上 下
138 / 275
第七章 冒険編 大戦争

最後のロストマジックアイテム

しおりを挟む
 玉座の間では緊張が流れている。リリヤ女王と相対し、これから激しい戦闘が繰り広げられると予想されていた。しかし構えた筈の剣は真緒の手から離れ、床に落ちた。



 「ど、どうしたんですか!? マオさん!!」



 「手でも滑っだだがぁ?」



 「…………」



 突然、剣を落としてしまった真緒にリーマとハナコが心配の声を掛ける中、フォルスだけは何かを考え込むかの様に、その様子をじっと見つめていた。



 「あ、あれ……可笑しいな」



 今一度、落とした剣を拾い上げる真緒だったが、改めてリリヤ女王に矛先を向けると、再び手から剣を落としてしまった。



 「こ、こんな事って……」



 「マオさん、さっきからいったいどうしたんですか!?」



 「調子でも悪いだがぁ?」



 「…………」



 真緒は自身の両手に対して開いて、閉じるを繰り返し、それぞれの指の感覚を確かめる。



 「よ、よし、今度こそ大丈夫な筈……」



 三度目の正直と言わんばかりに、真緒は落としてしまった剣を“両手”で確りと握り締めながら拾い上げる。そしてそのままリリヤ女王に矛先を向けた瞬間、真緒は剣を両手から落としてしまった。



 「「「!!!」」」



 この時、漸く真緒達は理解した。手が滑った訳でも、ましてや調子が悪い訳でも無い。確実に何らかの“攻撃”を受けている。いったい誰が。その答えは直ぐ様導き出された。真緒達の視線は自然と向かい側で、優しい笑みを浮かべているリリヤ女王に向けられた。



 「リリヤ……いったい何をしたの?」



 「いやですわマオさん、“私は”何もしていませんよ」



 含みのある言葉。しかし、嘘は付いていない様に感じた。それなら尚更、疑問が深まった。



 「人を疑う前に、ご自分を疑っては如何ですか?」



 「自分?」



 「えぇ、マオさんは今まで数え切れない程、戦って来ました。ですが心の底では、もう戦う事に疲れていたのではありませんか?」



 「そんな事無い!!」



 「そうやって感情を剥き出しにするのは、認めているのと同じ事ですよ。それとも、マオさんは戦うのがお好きなのですか?」



 「べ、別に好きで戦ってる訳じゃ……」



 その言葉に、リリヤ女王はニヤリと口元を歪ませる。



 「そうですよね、戦うのが好きな人なんてそうそういる者じゃありません。マオさんは平和の為に幸せの為に無理して戦って来ました。けど、それも遂に限界を迎えたのです」



 そう言いながらリリヤ女王は、ゆっくりと真緒達の方へと歩み寄って来る。



 「頭では分かっていても、心の底ではもう戦う事に堪えられなくなっているのです。だから何度も剣を落としてしまうのです。これはマオさんの心が戦う事を拒絶しているんです」



 「私の心が……戦う事を拒絶……」



 「その証拠に心が穏やかになっていませんか?」



 リリヤ女王の言う通り、どんどん心が穏やかになっていく。リリヤ女王がこちらに近付けば近付く程、晴れやかな気持ちになっていた。



 「で、でも私……」



 「マオさん、あなたは充分頑張りました。もうこれ以上、頑張らなくて良いのですよ」



 「リリヤ……」



 リリヤ女王が正しいのかもしれない。そう考え始める真緒の下に、リリヤ女王が歩み寄って来た。



 「もうこんな意味の無い戦いは止めましょう。さぁ……」



 そう言いながらリリヤ女王は、真緒に対して右手を差し出した。



 「リリヤ……うん……」



 遂にリリヤ女王の言い分を認めた真緒は、素直に差し出された右手を取ろうとした。



 「ちょっと待ちな」



 「「「「!!?」」」」



 しかしその間に割って入って来た者がいた。誰であろうフォルスである。



 「フォルスさん? どうしたんですか?」



 「騙されるなマオ。確かにこの女の言う事には一理あるかもしれない。だが、いくら心が戦う事を拒絶しているからって、両手で掴んだ剣を落とす訳が無いだろう」



 「で、でも現にこうして……」



 「思い出せ、そもそも俺達はどうしてこいつと戦おうとしていたんだ?」



 「それはリリヤが身に付けているあのペンダントが最後のロストマジックアイテムだから……ま、まさか!!?」



 フォルスの問い掛けに答えようとした真緒。その瞬間、頭に電流が走り抜け、ある一つの可能性が導き出された。拾い上げた剣を何度も落としてしまう奇妙な出来事の正体。それは……。



 「十中八九、その力による物だろうな」



 「あらあら、何の証拠があってそんな事を仰るのですか?」



 「じゃあ、その背中に隠している左手を見せて貰おうか」



 よく見ると、リリヤ女王は右手を差し出している一方、左手は背中に回して真緒達からは見えない様にしていた。



 「もし、本当に戦う意志が無いって言うのなら、その左手に隠し持っている物を見せて貰おうか」



 「…………」



 するとリリヤ女王は、ゆっくりと左手を前に持って来た。そしてその手には、鋭く尖ったナイフが握られていた。



 「ナ、ナイフ!! まさかマオさんが手を取った瞬間にそれで突き刺そうとしたんですか!?」



 「えぇ、その通りよ」



 悪びれる事無く犯行を認めた。すると次の瞬間、そのままナイフを真緒目掛けて投げ飛ばした。



 「っ!!」



 真緒は持ち前の反射神経を生かし、寸での所でナイフを避ける。しかし僅かに反応が遅れてしまった為か、頬から血が流れ出る。



 「騙し討ちなんて卑怯ですよ!!」



 「卑怯? 可笑しな事を言うのですね。これは命を賭けた戦い……生き残った方が正義なのです。よって卑怯なんて言葉は存在しませんよ」



 「くっ……」



 リリヤ女王の言葉に間違いは無い。これは決闘や試合では無い。正論を叩き付けられ、口ごもるリーマ。



 「ですが、よく気が付きましたね。さすがは鳥人族と言った所でしょうか」



 「その割には随分と余裕そうじゃないか。そのペンダント……確か“慈愛のペンダント”って言ったか。能力は“武装強制解除”という所か?」



 「残念ですが違います。正解は“着用者に対して負の感情を抱けない”です」



 「負の感情だと……?」



 「怒り、憎しみ、恨み、妬み、嫌み、悲しみ、苦しみなど攻撃性の含まれる感情を私に向ける事は一切出来ません。万が一向けた場合、即座に調和されて喜びの感情に変換されます」



 リリヤ女王は首から下げられているペンダントを軽く撫でると、足下に落ちている真緒の剣を拾い上げる。



 「例えばこの様な鋭く命の危険がある物を向けられたとしても、それは敵意という名の負の感情として処理され、無意識の内に武器を下ろしてしまうのです」



 一通り眺め終わると、真緒の側から離す様に玉座の方向へと投げ捨てた。



 「つまり私に攻撃を加える事自体、不可能だと言う事ですよ」



 突き付けられた残酷な現実。これまで幾度となく絶望に打ちのめされて来た真緒達だったが、それでも何とか乗り越える事が出来た。それは相手に弱点があったり、突破口があったからである。しかし、今回に関してはどうしようも無い。打つ手が無い。もしフォルスが言っていた武装強制解除が“慈愛のペンダント”の能力であれば、勝つ希望はあっただろう。しかし、敵意すら抱く事が出来ないとなれば最早、真緒達に勝ち筋は無い。お手上げだ。



 「あり得ない……自分自身ならともかく、他者の感情を操るだなんて……くそっ!!」



 信じられない。否、信じたくない。フォルスは翼を大きく広げると、天井ギリギリまで舞い上がった。



 「そんな事がある筈が無い……もし本当なら、何故俺達にロストマジックアイテムを集めさせた!!? その“慈愛のペンダント”を使えば、簡単に回収出来たじゃないか!?」



 そう、フォルスが信じない理由はそこにあった。本当にそんな桁外れな能力があるのなら、わざわざ真緒達に頼まなくても自分で回収しに回れば、こんな騒動は起こってはいなかっただろう。



 「それでは駄目なんですよ」



 「え?」



 「簡単に回収してしまっては、あなた方の死ぬ姿を見る事が出来ません」



 「「「「!!!」」」」



 「エジタス様を殺した罪は重い……その罪は死でしか償えない。ですがどうせ死ぬのなら、私と同じ様にエジタス様に信頼を寄せられた方々に仇を取って貰った方が、エジタス様の魂も浮かばれる事でしょう」



 全てはリリヤ女王の個人的な恨みからだった。ヘッラアーデもロストマジックアイテムも囮であり、真の目的は真緒達の死であった。



 「ふ、ふ、ふざけるなぁあああああ!!!」



 「フォルスさん!!」



 フォルスは感情に身を任せる様に弓を構えた。そしてリリヤ女王目掛けて矢を放った……が、矢は情けなくフォルスの真下にポトリと落ちた。



 「…………くそ……くそっ……!!」



 「これで分かりましたか? 元より、皆様には勝ち目など皆無なのです」



 真緒達は言い知れぬ絶望感に苛まれるのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】では、なぜ貴方も生きているのですか?

月白ヤトヒコ
恋愛
父から呼び出された。 ああ、いや。父、と呼ぶと憎しみの籠る眼差しで、「彼女の命を奪ったお前に父などと呼ばれる謂われは無い。穢らわしい」と言われるので、わたしは彼のことを『侯爵様』と呼ぶべき相手か。 「……貴様の婚約が決まった。彼女の命を奪ったお前が幸せになることなど絶対に赦されることではないが、家の為だ。憎いお前が幸せになることは赦せんが、結婚して後継ぎを作れ」 単刀直入な言葉と共に、釣り書きが放り投げられた。 「婚約はお断り致します。というか、婚約はできません。わたしは、母の命を奪って生を受けた罪深い存在ですので。教会へ入り、祈りを捧げようと思います。わたしはこの家を継ぐつもりはありませんので、養子を迎え、その子へこの家を継がせてください」 「貴様、自分がなにを言っているのか判っているのかっ!? このわたしが、罪深い貴様にこの家を継がせてやると言っているんだぞっ!? 有難く思えっ!!」 「いえ、わたしは自分の罪深さを自覚しておりますので。このようなわたしが、家を継ぐなど赦されないことです。常々侯爵様が仰っているではありませんか。『生かしておいているだけで有難いと思え。この罪人め』と。なので、罪人であるわたしは自分の罪を償い、母の冥福を祈る為、教会に参ります」 という感じの重めでダークな話。 設定はふわっと。 人によっては胸くそ。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

婚約破棄ですか? 無理ですよ?

星宮歌
恋愛
「ユミル・マーシャル! お前の悪行にはほとほと愛想が尽きた! ゆえに、お前との婚約を破棄するっ!!」 そう、告げた第二王子へと、ユミルは返す。 「はい? 婚約破棄ですか? 無理ですわね」 それはそれは、美しい笑顔で。 この作品は、『前編、中編、後編』にプラスして『裏前編、裏後編、ユミル・マーシャルというご令嬢』の六話で構成しております。 そして……多分、最終話『ユミル・マーシャルというご令嬢』まで読んだら、ガッツリざまぁ状態として認識できるはずっ(割と怖いですけど(笑))。 それでは、どうぞ!

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

処理中です...