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第六章 冒険編 記憶の森

奴隷大作戦

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 真緒達は薄暗く、埃っぽい室内にいた。湿っぽく、カビ臭くもあるその室内には真緒達の他にも人がいた。しかし全員漏れ無く檻に入っており、首には鉄の首輪が嵌められていた。所謂“奴隷”と呼ばれる人達であった。そんな人達を檻の外から眺めている真緒達であったが、何故か檻の外にいる筈の真緒達の首にも同じ鉄の首輪が嵌められていた。



 「思ったより苦しくは無いな」



 フォルスは鉄の首輪を触りながら、ポツリと漏らした。



 「そうですね、もっと息苦しくなるのかと思っていました」



 同調する様に真緒も自身の首に嵌められている鉄の首輪を触りながら喋った。



 「これで少しハナちゃんの気持ちが分かった気がするよ」



 「マオぢゃんどお揃いになれで、オラ嬉じいだぁ」



 「そう言えば、マオさんはここでハナコさんと出会ったんですよね?」



 そんな中、リーマだけが何故か首に鉄の首輪を嵌められていなかった。



 「うん、ハナちゃんったら寝相が悪くて檻を三つも壊しちゃってたんだよ」



 「あはは、ハナコさんらしいですね」



 「出来れば忘れで欲じがっだだぁ……」



 寝相の悪さから寝床を三度破壊してしまった過去を持つハナコは頭を掻き、恥ずかしそうに喋る。真緒達が談笑していると、ターバンを巻いた小太りの男が部屋に入って来た。



 「皆さん、お待たせしました」



 「あっ、店主さん」



 男の正体は奴隷販売店の店主であった。かつて真緒は店主からハナコを買い取る際、店主は厄介払いとしてハナコをタダで譲ったなど、僅かながら繋がりがあった。



 「こちらが皆さんの詳しい奴隷情報が書かれた書類になります。本来ならこれらは奴隷をご購入して頂いた方にお渡しする形になっていますが、今回は特別という事ですので個人それぞれが持つ事が出来ます。どうぞ」



 「ありがとうございます」



 そう言って真緒達は店主から自分達の個人情報が記された紙を受け取る。勿論、これらの情報は全て真緒達自らが店主に伝えた情報である。



 「そしてこちらが皆様の首輪を外す為の鍵になります。こちらも個人それぞれが持っていた方が良いでしょう」



 そう言うと店主は、一本ずつ鍵を真緒達に手渡して行く。



 「店主ざん、何から何までありがどうございまずだぁ」



 「いえいえ、私も久し振りにハナコに会えて本当に嬉しかったですよ。そうそう、説明の必要は無いと思いますが、皆さんが嵌めている首輪は只の首輪です。檻の中にいる人達が嵌めている首輪は魔法的な力が秘められており、飼い主が命令すれば強制的に従わせる事が出来ます。一方、皆さんの首輪に嵌められている首輪にはそうした要素はありませんので、ご注意下さい」



 「分かりました」



 「……それにしても奴隷という立場を利用してエルフ達が住まう森に潜入しようとは……考えましたね」



 店主は真緒達の首に嵌められている鉄の首輪を見つめながら、提案者であるリーマに声を掛ける。



 「昔からエルフは熊人族と同じ位、奴隷として売買されて来た種族です。その為、エルフ達は奴隷という言葉に激しい嫌悪感を抱いています。しかし、その奴隷という立場を利用すれば上手く潜入する事が出来ると考えました。奴隷という制度に被害を受けたエルフだからこそ、同じ境遇の者を決して見捨てる事は出来ない。例えそれが初対面の人間だとしても……」



 「人間専門の奴隷店主ではありますが……中々にえげつない考えをお持ちですね」



 「嘘は付いていませんよ。現に私達の中には元奴隷であるハナコさんがいるんですからね」



 自慢気に語るリーマを尻目に照れ臭そうにするハナコ。つまりリーマが立てた作戦としてはかつて奴隷売買の被害者であるエルフに同じ境遇の奴隷をぶつける事で、同情から初対面でも受け入れて貰える様にする事であった。どんな生き物であっても同情の心は存在する。リーマの作戦はそんなエルフ達の良心を傷付けるある意味えげつない作戦なのだ。



 「そう言えば店主さん、随分と奴隷の数が少ない気がするんですが……?」



 「…………」



 その言葉に口を閉じる店主。真緒の言う通り、当時よりも奴隷の数は極端に少なくなっており、檻の中にいるのはせいぜい二、三人であった。



 「何かあったんですか?」



 「あったも何も……もうすぐこの店を畳むんですよ」



 「ど、どうじでだぁ!!?」



 店主の悲しそうな解答にハナコが驚きの声を上げて、理由を問い掛ける。



 「国の方針ですよ……私達の店の様なグレーな店は全て排除して、健全な店を立てる様です」



 「で、でもこの店は行き場の無い人達を奴隷として保護しているんですよね?」



 「えぇ、本当は孤児院を立てたいのですが、建設費や維持費などを考えると難しく……なので今までずっと奴隷店としてギリギリの綱渡りをして来た訳ですが……年貢の納め時って奴ですかね……」



 「そんな……この店が失くなったら……ここにいる人達はこれからどうなるんですか?」



 「何とか住み込みで他の店で働かせて貰えないか交渉しているんですが……中々上手く行かなくて……」



 「国は? 国から何か支援はしてくれないのか?」



 フォルスの問い掛けに首を横に振る。



 「何も……グレーな店は取り壊されて当然……という判断の様です」



 「そんな……そんなの勝手過ぎますよ!! ちょっと私、リリヤ女王に文句言って来ます!!」



 「止めて下さい!!」



 「店主さん……」



 リリヤ女王に直談判しに行こうとする真緒を止める店主。



 「これ以上、面倒事を増やさないで下さい……」



 そう語る店主の顔は、今にも泣き出しそうであった。



 「申し訳ありませんが……そろそろ出て行って貰えないでしょうか? もう私に出来る事はありません……そして私に関わるのはこれっきりにして下さい……」



 「「「「…………」」」」



 店主の心情を察し、真緒達はそのまま無言で奴隷店を後にするのであった。







***







 「「「「…………」」」」



 奴隷店から外に出て来た真緒達。しかしその表情は暗く、決して明るいとは言えなかった。



 「……これからどうしますか? 取り敢えずニンフェの森に行く準備は整いましたけど……」



 「「「…………」」」



 誰も何も答えない。複雑な感情が入り乱れ、本人達もどうして良いのか分からなかった。



 「マオぢゃん……」



 「ん?」



 「オラ……政治の事はよぐ分がらないげど……げど……店主ざんは優じい人で……いつも皆の事を考えでいで……だがら……ぞの……」



 ハナコの目からポロポロと涙が零れ落ちる。これは同情の涙なのか、はたまた怒りの涙なのか。只、ハナコにとってあの奴隷店は第二の故郷であった。例えやっている事はグレーでも、店主の思いなどを無下にする事は出来なかった。ハナコの涙を見て、真緒は何かを決心する。



 「皆……悪いけど寄る所が出来ちゃった……」



 「マオさん……」



 「マオ……」



 「皆は先に向かって、後から追い掛ける……っ!!?」



 真緒の行く手を遮るリーマとフォルス。



 「水臭い事言うなよ」



 「そうですよ、マオさんが行くのなら私達も行きますよ」



 「オ、オラも一緒に行ぐだぁ……」



 「皆……ありがとう……」



 そうして真緒達は、カルド城へと歩き出すのであった。
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