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第五章 冒険編 幸運の巣窟

ギャブラーという男(前編)

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 少年はその体格に似合わない程の肉を大量に抱え込み、街中を走り回っていた。度々後ろを振り返り、何かに警戒していた。



 「こら待てこの糞ガキ!!」



 少年は男に追われていた。怒鳴り声を上げて追い掛ける男に握られている肉包丁が明らかな殺意を物語っている。



 結論から言えば少年は盗みを働いた。肉専門を扱う店の厨房に忍び込み、今朝仕入れたばかりの肉を勝手に持ち出した。それがバレて追い掛けられている。



 「へっ、誰が待つかよ!!」



 盗みを働いた少年を追い掛ける店主。普通なら街の人々が盗みを働いた少年を取り押さえるのだが、街の人々は気に掛けるどころか見向きもしない。まるで当たり前の光景、いつもの日常であるかの様に過ごしている。



 少年は息を荒くしながらも必死に走り抜ける。しかし相手は大人、徐々にその距離を縮められる。



 「はぁ……はぁ……これでも食らえ!!」



 途中、積み重ねられていたゴミの山を追い掛けて来る店主目掛けて蹴り飛ばした。腐った大量の生ゴミが店主の足を引っ掛け転ばせる。



 「うわぁあああ!!!」



 「へっ、ざまあみろ!!」



 「ぐぐっ……覚えてやがれ!! いつか必ず取っ捕まえてバラバラに切り刻んでやるからな!!」



 少年は店主の悪態を聞き流し、無我夢中で走り続ける。次第に少年の姿は地平線の彼方へと消え、見えなくなった。







***







 「はぁ……はぁ……ここまで来れば大丈夫だろう……」



 店主の魔の手から何とか逃れる事に成功した少年。周囲を確認しながら裏路地へと入る。奥へ奥へと進んで行くと、ボロボロな家が見えて来た。両手が塞がれている為、肩で扉を開ける。



 「帰ったぞ」



 「おぉ、遅かったじゃねぇか」



 「待ちくたびれましたぞ」



 「お肉!! お肉!!」



 中では酒ビンを片手に酒を飲んでいる筋肉質な男性、髭を弄って遊んでいた髭もじゃな男性、茶色く錆びたフォークとナイフを両手それぞれに持った幼い子供の三人がいた。



 「ほらよ」



 少年は素っ気ない態度を取りながら、持ち帰った肉を三人に手渡す。



 「おいおい、これっぽっちか? こんなんじゃ腹の足しにもならないぞ」



 「まぁ、私達三人分位はありますから良しとしましょうじゃありませんか」



 「わーい!! 頂きます!!」



 「おい!! ふざけるなよ!! 俺がその肉を手に入れるのにどれだけ苦労したと思っているんだ!! 俺にだって貰う権利があるぞ!!」



 必死になって盗んだ肉が貰えない事に怒りを覚えた少年は三人に抗議した。



 「貰う権利だと……?」



 すると筋肉質な男性が少年に歩み寄り、少年の顔を思い切り殴り飛ばした。



 「ぐっ!!!」



 「誰のお陰で今の今まで生きて来られたと思っている!! 母親から捨てられた赤ん坊のお前を育てたのは誰だと思ってる!! 権利があるかどうかは育ての親である俺達が決める事だ!! 分かったか!?」



 「……うるせぇ、子供を殴り飛ばす奴を親と思った事は一度もねぇよ……」



 少年は殴り飛ばした筋肉質な男性を睨み付ける。



 「何だその反抗的な態度は……それに言う言葉違うだろう!! 『育てて下さり“ありがとうございます”』だろうが!!」



 筋肉質な男性は少年の顔を勢い良く踏み付ける。痛みに耐えながら必死に抵抗するが、根本的な力の問題から筋肉質な男性の足を退かせる事は出来なかった。



 「ほら言えよ。『育てて下さり“ありがとうございます”』ってよ!!」



 「……ざいます……」



 「あぁ!? 聞こえないなぁ!?」



 「……育てて下さり“ありがとうございます”……」



 「それで良いんだよ!! その調子で育てて貰った恩を忘れずに感謝し続けるんだな!! 分かったか? “ギャブラー”」



 少年の名前は“ギャブラー”。無法の街オーロに住む哀れな少年である。







***







 「糞がっ!! 何であんな野郎に感謝しなけりゃいけないんだよ!!」



 結局食料にはありつけず、空腹からの苛立ちを紛らわす様に街中を歩き回っていた。



 「大きくなったらこの街を出て偉くなってやる。そして再びこの街に戻ってあいつらを扱き使ってやる」



 ぶつぶつと独り言を呟きながら歩き回る。しかし空腹という現実は変わらず、時間が経てば経つ程に苛立ちは募る。



 「……あぁ!! イライラするな!!」



 ギャブラーはその辺に転がっていた石を蹴り飛ばす。石は勢い良く飛び、直線上にいた柄の悪い男の後頭部に直撃する。



 「げっ!! ま、不味い!!」



 「……てぇ……痛ぇな……何しやがるこの糞ガキ……」



 柄の悪い男は後頭部を擦りながら振り返り、真っ先にギャブラーを目に捉える。



 「わ、悪い……わざとじゃねぇんだ……だ、だからその許して……っ!!?」



 いつでも逃げられる様に後退りをしながら言い訳をするギャブラーだったが、既に背後には柄の悪い仲間と思われる男達が逃げ道を塞いでいた。



 「……なら、俺の拳がお前の顔面に当たるのだってわざとじゃねぇ……そうだろう?」



 「い、いや……その理屈はおかし……」



 ギャブラーが言い終わるよりも先に男の拳が顔面に突き刺さる。続いて仲間の男達が休み無く蹴りを入れる。



 「うぐっ!! あがぁ!! おげっ!!」



 殴られ、蹴られ、顔はどんどん腫れていく。何も食べていない為、口からは胃液と血反吐だけが吐き出される。大の大人が大人数でたった一人の少年を袋叩きにしている。そんな異常とも思える状況に誰一人として助けようとはしない。



 「(……意識が遠退いて来た……俺……このまま死ぬのかな……)」



 遂に抵抗する気力さえも薄れ、身を任せる様に殴られたり蹴られたりする。すると街の入口から薄気味悪い仮面を被り、奇妙な格好をした人物がこちらに近付いて来るのを視界に捉える。



 「(ははっ……とうとう幻覚まで見えて来やがった……)」



 その人物は何やらこちらに声を掛けていた。しかしギャブラーの意識は朦朧としており、何を喋っているのか聞き取れなかった。だが次の瞬間、男達の暴行が嘘の様にピタリと止んだ。



 「(あいつ……いったい何をしたんだ……)」



 ボロボロの体に鞭を打ち、目線を高く上げるギャブラー。その人物は男達と何やら会話していた。すると男達は途端に頭をペコペコと下げ始めた。



 「(な、何が起こってやがる!!?)」



 「それじゃあ、俺達はこれで失礼します」



 「はい、気を付けて下さいね~」



 そうしてそのまま男達は何度も頭を下げながら、その場を去った。それを見送る様にその人物は大きく手を振った。



 「さて……次はあなたの治療ですかね~。取り敢えず、名前は言えますか~?」



 名前を聞かれた。以前、名前を聞かれた時、すぐに答えなかった事から生意気だとボコボコに殴られた経験があった。なのでギャブラーは直ぐ様名前を言おうとした。



 「……あ……う……ら……」



 しかし思う様に声が出なかった。さっきの暴行によって喉が潰されてしまっていたのだ。何とか声を出そうと頑張るが、焦るあまり一向に上手く声は出なかった。



 「う~ん? もしかしてさっきの出来事で喉を潰されてしまって上手く声が出せないのですか~? それはそれは……」



 「(あぁ……くそっ……せっかく助かったと思ったのに……今度はこいつに殴られるのかよ……全くついてないぜ……)」



 自分の不幸を呪いながら、全てを諦めたかの様に目を瞑る。朦朧としている意識がすぐにでも飛べる事を願いながら。



 「何と可愛そうに……ゆっくりで大丈夫ですから、自分の名前を言ってみて下さい」



 ギャブラーは驚きの表情を浮かべる。今まで生きて来た人生の中で殴られなかった事など一度も無かった。このチャンスを逃す訳にはいかないと、ギャブラーは落ち着いてゆっくりと声を発した。



 「……ギャ……ブ……ラー」



 「ギャ……ブ……ラー……ギャブラー……あなたの名前はギャブラーで合っていますか~?」



 何度も首を縦に動かし、肯定の意思を示す。



 「それではギャブラーさん、これから安全な場所であなたを治療しようと思うのですが、よろしいですか~?」



 「ど……うし……て?」



 純粋な疑問であった。無法地帯のオーロで生きて来たギャブラーにとって誰かを助けようとする行為は、衝撃を通り越して異常とも言えた。



 「? 誰かが困っているのなら助けるのは当たり前じゃないですか~?」



 「!!!」



 その時ギャブラーは理解した。目の前にいる人物にとって人助けは当たり前の事なのだと。初めて受ける他人からの優しさにギャブラーは大粒の涙を流す。痛みや悲しみからの涙じゃない。嬉しさから来る涙を。



 「あり……がと……う……」



 この時、ギャブラーは生まれて初めて心の底から感謝する事が出来た。そうして安心したのか、この無法地帯で静かな寝息を立て始めた。



 「ギャブラーさん? ギャブラーさん? 寝ちゃいましたか……う~ん、ちょっと思っていた展開と違いますけど……まぁ、取り敢えず治療の方を先に済ませる事にしますか~」



 そう言うとその人物はギャブラーを両手に抱え込み、右手の親指と中指を合わせ、パチンと音を立てる。すると次の瞬間、その場にいたギャブラーとその人物の姿は消えて無くなっていた。しかしそんな出来事でさえ、街の住民は見向きもしなかった。
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