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第七章 冒険編 大戦争

クイト一族(中編)

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 結論から言えば、エジタスはクイト一族のお得意様になった。時代を先駆けし過ぎたマジックアイテムの数々。その殆どが売れ残ってしまい、減るのは費やした資金ばかりだった。そんな売れ残ったマジックアイテムを全て買ってくれるのだ、これ程気前の良い事は無い。



 エジタスは三日に一度の頻度で、集落に足を運んだ。その度に新作はないのか、もしあるのなら言い値で買おうと、大盤振る舞い状態だった。そんなやり取りが一年近く続いたある日……。



 「何をしているんですか~?」



 いつもの様にマジックアイテムを物色していたエジタスは、道端で四つん這いになっている少女を見掛けた。周りの大人が声を掛けない所から、体調不良では無さそうだった。となるといったい何をしているのか、余計に気になったエジタスは、直接少女に声を掛けた。



 「んー、お絵かき」



 少女の視線の先を確認すると、地面にクレヨンの様な赤いペンで、何か動物の絵を書き込んでいた。



 「そうでしたか~、因みにこれは何を描いているのですか~?」



 「お馬さん!!」



 「お馬さん……成る程……」



 線はガタガタ、四本足それぞれの大きさはバラバラで体つきも弱々しく、お世辞にも上手いとは言えなかった。



 「上手ですね~、まるで本物の様ですよ~」



 しかしそれを正直に言う事はしなかった。あくまでも少女を傷つけず、笑顔にする様に接した。



 「えへへ、でしょ。おじさん、乗ってみたい?」



 「えぇ、乗れるのであれば是非とも乗りたいですね~」



 何とも微笑ましい光景である。エジタス自身も少女とのやり取りは嫌では無かった。



 「じゃあ乗せてあげるね!!」



 「はい?」



 すると少女は、自分の描いた絵に両手を伸ばした。両目を瞑り、何かを念じ始めた。その状態がしばらく続いた後、少女は伸ばした両手を引っ込め、閉じていた両目を開けた。



 「いったい何を……?」



 「見て」



 「……っ!!?」



 その時、エジタスは信じられない光景を目にした。地面に描かれていた少女の馬が動き出したのだ。不揃いの四本足で辿々しくも、確かに立ち上がった。



 「なっ、どうやって!!?」



 突然動き出した絵に驚きを隠せないエジタス。少女はエジタスの手を掴み、馬の絵の方に引っ張っていく。



 「ほら、乗って乗って!!」



 「乗ってと言われましても……」



 描いた絵が動いただけでも驚きを隠せないのに、その絵に腰を下ろせと言われた。最早、エジタスの頭はパニック寸前であった。



 「お気持ちは嬉しいですが、さすがにその背中に乗るのは……お馬さんが可哀想ですよ……」



 「えぇー、大丈夫だよ。大丈夫だよね?」



 『ヒヒーン!!』



 「ほら、大丈夫だって」



 「(い、意思を持っている!?)」



 馬の絵は少女の言葉に答えるかの様に鳴いた。只の偶然なのかもしれない。しかし次の瞬間、馬の絵は自ら膝を曲げて、エジタスが背中に乗りやすい姿勢を取って見せた。つまりこの絵は動くだけで無く、感情まで宿していたのだ。



 「乗って乗って!!」



 「……分かりました……」



 結局、エジタスは乗る事にした。それはこれ以上、少女の想いを無下にする訳にはいかない為……というのは建前で、本当は単なる好奇心であった。



 「…………」



 恐る恐る馬の絵に跨がるエジタス。今にも折れてしまいそうな背中目掛けて、ゆっくりと慎重に腰を下ろした。



 「!!?」



 その瞬間、不思議な感覚に襲われた。一本の細い線で描かれている背中に腰を下ろしたと思っていたが、感じたのは重量感のある逞しい馬の背中であった。慌てて確かめるエジタスだったが、やはり跨がっているのは少女が描いた弱々しい馬の絵だった。しかし感覚は本物の馬その物であった。



 「(何がどうなってる……こんなのマジックアイテムの範疇を軽く越えているぞ!?)」



 どんなに優れたマジックアイテムであっても、意思疏通が図れたり、本物の生き物と同じ感覚が味わえるなど、通常ならあり得ない事であった。



 「ねぇねぇ、どう?」



 「……大変、素晴らしい乗り心地ですよ……」



 声のトーンから察するに、およそ楽しんでいる様には感じられなかった。



 「でしょー」



 しかし悲しくも少女は幼く、その事には気付く事が出来なかった。



 「所でお聞きしたいのですが……」



 「なぁに?」



 「そのペンはどなたが作られた物なのですか?」



 先程までの陽気な雰囲気とは異なり、まるで何かを探ろうとしているかの様な、落ち着きのある態度だった。



 「ママだよ!!」



 「成る程、そうでしたか。それでお母様は今どちらに……?」



 「…………」



 「どうかしましたか?」



 突然黙り込んでしまった少女に、エジタスは思わず首を傾げる。



 「ママは……お空の上にいるの……お空の上で……見守ってくれているの……」



 「!! そうだったんですか……辛い事を思い出させてしまいましたね」



 「…………」



 「……ほらほら~、そんな暗い顔していたら駄目ですよ~」



 「きゃっ!!?」



 落ち込む少女を見かねたエジタスは、少女を持ち上げて一緒に馬の絵に跨がらせた。



 「悲しい時こそ“笑顔”ですよ~、泣き顔を晒すよりも、笑みを溢した方がお空の上にいるお母さんもきっと喜びますよ~……はっ!!」



 「!!!」



 そう言いながらエジタスは、馬の絵を勢い良く走らせた。その速度は不揃いな足とは思えない程、速く駆け抜けた。勿論、エジタスに乗馬の経験などは無い。それどころか、馬に乗ったのは今日が初めてだったりする。にも関わらずこうして乗りこなせているのは、マジックアイテムの賜物か。



 「わぁ、はやいはやい!!」



 「やっと笑ってくれましたね~」



 「もっと!! もっとはやく!!」



 「はいはい、分かりましたよ~」



 少女の要望に応える為、更に馬の絵の速度を上げる。その途中、周りの大人達が道を駆け抜けるこちらを見て、驚きの表情を浮かべていた。中には訝しげな表情で見つめてる連中もいた。



 「凄い凄い!! あはははは!!」



 「うんうん、やっぱり笑顔が一番ですね~、辛い時や苦しい時はその笑顔を思い出して下さい。きっと今よりも幸せになっている筈ですよ~」



 馬のトップスピードを体験し、思わず笑みが溢れる少女。そんな少女にエジタスは鼓舞を送った。



 「(これ程のマジックアイテムを作り出すとは……この子の母親が優秀だった? いや、それなら彼女の作った物が幾つか残っていても可笑しくは無い。しかし実際、ここまでの代物には巡り会っていない。となると残る可能性は……後で長を呼んで問いただすとするか)」



 少女を笑顔にする一方、心の中では不穏な事を思い浮かべていた。



 「おじさん!!」



 「何ですか~?」



 「たのしいね!!」



 「……はい、とっても楽しいですね……」



 少女の可愛らしい笑顔に対して、常に笑みを浮かべている仮面を着けたエジタスが、本当に笑顔なのかは謎であった。
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