りないと感じる。



 渇いた喉が水分を求める様に、空いた腹が食料を求める様に、何かを欲しているのは理解していた。だが、それがいったい何なのか分からなかった。



 そんなもどかしい日々が何年も続き、いつしか仕方の無い事だと思う様になっていた。決してこの心を満たす事は出来ない。私の心は底知れないのだと、半ば諦め掛けていた。



 そう、あの運命的な出会いを果たすまでは……。



 その日はいつもと違って非常に慌ただしかった。毎日私を甘やかして来た両親は一切構って来ず、年がら年中飽きもせずに言い寄って来ていた村の男達が、誰も声を掛けて来ない。私にとっては異常とも言える日だった。



 何故こんな事が起こったのか。それは妊娠していた母が産気付いたからだ。つまり村に新たな命が誕生するという事、私に年の離れた弟妹が生まれるという事を指していた。村中がその話題で持ちきり、よって私に構う余裕が無いのだ。



 誰も構ってくれないという生まれて初めての状況。その原因である弟妹に嫉妬する……なんて事も無く、寧ろ新しく生まれて来る家族に興味津々だった。



 「お母さん頑張って!!」



 「頑張れ!! 頑張れ!!」



 「うっ!! ぁあああああ!!」



 私と父の応援を尻目に叫び声を上げて出産を試みる母。やがて叫び声は止み、静寂が訪れた。



 「う、産まれたぞ!! ……ひぃ!?」



 「はぁ……はぁ……あなた……どうしたの? 生まれたんでしょ? 私にも見せ……ひぃ!!」



 どうやら無事に生まれたらしい。私もその姿を見たいのだが、両親が影になってしまい、上手く見る事が出来なかった。



 「ねぇ!! ねぇ!! 赤ちゃん産まれたんでしょ!! 私にも見せて!!」



 何やらごちゃごちゃと会話をしている両親。私が見せて欲しいとせがむ中、父が取り上げた赤ちゃんをテーブルの上に置いた。空かさずテーブルの上に登って、目的の赤ちゃんを覗き込んだ。



 「うわぁー、これが赤ちゃん?」



 生まれて初めて見る赤ちゃんは、肌の大部分が火傷を負ったかの様に爛れており、見るに耐えない姿をしていた。しかし、私は全く気持ち悪いとは思わなかった。珍しい物を見る感覚で、何となくその子に人差し指を差し出した。



 するとその子は、私の人差し指をぎゅっと優しく握り締めて来た。その瞬間、全身に電流が迸る感覚に襲われ、それまで埋まる事の無かった心の穴が埋まった気がした。きっと私はこの子に会う為に生まれて来たんだと思う位、その子の事を愛おしく感じていました。



 「こら!! 触っちゃ駄目だ!!」



 この時間が永遠と続けば良いなと思っていたが、その願いは父に打ち砕かれてしまった。突然、私を抱き抱えてその子と強制的に引き離したのだ。更に父は我が子を“悪魔”と称した。その時、初めて父に苛立ちと不快感を覚えた。



 自分の息子を悪魔呼ばわりするなど、この子が……いや、“エジタス”に失礼だ。私は弟にエジタスという名前を付けた。私の可愛いエジタス。愛しいエジタス。例え世界中の人々があなたの事を嫌っても、お姉ちゃんだけはあなたの事を愛しているわ。



 その日から、私の生活は一変する事になる。







***







 私のエジタスが生まれてから早五年。楽しい時はあっという間に過ぎ去る物だ。一言で表すとすれば、エジタスは天才だった。五歳でありながらこちらの言葉を完璧に理解し、それらを実行するだけの行動力も備わっていた。さすがは私の弟だ。姉ながら鼻が高かった。



 にも関わらず、周りの連中はエジタスの存在を認めようとはしなかった。それどころか、怪我までさせる始末だ。私の可愛いエジタスに怪我を負わせるだなんて、いくら同じ村の人間であろう決して許される事では無い。今すぐにでもその首を捻って殺してやりたい。しかし心優しいエジタスが、村の連中を庇っている以上、嫌われる行為は避けるべきだ。



 それに最も注意しなければならないのが他にいる。私とエジタスの両親……つまり母と父だ。



 あろう事か、両親は我が子であるエジタスに暴力を振るっているのだ。村の男達を利用して集めさせた情報によると、どうやら私が出稼ぎで出掛けている間に行っている様だ。そして私が家にいる時は、無関心を決め込む。何と腹立たしい。もしエジタスの両親じゃ無かったら、迷わず殺していただろう。



 だが、もうすぐだ。もうすぐエジタスと二人で暮らす為に必要な資金が貯まる。そうすればこんな所、さっさとおさらばしてエジタスと二人きりでいられる。私はそう遠くないエジタスとの甘い生活を夢見ていた。



 だけど私は甘かった。両親のエジタスに対する憎悪がどれだけの物なのかを。もっと……もっと早く気が付いていれば……。



 その日、私は朝早く村の近くまでやって来ていた行商人に、森で採れた茸や山菜を売って、エジタスとの生活資金を確保していた。



 「(やった!! 遂に……遂にエジタスと生活出来るだけの資金が貯まった!!)」



 私は浮かれていた。エジタスと二人きりで暮らしたいと思うあまり、いつもより早く家を出てしまった。そして目標の金額まで貯まり、更に浮かれてしまっていた。



 「(エジタス、待っててね!! すぐにお姉ちゃんが迎えに行くからね!!)」



 期待を胸に家路を急いだ。一分、一秒でも早く着こうと走った。この五年間、狩りで鍛えられた私の肉体は信じられない程、成長していた。



 「ただいま!!」



 家に帰ると、そこにエジタスの姿は無かった。いるのは母だけだった。



 「あら、おかえりなさい。随分と早かったのね?」



 「えっ? あっ、うん、ちょっとね……それよりエジタスは?」



 「あぁ、あいつならお父さんと“狩り”に出掛けてるわよ……ふふっ」



 「!!!」



 一気に血の気が引いた。あの父がエジタスと一緒に狩りに出掛けるだなんて、嫌な予感しかしない。



 「わ、私……ちょっと様子を……」



           ガチャ



 「おぉ、エイリス。帰ってたのか」



 私が様子を確かめようと、玄関の扉を開けたその時、丁度父が帰って来た。



 「お、お父さん……」



 しかし、傍らにはエジタスの姿は無かった。そして父の服には返り血と見られる血痕が残っていた。嘘だ。嘘だと言って。信じたくない。あり得ない。聞きたくない。そんな私の思いとは裏腹に、口が勝手に動いてしまう。



 「エ、エジタスは……?」



 「エジタス? 誰だそれは?」



 「!!!」



 最悪の答え。無かった事にされてしまった。私の中で溜め込んでいた怒りが爆発する。



 「ふざけないで!! エジタスは何処なの!!?」



 「おいおい、そんなに怒鳴るなよ。ご近所に迷惑だろう。それで何だっけ?」



 「エジタスよ!! あんた達の子供で、私の弟の!!」



 「エジタスねー、そんな奴知らないなー。母さんは知ってるか?」



 「いえ、全然。そんなのウチにいたかしら?」



 ふざけるな。自分の子供だろう。どうしてそんな酷い真似が出来る。あまりの怒りに握り締めていた両拳に爪が食い込み、内出血を起こしていた。



 「まぁまぁ、そんな訳の分からない奴の事なんか忘れて、家族三人で暮らそう。何ならまた新しい家族を増やしてやろうか。な?」



 「もう、あなたったら……」



 「「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」」



 「…………っ!!!」



 「……はははぐひゃっ!!?」



 「あなた!!?」



 気が付くと私は父の顔面を殴り飛ばしていた。見事に中心を捉えた私の拳は、父の鼻と前歯数本を折った。



 「エイリス!! あなた何て事を!!」



 母に怒鳴られるも、それを無視して私は家を飛び出した。私は認めない。エジタスは生きてる。必ず生きてる。涙を流しながらも無我夢中で走り続ける。



 やがて父とエジタスがやって来たであろう森に到着した。まだそんなに時間は経っていない。捜せば見つかる筈だ。



 「エジタスー!! 何処なのー!! エジタスー!!」



 私は大声で叫んだ。森の猛獣に聞かれようが構わない。エジタスの安否を確認出来ればそれで良い。



 「エジタスー!! エジタスー!! お姉ちゃんよー!! 返事をしてー!!」



 森に響き渡る私の声。しかし、エジタスの声は一向に聞こえて来ない。時間が経てば経つ程、不安は募るばかりだった。



 「お願い……エジタス……」



 辺りを見回し、それらしい影はないか捜し回るが、全く見つけられなかった。



 「……あれは!!?」



 代わりに見つかったのは大量の血痕だった。おびただしい量の血液に私は絶望した。



 「そんな……嘘……嘘よ……エジタス……いやぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」



 エジタス。私の可愛い弟。目の前の現実が信じられない。いったいどうしてこんな事に……いや、もう分かってるじゃないか。どうしてこんな事になったのか。



 「……エジタス……お姉ちゃんが仇を取ってあげるからね……」



 私はその日、大切な愛する家族を失った。そして復讐の鬼と化すのだった。
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