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第六章 冒険編 記憶の森

会議室にて

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 「糞がぁ!!」



 ゴルド帝国会議室に響き渡る怒鳴り声と衝撃音。声の主であるフェスタスは頭に血管を浮き上がらせながら、骨肉魔法によって巨大化させた右腕で会議室の机を勢い良く叩いていた。机には何度も叩き付けた様な大きなヒビが入っており、今にも壊れてしまいそうであった。そんな苛立ちを隠せないフェスタスに対して同じ場に居合わせているエイリス、ロージェ、ノーフェイスの三人が冷ややかな目線を送る中、エイリスが溜め息を漏らしながら話し掛ける。



 「物に当たるのはよくありませんよ。また壊すつもりですか?」



 「うるせぇ!! 何に当たろうが俺の勝手だろうが!!」



 「この会議室を使っているのはあなただけじゃありません。もっと周りの事も考えて頂けないでしょうか?」



 「そもそも何故そんなに苛立っているんだ? 一ヶ月の謹慎なら解かれたんだろう?」



 疫病の村での一件以来、フェスタスはエイリスに一ヶ月の謹慎処分を食らっていた。しかしその謹慎もついこの間、解かれている。その為、ロージェからすれば何故フェスタスが苛立っているのか全く分からなかった。



 「えぇ、確かに謹慎は解いたわ。苛立っているのは別件、私が頼んでいる残りのロストマジックアイテムの回収についてよ」



 「……そんな話、聞いてないぞ」



 「当たり前よ。話していないからね」



 「理由を聞いても良いか?」



 「忘れた訳じゃ無いわよね? あなたは一度、ロストマジックアイテムの回収に失敗している。それも確実に回収出来る状況だったのにも関わらず……正直な話、私はあなたという人間を信用していないわ」



 「奇遇だな、私もお前を信用していない」



 二人が睨み合う中、再び会議室に衝撃音が響き渡る。二人が音のした方向に顔を向けると、フェスタスがまた会議室の机を勢い良く叩いていた。



 「そんな話はどうでも良い!! 今は俺の話だろうが!!」



 「……そうでしたね、失礼しました。ロージェ、話の続きはまた後日という事で……」



 「異論は無い」



 「それでフェスタス? いったい何があったのですか?」



 「どうもこうもあるか!! あの野郎……この俺がわざわざ直々に回収しに行ってやったのに拒みやがったんだ!!」



 「相手方は何と?」



 「お前は相応しくない……お前に渡す位ならその辺の村人に渡すとか何とか……ふざけるな!! 俺はあのエジタスの息子なんだぞ!! 相応しいに決まってるだろう!!」



 「それは困りましたね……」



 「無理矢理奪う事は出来なかったのか?」



 「それが出来ればとっくにやってる!! だがあいつは森の奥深くにいて、正確な居場所が掴めないんだよ!!」



 「何? それじゃあ今までどうやって交渉していたんだ?」



 「監視しているのか、森に足を踏み入れると、何処から途も無く声が響き渡って来るんだ」



 「つまり未だに直接姿を見てはいないという事か?」



 「そうだって言ってんだろうが!! ちゃんと聞いてんのか!!?」



 「そうカッカするな、只の事実確認だ。そんなに拒み続けるのなら、森ごと焼き払うと脅せば良いじゃないか?」



 「……それは無理だ……」



 先程まで興奮気味だったフェスタスが、急に冷静な態度を取り始めた。だが相変わらず眉間にシワが寄っており、苛立っている事に変わり無かった。



 「何故だ? 森の一つや二つ位、それなりの理由を付ければ燃やしたとしても問題無いだろう」



 「普通の森だった場合はね……でも今回の森は少し厄介なのよ」



 「厄介? いったい何処の森なんだ?」



 「“ニンフェの森”よ」



 「成る程……それは確かに燃やす事は出来ないな」



 「糞がぁ!! 交渉は不可能、無理矢理奪おうにも居場所が分からない、森を燃やす事も出来ない!! 八方塞がりだ!!」



 歯を食い縛り、頭を抱えるフェスタス。その姿は最早陽気な道化師とは程遠かった。



 「少数精鋭の部隊を作り、森に侵入させて見たらどうだ?」



 「もうやってる!! あれから三日経つが……何の音沙汰も無い!! 恐らく殺されたんだろう!!」



 「あの森には危険な動物や植物が多く生息している。生半可な実力が行っても返り討ちに会うだけだと思うわ」



 「じゃあいったいどうしろと言うんだ!? 他に手があると言うのなら言ってみろ!!」



 「お前自身が行けば良いじゃないか?」



 「な、何だと!!?」



 「エジタスの息子なんだろ? 最強の骨肉魔法も扱える。実力的には申し分無いと思うが?」



 「……ま、万が一俺自身が行ったとして……帰って来れる保証は何処にも無い……もし帰って来れなくなってしまったら、いったい誰がこの世界を笑顔の絶えない世界にすると言うんだ?」



 ロージェの問い掛けに対して、急にしおらしく振る舞う。そんなフェスタスにロージェは鼻で笑った。



 「ふん、もっと素直に言ったらどうだ、怖いんだろう?」



 「何だと!!?」



 馬鹿にされたフェスタスは勢い良く立ち上がり、ロージェを強く睨み付ける。右腕を巨大化させて今にも襲い掛かりそうだった。一方、ロージェは余裕の態度を取っており、立ち上がろうとさえしなかった。



 「止めなさいフェスタス」



 「これは俺とこいつの問題だ、引っ込んでろ」



 「今この状況で内輪揉めを見逃す程、私は寛大じゃありません。それでも尚、内輪揉めを望むのであれば……」



 エイリスの言葉に連動する様に、ノーフェイスは腰に携えている剣に手を掛ける。



 「私も容赦はしません」



 「「…………」」



 一触即発の雰囲気の中、フェスタスは何も言わず席に座り直す。



 「無駄な争いを避けて良かったです。ロージェ、気持ちは分かるけど本当に万が一幹部の一人が帰って来なくなってしまったら取り返しが付かないでしょ? もう少し考えてから発言して頂けるかしら?」



 「……軽率な判断だったのは認めよう」



 「それとフェスタス、仮にもヘッラアーデの幹部なのだからもっと節度ある態度を取って頂けるかしら? 少し馬鹿にされた位で突っ掛かっていたら、疲れてしまうでしょ?」



 「……そうだな、大人気なかったかもしれない……これからは気を付けよう」



 「はい、喧嘩両成敗という事でノーフェイスも構えを解いて良いわよ」



 「…………」



 エイリスに指示されたノーフェイスは、ゆっくりと腰の剣から手を離し、構えを解いた。



 「さて、問題はこれからどうするかだけど……このまま放っておく事も出来ないわよね……フェスタス、悪いけどもう一度ニンフェの森に向かってくれるからしら?」



 「構わないけどさ、下手すれば前と全く同じ結果になるぞ?」



 「その心配は無いわ、同行者としてノーフェイスも連れて行かせるから」



 「!!?」



 驚きの表情を浮かべるフェスタスに対して、当の本人であるノーフェイスは既に知らされていたのか、全くの無反応であった。



 「……本気なのか? あいつはお前の命令しか従わない」



 「問題無いわ、ノーフェイスには事前にあなたの命令にも従う様に命令しておいたから」



 「本当に大丈夫なのか?」



 「えぇ、けどそこまで期待はしないでね。命令と言っても“進め”、“止まれ”、“排除しろ”の三つしか聞かないわ」



 「まるで“人形”の様だな」



 ロージェの言葉に、エイリスは優しく微笑み掛ける。



 「確かにそうね、まるで人形みたい。でも安心してノーフェイスは人形じゃないわ。只、感情を表に出すのが苦手なだけよ」



 「……そうか……」



 「えぇ、そうよ」



 笑顔だが笑っていないエイリスの表情から、これ以上の深追いは危険と判断し、無理矢理納得するロージェ。



 「それじゃあフェスタス、ニンフェの森の件は頼んだわよ」



 「あぁ、分かった。ほら、ノーフェイス行くぞ」



 椅子から立ち上がり、去り際にノーフェイスに声を掛ける。するとフェスタスの声に反応する様にノーフェイスは椅子から立ち上がり、付き従った。



 「「…………」」



 フェスタスとノーフェイスがいなくなり、会議室にはエイリスとロージェの二人だけが残っていた。



 「それじゃあ私もそろそろ失礼させて貰うとしよう」



 そう言って席から立ち上がり、会議室を後にしようとするロージェ。



 「待ちなさいロージェ、あなたには別の頼み事があるの」



 が、それを呼び止めるエイリス。



 「頼み事だと?」



 「あなたにしか出来ない事なの……“あの子”を迎えに行って欲しいの」



 「……という事はつまり……」



 「えぇ、遂にヘッラアーデが表舞台に立つ時が来たわ」



 「レッマイルの方はどうする?」



 「勿論、吸収するわ」



 「そうか……なら、そっちはお前に任せる。私は言われた通り、準備が出来次第迎えに行って来る」



 「頼んだわよ」



 そうしてロージェは会議室を後にした。会議室にはエイリスだけが残っている。誰もいない事を確認すると指をパチンと鳴らし、何も無い空間から一つの仮面を出現させた。仮面には幾つもの大きな亀裂が入っており、元々バラバラだった物を無理矢理くっ付けた様な形をしていた。その為、笑っているのか、泣いているのか、怒っているのか、全く分からない程に歪な表情をしていた。そんな仮面を優しく撫でるエイリス。



 「あぁ、早くあなたに会いたいわ……エジタス」



 彼女が漏らした独り言は誰にも知られる事無く、会議室に寂しく響き渡るのであった。
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